婚約破棄したい?宜しい──なら、吊るします!!
「ミレイヌ・アウリア・ロスト・グランテ・オーギュスト公爵令嬢!貴様はこのぼ──んんっ!私が真に愛するヨシテーナ・スデリドキンイロヒ男爵令嬢を不当に虐めたな!調べはついているんだぞ!?」
ババーンッ!
と
効果音がバックで付きそうなほど大仰に両手を広げたこの国──テンプレート王国第二王子は、金髪をファサッ!と掻き上げてどこぞの舞台役者のように長セリフ?を卒業記念パーティーのメインホールの真ん中で宣っている。
流石は第二王子!人の名前「は」間違えずすらすらと言えた──ま、婚約破棄しようとしているのに婚約者の名前すら覚えて居なかったらどうしようか──と思っていたが。
「はぁ……で?」
しら~っとなっているのは青色ドレスに薔薇の刺繍、胸元には卒業生である牡丹のコサージュ──(テンプレート王国の三大国花の一つである。因みに牡丹の他に椿と桜がテンプレート王国の三大国花)──を右胸に着けている。
銀髪に赤紫色の瞳の冷俐な美貌を持つご令嬢──名を先の王子も述べた通りにミレイヌ・アウリア・ロスト・グランテ・オーギュスト公爵令嬢である。
齢18歳にして、既に魔法で博士号まで取っている才媛だ。
選考は既存魔法の詠唱破棄──又それによる威力低下を限りなくゼロにするにはどうするか──の新術式の構築・実践が主な研究テーマだ。
正直これだけでもこのボンクラ──失礼、エドリック・ホア・テンプレート第二王子は王族特権を使いに使いまくって──どうにか卒業出来たのだ。
ミレイヌは反面早入学半月で最終学年まで単位を取ってとっくに卒業資格を貰っている。
──ああ、卒業記念パーティーは彼女の妹が今日卒業するので家族枠として来ている。
序でに“なんかやらかすだろーな~”と思ったミレイヌがちょっぴり既に卒業している学園の“卒業生”を装って──正直このアホくらいしか引っ掛からない──悪戯…とも言えない──少なくとも先生方や父兄は気付いている。
後、第二王子(笑)とその愉快な仲間達以外の在校生は。
騒いでいるのはこのアホ──ゴホンッ、失礼。──殿下だけだ。
?ミレイヌの妹──?ああ、14歳の才媛──だが?
ミレイヌも十分に凄いが──ミレイヌの妹──テレーゼもまた凄い。
容姿端麗・文武両道、悪鬼羅刹──と、これは違うか。
姉のミレイヌが魔法の博士号なら、妹のテレーゼは「魔法」を科学的に見た時のエキスパート。魔科学の博士号を持つ一任者。
魔力の総量では姉が3000、妹のテレーゼが500と少ないが──これでもこの世界、この国の国民の平均値300よりは大分多い。
序で王太子、王、王妃、宰相──となる。
「──だ!」
ミレイヌが鼻の穴かっぽじってしら~っとしていると…漸く言い終えたようだ。
…正直、字数の無駄なので、ここでこの国の歴史を──あ、お呼びでない?
「誠に身に覚えがありませんし──私、とっくに卒業しておりますわ、殿下。
どうしてとっくに卒業している私が在校生であるそこのビッチ──スデリドキンイロヒ男爵令嬢を虐める事が出来るのですか?
後、私取り巻き等居ませんし、同じく私の親友であるオーレリアとニーナ、フレイズの3名は共に王立大学院の同級生ですし……先ず、通う場所が違います。
それから──私、そこのビッチ令嬢に嫉妬しておりません。
言い掛かりは辞めて下さいませんか?虫酸が走ります。
ああ、後───私と殿下の婚約ならとっくに破棄どころか、解消になっておりますわ。
ご自分でサインなさいましたでしょう?覚えてないのですか?この馬鹿王子!」
「えっ、ぁ……あれ……?そ、そ言えば……??」
「エド様…わたし、怖いわ…っ。」
髪も服もピンク色の幼児が着てそうなドレスの頭の緩そうな令嬢──件の男爵令嬢はうるうると瞳を潤ませて第二王子の袖をくいくいっと引っ張る。
一瞬デレッとなる第二王子を脇に退かして──ミレイヌの口撃は更に続く。
「私にはもう王太子との縁談が纏まっていますし──元の分際で寝言をほざかないで下さいまし!
