設定(本編の最後の方に記載してあった小説の転載)
「何故――貴方がここに―――」
もう何百年も前。未来で会おうと微笑んで消えたかつての友の姿に、コロネはすがるように手を伸ばした。
黒髪の端正な顔立ちの長身の青年。名を猫と名乗り、2年間コロネの護衛についた、青年だ。
だが、手を伸ばした途端、すっとその姿は掻き消える。
幻……?
宙をつかむ形で、コロネはその手を止めた。
見渡せば、神々の水晶と…くちた神殿しかそこにはなく、かつて自分を守ると宣言した青年の姿はどこにもない。
この歳になってもまだ、自分はあの青年にすがりつこうとしていたのだろうか?
自重気味にコロネは笑を浮かべる。
いきなり、一目惚れだと、すぐにわかるような嘘をつき、押しかけるような格好で自分の護衛になった青年はとても変わり者だった。
大神の力を誰よりも引継ぎ、圧倒的な力を見せたかと思えば、妙なところで抜けていたり。
考えている事が顔にでやすいため護衛としては不向きだと言えば、ガチャガチャと甲冑を着込んできた事もあった。
それにエルフが宮廷魔術師になったことで、半ば虐めのような扱いをしてくる貴族連中をかたっぱしから、睨みをきかせて威圧し、裏で手を回し陰口すらも封殺。
魔族や魔獣が相手でも、彼はひるむことなどなく、それに挑み――全て力でねじ伏せた。
私に害をなすものには全力で喧嘩を売るおかげで、大分苦労しましたが。
コロネは一人、心の中でつぶやき、笑みを浮かべる。
思えば、ずっと頼られるだけで、守られるなどという事を知らなかった自分に、守られる安心感を教えてくれたのは後にも先にも彼一人だった。
だからだろうか、このような時になってまで、彼に助けてほしいという甘えた考えが、彼の幻を見せたのかもしれない。
いつか役にたつ時が来ると別れ際、渡されたペンダント。
魔王エルギフォスの魂の欠片。
彼の言った通り、これを使う事になるとは……。
彼が遠い未来からきたという話がもし本当だと仮定するならば――。
自分は成功するはずだ。
審判の御子をこの手で吸収し、原初の巨人へとなりかわり異界の神々を駆逐できるはず。
それでも、心の中の不安は拭えない。
神より上の存在を自らに取り込むなどということが果たして本当に可能なのだろうか?
コロネはそっと視線を移した。
眼下に広がるのは、今にも朽ち果てそうな立ち並ぶ墓。
最後まで、異界の神々に抗い、死んでいったエルフや獣人や竜人達の眠る場所。
すでに、墓守もコロネ一人になってしまった。
最後まで付き従ってくれいていたレヴィンや、妻や子供たちの敵と異界の神々達と戦ったグラッドも、もうこの世にはいない。
もう時間がない。
審判の時は刻々と近づいている。
コロネは先ほど猫が立っていた場所に再び手を伸ばした。
手を伸ばしてもその場所には誰もいない。
――それでも。
「成功させてみます。貴方とした約束ですから」
言って何もないその空間に微笑むのだった。