第六話 司令官の誤算(2)
高坂明日香。
十七歳。聖華女子高等学校三年生。
小さな頃から剣道を修め、アポカリプスが日本に上陸する前までは、全国大会に出場するレベルのようだった。
血縁関係。
父親はアポカリプス上陸阻止作戦に参加し、戦死。
母親はイギリス人で、その容貌を色濃く受け継いでいる。病気のため、母親も死亡している。
中央司令部に所属する高坂准将の孫娘で、第六区域の負担を軽減するために新しく第七区域が作られた時に、神装令嬢として立候補してきた。
性格は勝ち気で、曲がったことが許せない性格。責任感が多大にある。
これが、俺の高坂明日香の知っていること全てだ。
彼女の経歴からは、「時間がない」という言葉はどこにも当てはまらなかった。
校内に潜伏する高坂のボディーガードの話では、何かしらの異常は感じられないと言っていた。
このまえ再度行った身体検査などでも、全く問題なかった。正常な健康体であることが、報告されている。
彼女が不治の病に侵されていて、その命燃え尽きるまでアポカリプスと戦うという俺のくだらない妄想は粉砕された。
とするのなら、何が「時間がない」なんだ?
……司令官の立場でこんなことが調べられるのも、暇なお陰なわけだが。
しかし、これ以上は、さすがに司令部から出れない俺ではどうしようもない。
俺も拘束されているわけではないのだが、一人の女子高生を調べに外に出るなど、さすがに許されることではない。
どうしたもんか……
そもそも、優先順位が低すぎる。俺も仕事がないわけはないし、諦めるべきかもしれない。
そんな物思いにふけりながら、執務室へと帰ってくる。今日の見回りが終わったのだ。
IDカードを通し、部屋の中に――
「遅かったじゃないか」
部屋の中に、タンクトップを着た屈強な男がポージングをしながら俺に話しかけた。
俺は携帯しているハンドガンを男に向けて、執務室のドアを閉めてロックした。誰にも入ってこられないように。
何でこんな所に――?
監視カメラは――?
何の用だ――?
誰かに見られたんじゃないだろうな――?
という様々な言葉が俺の中を駆け巡る。
「言葉ではなく、いきなり銃口を向けてくるとは。ご挨拶だねえ」
男の名は、テリー・ショーン・エドガー・ジュニア三世。この男の自称だ。当然、偽名だろう。年齢不詳。性別は男。筋肉モリモリマッチョマン。アメリカ人と言っているが、それですら嘘である可能性がある。
当たり前のことだが、ここのスタッフではない。
「監視カメラは? どうやってここまで?」
「おいおい。あんな低Levelなセキュリティじゃあ、今時空き巣でも捕えられないぜ。ハッキングして、同じ風景をリピート再生させているよ」
俺は息を整えて、銃口をテリーの眉間に突き付けたまま、静かに言った。
「どうあろうと、今お前は侵入者として処理されても仕方のないことをしているんだぞ」
「じゃあ、撃てばいい」
ケロッとした顔でテリーは言った。煙草に火をつけて、くつろぐようにゆっくりと喫う。
「……撃たないのは、利用価値があるから。そうだろう?」
「……」
「そう怖い顔すんなよ。俺みたいなもんが、司令官様とお話ししているところを誰かに見られたくはないだろう? 通信は記録に残るし、あんたは外に出歩かないし。じゃあ、直接会うしかないじゃないか。之しか方法がない」
「……一体、何の用でここに来たんだ」
「高坂明日香のことが知りたいんじゃないのか?」
「――」
こいつ。
「これが、司令官さんの知りたい情報さ」
と、メモリーカードを投げてよこした。
俺はそれを受け取ってから、しかし、銃口をテリーに向けるのを辞めなかった。
「何で高坂のことを知っている?」
「君のことは何でも知ってるよ」
ウインクされる。
今更分かったが、この男は俺をおちょくりたいだけだ。
「何が目的なんだ?」
「別に。そんなことはどうでもいいだろう?」
「よくはないから聞いている」
この男に、俺はこれまで何度も助けてもらっていた。
例えば、ヤタガラス中枢部の人間関係や派閥構成。
おかげで、誰に取り入るべきかを判断することが出来た。
神装令嬢四人の妹以外のボディーガードを厳選できたのも、こいつの情報のお陰だった。
更には、最後の四人目が手を挙げてくれず、困っていた時に村崎史を連れてきたのもこいつだった。
これらすべてを、無償で行ってくれたのだ。
これでこいつを信じられるとしたらそれは相当なおめでたい奴だ。
「俺たちは同じ穴の中にいる。それで信用できないか?」
同じ穴。
その言葉に、妙な確信を得てしまう。
だが、おそらく、向いている方向が俺とは違う。
予感ではなく、確信だ。
こいつは絶対に裏切る。
おそらく、最高のタイミングで。
「用が済んだなら、帰れ。見つかったら庇わないからな」
こいつの言う通り、ここで始末する気はない。
こいつはまだまだ有用だし、手を組まざるを得ないのが現状だ。悔しいが、俺は一介の司令官であり、神様でも何でもない。気が合わない人間でも、利用できるものは、利用しなければならない。
「そんなに心配しなくても、ここは庭みたいなもんさ。口笛を吹きながらでも歩いて帰れるよ」
「そんな心配はしていない」
俺の言葉を鼻で笑い、彼は執務室から出て行った。