…それから、そこのビッチ──彼女、妊娠しているようですわ……ああ、これは私の契約精霊の申すことですから確かな事ですわ。
…ふふっ、しかもどうやら赤子の髪のお色は“赤か金”が見えるそうですわ……クスクス、殿下、あなた──寝取られてますわよ?」
契約精霊──それはこの世界で精霊が見える者の中で精霊が自ら姿を表し契約を持ち掛ける事を意味し、応じるなら人間が得意とする料理や菓子を対価に精霊魔法を扱えるようになる。
精霊は気まぐれで移り気で不変不滅の超自然的魔素の集合体──と言われている。
取り分けミレイヌと契約している精霊は[精霊王]──四大精霊の王全員と契約しているのだ。
地水火風の四属性が基本の属性、これに闇と光、時と空間の属性が加わった八属性がこの世界の魔法である。
「な、え、え……っ!?」
「ち、違うの…っ、エド様…わ、わたしが愛しているのはエド様だけだわ…その、エド様と結婚したらみんなわたしの事諦めなくちゃいけないでしょう?」
「な、なにを…言って…いる、の、だ…?ヨシテーナ…??お、お前は王子妃になるのだぞ……?お、俺以外の男と本当に……??!」
告げられた残酷な事実に顔面蒼白になる第二王子(笑)。
同じくビッチ──ヨシテーナ?も顔を白くしたり青くしたり、赤くなったり──と忙しい。
更に更に無邪気なビッチ令嬢の無慈悲な口撃が放たれる…!
「エド様は一番愛しているわ…っ!だけど…だけど…っ!わたしはみんなのことも…大好きなのよ……っ!!」
「よ、ヨシテーナ…!?」
「ヨシテーナ…!ああ、きっとヨシテーナは俺の子を妊娠したのかもしれない!赤毛なら俺だろう…愛している」
「ミハイル…うん、わたしもあなたを愛しているわ!例えエド様と結婚しても──今まで通り『仲良く』しましょうね?ミハイル…♡」
「ヨシテーナ…ミハイル…っ!?」
「テーナ先輩…ボクの事も忘れないでよ?」
「コハルくん…うん、コハルくんも今まで通り『仲良く』(意訳)しましょうね?」
「うん!へへ…次こそはボクの子を孕ませるからね!テーナ先輩?」
「!?こ、コハル…お前もか……っ!?」
グイッと第二王子(笑)の隣から掻っ浚う茶髪の粗野な口調の男──
「…テーナ、お前を孕ませるのはこの俺、悪魔で鬼族で、騎士様と決まっているだろ?」
「リュート…えへへ♡相変わらずリュートは格好いいなぁ~♡♡」
そのこめかみからは黒色の角が左右の端で生えており、切れ長の深紅の瞳とノースリーブの深紅の騎士服に身を包み、腰にはロングソードを佩いた黒色軍靴の小麦色の肌の男──は魔族領からやってきた騎士の留学生である。
──まあ、精鋭が多い魔族領に於いてこのリュートは平凡非凡普通──なので特に交換留学生で差し出しても問題はない。
この程度の騎士は魔族領では新人に多く見られる──ああ、語弊があるな。
10年程度しか農民として活動していない魔族の子供に限る、だ。
…それでも人間領の新人騎士と競り負ける──若輩者、だ。
へっぽこ王子(笑)のお仲間は同じくへっぽこ──と相場が決まっている。
…正直、“鬼族”とは名乗ならないでくれ──と同族嫌悪されるくらいには弱い鬼だ。
ああ、因みに彼が『悪魔で…』と言ったのは彼の父が「悪魔」で母が「鬼族」だから──嘘ではない。
…何故、その混血でこんな弱いのが産まれる──?と思わなくもないが──10人いる兄と姉達に武術の才能全部を吸われたとしか言いようがない。
「り、リュートまで……っ!?」
第二王子(笑)は放って置かれ、ヨシテーナの隣にはこれまた水色の髪の美形が──
「…ああ、我が愛しの姫君。愛していますよ、テーナ」
「エローハイド先生…はい、わたしも愛しています…っ♡」
「エローハイド先生……っ!?え、なん──っ、」
白衣に身を包んだ二十歳前後のエルフの青年──因みにこの“逆ハー”の中では一番最高齢である。
…年寄りの火遊び──ではなく、本気のトーンでこのビッチ──ヨシテーナ・スデリドキンイロヒ男爵令嬢を心から好いて心から愛しているハーレムのメンバーの一人。
王子は知らない事だが──
この場でこの令嬢を囲っている取り巻き──男達は全員ヨシテーナと身体の関係がある。
王子は最後の最後まで知らなかった──否、盲目過ぎて気付かなかった──?のかもしれない。
5人の男をとっかえひっかえ──全員、次男とか三男、それかリュートのようにへっぽこ過ぎて“交換留学生”の名目の下に放逐された者──ぐらいしかいない事からも分かろうもの…。
第二王子(本命)とキープ君(身体の関係あり)──の間を行ったり来たりするアバズレ──第二王子と愉快な仲間達以外は全員知っている事である。
「……。」
「……。」
「……。」
「……。」
シーーン…ッ。
静まり返ったメインホールの真ん中で愛(笑)を叫ぶ愉快な仲間達…なんだろう、これ。
思わず殺意が湧くね。
パシン──ッ!
