彼女たちは眠れる奴隷【先っちょだけ】
神父さまはわたしたちにこう告げた。
「生物は宿命にだけ逆らえない。宿命とは生まれ持った定めだ。命の数だけ宿命はあり、命の数だけ奴隷がいる」
当時まだ4歳のわたしはその言葉の意味を理解しなかった。
しゅくめーとはなにか?
さだめ?
どれい……
わたしたちは神父さまの言葉を絶対として、ただ神父さまについていった。
ニンフェア。
それがわたしたち、施設を住まいとする生物につけられた名前。
言葉の意味は知らない。
神父さまが教えてくれない。
施設についてはあまり把握していない。
1つ言えることは、わたしが知っている範囲内に立ち入り禁止の区域が17箇所もある、ということ。
これについても神父さまは何も言わない。
「ねぇ……外ってあるのかな?」
「……ない」
「そっ……かぁ……」
「いや、ないというのは、ここにはという意味であって、外自体はある」
毎日3食、何からできているのか分からない食事を摂る。
パンというものは噛めば噛むほど美味しくなる、不思議な……変な物。
しちゅーだったか忘れたけど、白くてとろとろしてる液状の物は甘くて好きだ。
わたしたちみたいに目があって横に長いのも食べられる。でも苦いとこと骨があって食べるのに苦戦する。
食事は毎食変わるけれど、必ずと言っていいほど1つは苦いのがある。
神父さまは健康のためだから食べなさいと言うけど、楽しく生きることも健康でしょ?いやな物を無理に食べて、何が健康なの?
神父さまにそう訊いた子が、昔いた。
「この壁をさぁ……ドカーンと壊してやれば外に出られるのかな」
「お前……はぁ。そ。お前はいいよな、呑気で、苦いやつ平然と食えてるし」
「そんなことないよぉ。わたしは施設の中でも年配だから。みんなの基本になりなさい……って、神父さまが」
「なれてねぇけどな」
施設には、食堂や運動場、ホールといった共同の部屋と個人の部屋がある。
共同の部屋ではみんな友達と遊ぶ。でも個人の部屋では誰とも会えない。誰かの部屋に行くことも許されていない。
夜、部屋にいる彼女はどうなっているのか?
わたしたちには分からない。
中には何かしらのことで部屋に引きこもったまま出てこない子もいる。
わたしが食事を部屋の前まで運んでも、何時間経っても、何日経っても、トレーの上の食べ物はなくならない。
「おい、おーい……次、お前の番」
「……これは、慣れないね」
「慣れなくちゃいけないんだ」
わたしたちは夕食を終えると順番に注射を打たれる。
神父さまではない、これ専門の人がマスクを着けて顔を見せずに立っていて、順番に前に立つ。
注射器と呼ばれる物の先端についている針を、右腕と首の付け根に刺される。
そのまま少し白がかった液体を体に注入されて、終わる。
これの意味だって分からない。誰も分かっていない。健康のためだとは思えない。
「うっ……ええ」
「なんだ、痛かったのか?泣いてる?」
「吐きそう」
「我慢だな……吐くなよ?」
「はがれたぐないならずっどぞばにいてぇ……」
注射を打たれると必ず吐き気がする。
吐くともう1度打たれる。
どれだけやってもダメなやつは、口の中に木の棒を突っ込まれる。絶対に逆流させないつもりだ。
「……じゃあ、今日はもう会えないね。お休み」
「あぁ、明日もいてくれよ」
自身のことより、ここの施設に生きるわたしたちは、1番に友達の身の心配をする。
朝起きてあの子がいなかったら?
何食わない顔をしている彼女も、彼女も、彼女も、みんなその恐怖心に押し潰されている。
あの子の温もりを感じられず、あの子のクセも顔の輪郭さえも忘れてしまったのなら……
なんて、考えたくもない。
忌々しい。
ドアを閉めると外の音は聞こえなくなる。鉄の壁が厚く造られていて防音状態になっている。
どれだけ壁を叩いても、隣の子が反応することはない。
それにも理由はあるはずだ。
昔、壁に硫酸をかけて隣の部屋まで通路を造ろうとした子がいた。今でも思い返す、その子は本当にバカなことをやった。不注意で硫酸を飲んだなんて、アホらしい。
だから誰もそんなことは考えなくなった。
夜の間だけだから、たった数時間の辛抱だからとお互いに言い聞かせて、身の震えを布団で隠して1日を終える。