鉄扇を閉じた。
冷俐な赤紫色の瞳がキリリ、と細められる。
「──まだ、話の途中で す わ よ ?」
ビュォォオ──ッ!!
背後でブリザードが降っているかの如く寒々しい風が吹いた……気がした。
「ひ……っ!?」
「──ッッ!?」
「……ッ、」
「──ッ、」
「……っ!?」
「ぴ……っ!?」
押し黙る第二王子(笑)と愉快な仲間達。
男爵令嬢が白目を剥いて気絶──離脱し、その背を支えるリュートとエローハイド…。
第二王子は放って置かれている。
「そこのビッチと私に直接の接点は御座いませんし、今日初めてお逢いしましたわ。
…なのに、どうして嫉妬?虐め?罵倒?出来たり出来るのでしょうか?殿下は初対面の人間を意味もなく罵倒出来ますの?その方が私は問題があると思いますわ」
「ぁ、ま、まぁ…確か、に…?」
更にミレイヌの口撃は止まらない!
「ああ、それから──コハル・スデウノム男爵五男!
あなた──ジヤオキヌタ帝国との違法薬物の密貿易を為さっているそうですわね?
後日、その事で陛下が直々にお話し(意訳)を聞きたいそうですわ──精々首を洗って沙汰を待つが宜しいわ」
「──なっ、どうしてそれを……ッ!?」
深緑色の肩までのおかっぱ頭の14歳の少年──コハル・スデウノム男爵五男はサッと青ざめ言葉を失くした。
1名脱落──そんなアナウンス?が聞こえた気がした。
「ミハイル・アーヴィング騎士爵次男!あなたには婚約者のシュレー伯爵令嬢よりお話し合いがあるそうですわ──婚約破棄、だそうよ?良かったですわね?望んでいらしたのでしょう?」
「なっ、シュレー伯爵令嬢が……っ!?ま、待ってくれ…っ!婚約破棄は困る!家の借金を肩代わりする代わりにこの婚姻が成り立っているんだぞ…!?」
「知りませんわよ、私には。そこなビッチと子まで作って今更何を──ああ、丁度シュレー伯爵令嬢…オーレリア・シュレー伯爵令嬢がこちらに来ましたわ。」
カツン、ピンヒールを鳴らして紫色の巻き髪の美女がこちらへと向かってきた。
「──久しいな、我が婚約者?──否、元婚約者殿?金貨500枚の借金、耳を揃えて返して貰おうか?」
冷俐な眼差しはともすれば吸い込まれそうなほどに金色に輝き赤毛の青年を追い詰める。
「なっ、シュレー伯爵令嬢!待ってくれ…っ!?」
「待たない──払えないのなら──フフッ、身体で払って貰おうかな?」
静かにハスキーボイスが告げる──最後通牒。
パチンッ、白魚のように細い指が鳴ると──ミハイルはオーレリア専属の衛兵に扮した影に拘束され、ずるずると引き摺られて行った。
「……っ、──ッッ!?」
猿轡が噛まされ何を喋っているのか分からないミハイルを放置して、ミレイヌとオーレリアはにこやかに言葉を交わす。
1名脱落──そんなアナウンス?が脳内に一瞬流れた。
「リア、久しぶりね…フフッ、あなたも大変ね?」
「フフッ、そうでもないよ。ミレイ」
クスクスと笑って淑女二人は和やかに近況について暫し語らうと──チラリ、と第二王子とその愉快な仲間達(笑)に視線を遣る。
「ああ、まだ居たのか。」
「ええ、まだ居るのよ。残念な事にね」
「ああ、残念だ」
「残念ね」
「残念だわ」
「──あら?」
赤色ドレスのオーレリア…その隣にいつの間にか黄色のドレス、赤毛の美少女が立っていた。
「……もしかして、ニーナ?その…随分髪が短くなったわね…」
「ふふっ、お久しぶりね?リア、ミレイ」
耳にギリギリ掛かるくらいの短髪の美少女──彼女はここ一年ほど魔族領へ冒険者として旅立っていた。
因みに彼女の研究課題は──“美味しい魔物肉の安定供給”である。
魔族領と人間領では分布する魔物の種類や強さが異なるそうで──国内についてはニーナが冒険者になって僅か1年で調べ尽くし、人間領の端から端までは銀龍を従魔としてからは移動の問題はなくなった。
ニーナ・アイギアス・フォンテーヌ公爵令嬢──ミレイヌの従兄弟でもある。
友人でありながら従兄弟の関係。
オーレリア同様才媛で大学院に席を置く秀才。
美貌と知性を兼ね備えた──食欲魔人である。
「…ニーナ、置いていくなんて酷いわ…」
菫色の髪をハーフアップに纏めた紺色の長袖ドレスを着たたれ目の美少女がぱたぱたと駆けるようにメインホールへと足早に向かってきた。
「フレイズ…久しぶりね!」
「ああ、本当に…ニーナと共に魔族領へと旅立ったと聞いた時は胆を冷やしたぞ?フレイズ」
「ん。問題ない──久しぶり、ミレイ、リア。」
言葉少なに答えた美少女はフレイズ・キャロル侯爵令嬢。
大学院に席を置き、選考は魔道具。
ニーナと共に魔族領へと旅立ったフレイズは魔族領にある魔道具の調査を目当てに旅に同道したのだ。
──それが1年前の事である。
「リュート・エルドロン!あなたの身柄売買の権利をあなたのお父上から頂いている。
…ふふっ、新鮮な鬼族の素体──私の魔道具の実験体となって貰うわ」
「──ッ!?ま、待──っ!?」
懐から取り出した“契約書”──それは、通常犯罪を犯した者を奴隷へと落とす時に使用される魔素を媒介した魔法契約。
スッと真っ直ぐにリュート・エルドロンへと飛んでいく魔法契約書(縦20㎝×横10㎝)。
バチィッ!と音がしそうなほどチカチカ点滅し、リュートの体内へと溶けて消えた。
通常は罪人にしか使われない──魔法契約書。
それを使うに至った経緯──それは、一重に鬼族の“しきたり”に由る──未成年者の不純異性交遊──つまり、セックスの事である。
何でも“鬼族”の男女は満200歳になるまでは未成年──子供と見做され、通常許されている性交渉や酒・煙草・賭博は全面禁止。
鬼族の寿命は2000年ともされ、その内の200年くらいは精神も肉体も未熟者──“ちゃんと”成人と見做されるのは満200歳を迎え、鬼族の里で“成人の儀”を迎えた男女に限る──だ。
リュート・エルドロンは未だ57歳の鬼族からすれば──“子供”である。
鬼族の子供が他国に留学しようと追放されようと──この“成人の儀”は必ず鬼族の里で行う決まり。
…この内、2つも決まりを破ったリュート──(酒と性交渉)──は罪人となった。
本来なら極刑──死罪──も辞さない鬼族の厳しい“しきたり”だ。
それが──実験体ではあれ、生きていられるだけマシだと──彼の親兄弟も協議の下、同意されたのが事の経緯である。
「ぁ、ああ…っ!!熱い…熱いぃぃーーっ!?」
隷属術式が刻まれる熱さに身を苛ませリュートが叫ぶ。
「うふふ…あの薬品とあれの試薬…どこまで耐えられるのかしら?愉しみ…♡」
それをうっとりと頬を朱に染め眺めるフレイズ…完全にヤッベェ!奴である。
「…マッドサイエンティスト」
「聞こえているわ、テト」
ムッとフレイズが睨んだ先には黒髪の美中年が立っている。
「おぅ、拗ねんな。褒めてんだ、一応な」
「……それなら、許す」
「おぅ、愛しているぜ」
「キス、しなさい」
「はいはい──これでいいか?」
「///う、うん…テト、愛しているわ♡」
メインホールの真ん中でディープキス…ねちょねちょとした湿った音まで間近で聞いた面々は──皆、砂を吐きそうな顔をしていた。
アリステト・ブロークンバッハ騎士団長は御年35歳、フレイズ18歳──年齢差17歳の新婚夫婦──結婚してから2年経つ。
未だラブラブで双子と三つ子を産んで尚今現在もまた新たな命をその小柄な腹に宿しているのだとか。
方や騎士馬鹿──方や魔道具馬鹿──政略の筈だったのに恋愛結婚のよう、とは常々言われている。
…そんなリア充はさっくりと放置して。
「エローハイド!」
またまたメインホールの真ん中へと躍り出たのは──金髪・碧眼のポニーテールの銀鎧女性──
「…ガルーシャ……?なぜ、あなたが──」
ガルーシャ・ランドゥーク。
エルフの国の“姫騎士”、ガルーシャ。
──またの名を“鮮血の姫騎士”、
多くのエルフが弓を得意とする中、剣一択の逸脱者。
たった一人で万のオークキングを屠った、だの、空の覇者を気取るバハムートをたった一人で首を切り落とした、だの──と物騒な逸話を各地に残し、エローハイド・ラグリアの婚約者でもある。
エルフの婚姻は世界樹が決める──その為、エルフである限りはこの呪縛に縛られ、本人の望む望まぬとに関わらず「必ず」定めた相手との婚姻は結ばれる。
「…さあ、帰りましょう。私の愛しい人…?」
「…っ!?ひぃ…っ!い、嫌です…っ!!私は真に愛しているのはヨシテーナ──」
「そんな事は宜しい」
「なっ、」
「世界樹が決めた運命の伴侶…エローハイド、帰りましょうね、エルフの国へ…」
「嫌だ…っ!嫌です……ッ、ヨシテーナ──」
「そんな事は宜しい」
ズーリズリと引き摺られて転移魔法で忽然と消えた二人のエルフ…。
……。
1名脱落──そんなアナウンス?が脳内に一瞬流れた。
「…さ、第二王子(笑)殿下?お覚悟を♡」
「は、ハートの使い方が間違っている~~っ!?」
……。
ゴーンッ、ゴーンッ、ゴーン…ッ。
「僕はへっぽこ王子です…グスッ」
教会の鐘が深夜零時を告げる──そんな中、王城のメイン塔のてっぺんより吊るされた金髪碧眼の王子様(笑)はべそを掻きながら、塔の上から吊るされていた。
…そんな王子様(笑)の口元には高性能マイクが王子様(笑)の声を過たず拾う。
「僕はへっぽこ王子です…ぅぅっ!もうとっくに婚約解消になっていたにも関わらず…僕がアホだから…グスッ、僕はアホじゃない──ひぃっ!?ごめんなさい、アホでした!だから蛇をこっちに投げようとしないで!?オーギュスト公爵令嬢様ぁーーっ!!(泣)」
「…(次はないわよ?このへっぽこ!)」
無言で睨み付ける、ミレイヌ。
その傍らに立つ第二王子と同じ色合いの美青年──王太子のセフィロス・オルタナティブ・テンプレートは御年23歳の正統派美青年である。
…この場にいるのは第二王子のみ──ああ、男爵令嬢は妊婦であるため、配慮され実家の男爵邸奥深くで軟禁、子が産まれると即座に魔法契約書で隷属され、奴隷市へと流れる。
奴隷市──そこは犯罪奴隷が流れ着く最終流刑地。
通常借金奴隷の場合は双方同意の下奴隷商人へと自らを売り込む──が、“奴隷市”に落とされる奴隷──取り分け見目麗しいヨシテーナなんかはよって集って品評と言う名の──輪姦で犯され、孕まされるかも分からない状態で吟味され、売られる。
売られてからも幸せになるとは限らない──何故なら産まれた子供共々また売られるかもしれないし、そもそも悪い主人に捕まると「客」を取らされ、妊娠すれば子供は売られ、病気に罹ろうとも治療されることはなく使い潰される──かもしれない。
本来高位貴族に下位貴族の娘がありもしない誹謗中傷、罪のでっち上げ──これだけでも極刑でも構わないのに、婚約者がいる男性──実際には思い違いだったが──にベタベタとすり寄って身体の関係を持つなど──犬畜生にも取る行為だ。
「…僕がアホだから…グスッ、ヒック…ぅぅっ!アバズレに…ヨシテーナ・スデリドキンイロヒ男爵令嬢が既に寝取られているとも知らず…結婚しようとしました……うわぁぁあんん~~っ!!」
簑虫状態で塔のてっぺんから吊るされた第二王子がぼろぼろとみっともなく滂沱の涙を流しながらおいおいと鳴き始めた。
みっともない──あまりにもみっともないので。
「蛇、要る?」
と、提案してみた。
「ひ……っ!?」
一瞬で涙を引っ込めた第二王子(笑)は首を左右にブンブンと振って否定した。
効果覿面☆
流石は第二王子に対する最終兵器、蛇である。
子供の頃、森で蛇(無毒)に噛まれてから苦手となったらしい。
因みにミレイヌは蛇は平気。寧ろかわいいペット扱い。
今も首や手足に毒蛇を纏わりつかせニコニコと第二王子を睨んでいる。
投げても結界で保護しているので蛇に高所から落下した時のダメージは皆無。
「僕は間抜けで愚図でノロマで…グスッ、ダメでアホな第二王子です…ですが、こんな僕でも良ければ結婚して下さる女性を募集中です…ぅぅっ!
王子の僕の権力が欲しい女性……この際、年上でも構いませんし、産まれたばかりの赤子でも構いません……哀れで惨めな寝取られ王子の嫁に来て下さる奇特な方──王宮は常に第二王子の婚約者を募集中です。
奮ってご応募ください──グスッ、僕は景品じゃない……っ!」
蛇を構えるミレイヌ。
「…っ!?」
ビクウッ!と震えるエドリック第二王子…最早条件反射である。
─ つ づ き を ─
口パクで告げられた命令に唯々諾々と従うしかない第二王子。
「…尚、僕と結婚してもいいと言う奇特な方が居られましたら、僕は誠心誠意貴女を愛することを誓います。…ひっく。
勿論“婚約破棄”になんか出来ないよう、僕と添い遂げる女性を主、僕はその方の奴隷となります。
“結婚”を交わすのは魔法契約書…絶対に逃げられないよう、契約で縛ります…グズッ、こんなのあんまりだぁぁ~~っ!!」
「蛇」
「!?要りません!だ、だから…お気軽に王宮へ…お越し下さい。
まだ見ぬ麗しの僕の伴侶…この僕エドリック・ホア・テンプレートが貴女の訪れをお待ちしております──グスンッ」
マイクの魔源(※魔法版電源のようなもの)はそこで切れた。
…告知は終わっても、第二王子は解放されない。
寧ろ、淡い魔力灯が彼の情けない姿をつぶさに照らし、空を見上げる酔い客や噂好きの近所のおばさん、噂を聞きつけた貴族の令息や令嬢がこぞって第二王子の羞聞を興味本位、哀れみ本位で見物に来た者も多くいる。
「まあ、本当に第二王子殿下様(笑)ですわ…クスクス」
「それに、あの宙に浮いて居らしているのは、オーギュスト公爵令嬢様では御座いません?」
「まぁ…本当ですわ。それに王太子殿下様も。」
「あらあら…随分とお幸せそうに笑っていらしてるわ…ふふっ、お二人のご成婚が今か今かと待ち遠しいものですわね。」
「ええ」
「そうですわね」
「誠に」
令嬢方はそのままほのぼのと会話に花を咲かせた。
「お、おい…あれ、マジで第二王子殿下様(笑)だぜ!?」
「ああ…たかが婚約破棄だと思ったんだろうな…けど、エドリック殿下って18歳だろ?テンプレート王国では男は18歳、女は16歳で成人だろ?
そんな無茶が通るのって子供の内だけだと思うんだけどなー」
「おぅ、まったく以てその通りだぜ!」
「俺達下位貴族ですら知っている事をなーんで殿下は知らなかったんだ?」
「しかも寝取られて──ププッ、寝取られ王子(笑)」
「ちょwおまっww(笑)」
「ね、寝取られ王子(笑)…ww」
バンバンと城の城壁を叩く下位貴族の令息達。
…どうやらツボに嵌まったようだ。
「…グスンッ。」
塔のてっぺんから吊るされているエドリックには聞こえていないだろうが──概ねそのような会話がそこかしこで繰り広げられていた。
みょんみょんと上から女郎蜘蛛の紐で簑虫状態にされているエドリック第二王子(笑)を揺らすのは──風の精霊王だ。
ニヤニヤと意地悪な笑みでエドリックを見下す。
「寝取られ王子♪寝取られ王子~♪バーカバーカ♪♪」
緑の髪の美青年は宙に浮いたままゲラゲラと笑っている。
「シルフ…笑っては可哀想よ…ブフッ(笑)」
その隣で水の精霊王が水色の扇で口元を覆って同じく第二王子を嘲笑う。
憐憫と哀れみの色がありありと分かる青色の瞳は静かにエドリックを見下していた。
「ウンディーネだって、嗤っているじゃないか」
「あら、お言葉ね…ノーム?」
茶色の髪の美少年は琥珀色の大きな瞳をキラキラと輝かせて、目の前のオブジェ──簑虫状態の第二王子──を見遣り、自身の契約者……ミレイヌへと興味深そうに、何処か訊ねたそうにしている。
「…ノーム、知りたいなら後日教えるから今は自重なさい」
「!は~いヽ( ・∀・)ノ♪♪」
土の精霊王、ノーム──彼は個人的にDIYが趣味だ。
放って置くと、森の開けた場所に“休憩所”──日本各地にあるSA──道の駅と言えば良いのか?そんなものがあちこちで建設されるのだ。
おまけに使っている木材はSS級木材として名高い天空の城産の楽園精霊樹──魔物名をエンシェントトレント。
神結晶製の道具でしか斬り倒せない、加工できないとても硬い木材。──が、加工さえ出来れば恐ろしく硬い、耐火・耐刃・防腐・耐震・あらゆる魔法に対する耐魔を得た超時空要塞もびっくりな──宇宙的エネルギー…重力魔法も効かない軍艦を製造する事も可能──である。
そんな貴重で希少で市場に流れたら億──否、兆は下らない白金貨が飛ぶ。そのくらいクッソ高い素材で作る“コテージ”…その名を知る上位者は戦々恐々とし、知らぬ者でも“なんか恐ろしく綺麗な休憩所だな~”と思われている。
おまけで悪しき者を弾く土精霊王の結界まで張られた、休憩所──宿泊施設もあり、キッチンや解体場まであり、浴室やバーまである。バーにはノームの眷属のエルフや獣人が住み込みで“休憩所”を管理している。
風呂のみの利用で銅貨5枚、食事つきの宿泊(宿泊客は風呂入り放題)で1泊銀貨4枚。
バー利用は別料金。各種ドリンク類は一律銀貨1枚。
ツマミは1皿銅貨1枚~5枚前後。
“土産屋売り場”にはちょっとしたポーションや夜営道具、携帯食、ロープやナイフ、研ぎ石にランプ、弓矢やロングソードなんかも売られており、冒険者泣かせの休憩所?コテージとなっている。
…土の精霊王は趣味のスケールも精霊王級なのだ。
そんなノームはミレイヌ手ずから作られた第二王子簑虫──を何処かでDIYに使えないかな?と日々あらゆる技術の収集に余念がないのだ。
「ノーム、ほどほどに、ね?」
「うん、任せてよ!」
なにが、とは訊かない──精霊王のする事はスケールが大きすぎるからだ。
「…下らない事に我を呼び出すな、ミレイヌ」
赤髪に紅玉の瞳の筋骨隆々とした赤褐色肌の精悍な顔立ちの美丈夫が悠然と塔の上に立つ。
一切姿勢がブレず、真っ直ぐと立つ姿は“正しく”王である。
「そんな事言わないでよ、イフリート」
「…こやつに加護?下らん。我は暇ではない」
「火の小精霊で良いわよ」
「・・・。なぜ、そうも気に掛ける?」
「んー、よっわいままだとまたアホな事するかも知れないでしょー?幾ら魔法契約書であってもストッパーって居ると思うんだ~」
「──ああ、呪いの方か。」
「そそ。今後他人に危害を加えようとした魔法を使用する際に自身の内側──魂に多大なダメージを負う、と言う『火精霊の呪い』──反対に人を救おうとして行使された魔法は火属性に関しては威力が上がったり、消費MPが少なくなったりするアレよ♪」
加護──とは名ばかりの火精霊の呪いは火の精霊王だと呪いが強すぎるので火の小精霊を代わりに呼び出す為呼び出した。
合点が言った、と現れた蛍のような大きさの赤色発光する火の小精霊──彼はこくん、と頷くとふよふよと寝取られ王子(笑)の元へと飛んだ…まあ、5mもない距離なのでそれほどでもないが。
「…!?な、なんか…チカチカする……??」
……なんと。
「第二王子殿下って精霊見えないの!?王太子殿下や第一王女様は視えるのに!?」
「あら、知らなくて?有名な話でしてよ。」
「○○公爵令嬢…!その話本当で…?!」
「ええ、あまねく魔素に誓って」
「!そこまで……っ!?て、事は……本当に…?!」
“あまねく魔素に誓う”──とは、この世界で喩えどんな無宗教者だろうと、信じられている考え方の一つだ。
魔法がごく普通にある世界。
結界が張られていない街の外は魔物が蔓延る弱肉強食の自然界。
魔法を使うには魔素が必要。
人も動物も植物も大気も大地も天空も精霊も…全てに魔力は宿る。
人も獣も──死ねば大気へ…魔素へと還るとされる。
──つまり、『魔素に還る』とは、そのまま自死をも覚悟する、と言う最大限の約束事の際に良く用いられる比喩である。
…因みにテンプレート王国の王族や高位貴族には多く見られるのが、“精霊視”と言うスキルは当たり前の如く先天的に保持しているもので、王も王妃も王太子も生まれながらにして持っている──筈、なのだが…。
「精霊は魂の輝きに惹かれるそうですから…たぶん、お生まれになられた瞬間に精霊に見向きもされなかったのではないですの?」
「ああ、違いありませんわ。私の魔術の家庭教師に宮廷魔術師のお孫の方でして…鑑定の場にいらしていたようでして…それで──」
「──まあ!それはそれは…(笑)」
「○○様、あまり笑われては…ふふ(笑)」
そのまま第二王子に聞こえるように第二王子誕生の秘話──否、悲話?で盛り上がる伯爵以上~公爵までの位にある貴族家のご令嬢の会話は続けられる。
「グスンッ…僕を馬鹿にするな…っ!王子なんだ!嗤うな…ぅぅっ!」
涙声で食って掛かる第二王子を放置して、火の小精霊の火精霊の呪いが粛々淡々と本人の同意を得ないまま術式が展開されていく。
今後、悪しき事には一切合切火の魔法を扱えなくなり、善行にしか扱えない。
おまけで生活魔法の筈の着火すら自分の為には使えない、某鋼の錬金術師の無能上司よりも使えない。そんな存在に成り下がった。
そこが「加護」と「呪い」の違いだ。
その判断は第二王子──ではなく、精霊。
呪いを掛けた小精霊自身がピタリ、とエドリックの周囲に張り付く。
第二王子は視えない人──なので、小精霊も精霊王もどちらも視えない。
この場──否、第二王子の真下では高位貴族家の令息
・令嬢がチラチラと小精霊や精霊王にチラチラと視線を送っているのだが。
「…ああ~、第二王子殿下(笑)ってやっぱり──」
「ええ。○○様、視えない人ですわ…ブフッ(笑)」
「それはそれは…」
「随分と幸せな素質をお持ちで……(嘲笑)」
第二王子と下位貴族──男爵家の令息、令嬢…とみに片親が平民──の面々とこの時間に起きている酔客くらいなものだ。
後は噂を聞き付けた庶民(平民)くらいなもの。
彼らは一様に高位貴族の紳士淑女を眺め首を傾げている。
「ティノ!…第二王子が“視えない人”だとこの前教えただろう?!」
「え、あれって本当なの…!?」
「なに!?」
「王族なのに…視えない人なの!?マジか…ッ!!」
「ああ、そうだ…残念な事に、な」
「精霊が拒否るって……第二王子殿下は前世で悪逆無道の限りを尽くしたのか?」
「さあな」
「だけど、本当らしいぜ?」
「俺達が視えないのは仕方ねぇよ?必要ねぇからな」
「おぅ、そんなの視えなくても畑は耕せるしな」
「魚だって獲れるしな」「まったくだ」
「庶民の生活に精霊が視えるかどうかあまり関係ない」
「冒険者だって精霊魔法を使えたらそら便利だろうけどな」
「普通の魔法で十分だぜ?それにソロのヤツ以外はパーティ組んで挑むしな。」
そこそこの声量で彼らは話す。
第二王子の耳にもバッチリと聞こえる、“無能”の言葉。
「…ウグッ、グス…ッなんか知らないけど…馬鹿にされてる…うぇぇっ!!」
ぼろぼろぼろぼろと泣く。
呪いを掛け終えた小精霊が姿を消す。
…そんな様も高位貴族達は興味深く視る。
「ありがとー、イフリート。」
「…我はもう帰る。今勇者とイイ所なんだ…今度こそ勝つ!」
イフリートと“勇者”は好敵手。
刃を交わし、魔法を躱す──幾度の死線をぶつけ合い、勇者と火の精霊王は戦い──毎回負けていた。
それほど“勇者”は強い。正直別ベクトルに“最強”である。
火の精霊王のみならず、水や土、風の精霊王も彼には敵わなかった。
たった一人で四大精霊の王4柱を相手取って勝った人物──勇者・蒼井ハルトは異世界転移者である。
邪神を倒して欲しいと各国から聖王国へと乞われ、要請に応じた聖王国の聖教会の姫巫女が召還を行った。
──<割愛>──
「…まだ諦めないのね、イフリート」
「我は闘争こそが生き甲斐だ」
「そう…あなたがそれでいいならいいわ」
ミレイヌは諦めた。
もう100回目になる説得だ──勇者は邪神を倒した後も日本とこちらを行き来しているようで…本人曰く“強くてニューゲームって感じがするぜ!”らしい。…よく分からない。
スッと消えて行くイフリートを見送って、ミレイヌはチラッと第二王子に目を向け、反らした。
「セフィ、帰りましょ?」
「ああ、ミレイ」
地上へと降り、一礼。
「このようにエドリックは今日正午まで吊るしておく。
夜も深い──このまま帰って貰っても王宮としては何の抗議も圧力も振るわない。
あくまでもエドリックの起こした不祥事に対する罰だからな…ククッ、この下で酒盛りをしても構わんが…静かに、な?」
くつくつと笑って、王太子直々に解散してもいいし、酒盛りしても罰しない──と確約された周囲は静かに歓声を挙げるのだった…。