第五話 司令官の誤算(1)
「ハルシネーション粒子増大! 可視領域まで五、四、三……」
「住民の避難、完了しています」
「神装令嬢、所定位置にて全機スタンバイOK!」
「二、一……敵アポカリプス顕現! パターン……え?」
中央モニターには何も映っていない。
オペレーターが自身のモニターと見比べる。
そこには確かに、アポカリプスがいることを示しているのに。
「戸惑うな」
動揺が広がるオペレーターたちを、俺は静かに一喝する。
「ステルスタイプ。新種だ。三日前に第五区域にて報告があった」
ハルシネーション粒子が可視領域に達すれば、アポカリプスは見えるというのが常識だった。また、こちら側に姿を見せなければ破壊活動ができないということも。
が、この新種――H型は違う。こちら側が見えなくても、一方的に攻撃できるのだ。
「仕組みは簡単だ。体に光学迷彩を仕込んでいるだけだ」
「し、しかし、見えなければ攻撃もできないじゃないですか!?」
「見えないだけで、そこにはいる。要は、視認できればいい」
既に俺は準備を終えていた。新種が確認された場合、他の区域にも表れるのが通例となっているのだ。
「神装令嬢全機、聞こえるか? 装備にペイント弾を装填した銃があるのが分かるか? こちらで大体の位置をリモートするので、」
「て、敵アポカリプス、沈黙しています!」
「……」
なん、だと……
確かに手元のモニターには、ハルシネーション粒子濃度が急激に低下し、アポカリプスを撃退したことを示していた。
「本当、なのか?」
アポカリプスはコア部分を破壊しなければ何度でも再生する。
だからこそ、着色をして、姿を視認させる必要があった、はずなんだが。
――だけれども、モニターには事実が示されている。
「一体、どういうことでしょうか……?」
オペレーターの一人が聞く。
俺に聞くな。
彼女らに関しては、分からないことだらけだ。
というか、このハルシネーション粒子が急激に低下している時間は、どう見ても顕現後すぐ。俺がキメ顔で「戸惑うな」と言った時には、彼女らはもう撃退に成功していることになる。
……本当にどういう事なんだよ。
とにかく。
俺はなるべく威厳を装って未だに動揺しているオペレータに促した。
「何をしている。戦闘態勢を解除して、現場に解析班を向かわせろ」
「あ、そ、そうだ。戦闘態勢を解除! こちらオペレーター。戦闘態勢を解除してください。司令部は通常業務に移行してください」
「こちら、オペレーションルーム。解析班、現場に向かってください」
俺は端末でドッグのスタッフに繋ぐ。
彼女らから詳しい話を聞かなければ、どうもこうもない。
「神装令嬢全機帰還後、すぐに司令官執務室へ向かわせろ」
「心眼でございますわ」
俺の質問に、背すじをぴんと伸ばした高坂明日香が直立不動で答えた。
俺は、どうやって、アポカリプスのコアをぶち抜いたかを説明を求めたのだが……
「心眼とはなんだ?」
執務室の机で、メモを取っている俺に対し、彼女は堂々と答える。
「文字通り、心の目のことでございます」
うん、分からん。
「もっと具体的に言ってくれ」
こっちは、上層部に報告しなきゃいけないんだ。
「剣術に後の先という言葉をご存じありませんか? 要するにカウンターのことですが、これを決めるためには、起こりを見逃さないようにせねばなりません」
「……」
「例えば、息遣いや、足の踏み込みかた。目線の動きなど……そう。剣術とはすなわち相手をよく見ることにその真髄があるのです」
「……」
「しかし達人同士ともなれば、もっと先の先を見ることが求められます。すなわち、気です。よく気配、気がするという言葉がありますけれども、平たく言えばそういう事でございますわ。その気配を読むことが、達人には肝要なのです」
「……」
「それがどんどん理解できるようになると、目を閉じていても相手がどこにいるか分かるようになってくるのです。これが心眼ですわ」
「よし、分かった」
俺は深く考えないことに決めた。
報告書には、『敵アポカリプス顕現時、高坂明日香機が一人突出し、やみくもにソードを突き出したところ、偶然、アポカリプスのコアに肉薄しているところであり、そして、偶然、コア部分を完全に破壊できた』としておこう。
おかしな報告書だが、添付した映像資料からはそうとしか読み取れない。
素直に心眼で倒しました、と書けと思われるかもしれないが、考えてみてほしい。
Q 見えない敵をどうやって倒したのですか?
A 心眼を使って倒しました。
こんな報告をする人間は、ストレスで精神異常をきたしたと思われるだけだ。療養を促されるか、強制的に司令官を交代させられることになりかねない。
さすがにこんな『偶然』を連発した報告書を提出したら、何らかの疑いをもたれるのは必至ではあるが。
まあ、一回くらいならば、「そういうこともある」と言われるだろう。
一回くらいならば。
「他の者も、その心眼が使えるのか?」
能力は、正しく把握しておかないといけない。
俺が質問すると、小日向と村崎は首を振った。
「当たり前ですわ。才能のほかに、気が遠くなるような訓練が必要ですもの。そうそうにできてもらっては、こちらの立つ瀬がありません」
というか、そんなこと出来る方がおかしいのだ。
「で――今日くらいは休んだらどうだ?」
俺の提案を、彼女らは首を振った。
「休むこともトレーニングだろう」
という今や至極当然の常識を、高坂は眉を顰めて首を振った。
「わたくしには、もう時間がありませんもの。なるべく、彼女らを鍛えないと……」
「――? どういう意味だ」
ハッとなった高坂は、バツが悪そうな顔をする。
「特に意味はありません」
「……そうか」
と俺は言うしかなかった。
彼女らはヤタガラスに所属しているわけではなく、民間からの協力者ということになっているからだ。アポカリプス以外のことは、無理に聞けない。
何でそんなややこしいことになっているかというと、昔、一般の少女を軍隊に所属させているということで、抗議活動が行われたことがあったからだ。
そのため、対アポカリプスを撃退するための組織、ヤタガラスが作られて、その力は侵略や戦争に用いてはならないという法律が作られて、そこに少女が協力者として協力するという形になっている。
ここら辺、すごく日本的で、大陸から帰ってきたときに呆れたことがある。
向こうの方に、こんな組織を作ろうという意識すらなかったはずだ。
結果的に少女を化物と戦わせているわけで、罪悪感がなるべく薄くなるようにしているだけに過ぎないのに、だ。
いや、そんなことはどうでもいいことだ。
彼女が自分から話さないということは、話したくないということなのだ。そのときは、何も追及しなかった。
けど、やっぱり、気になるものは気になった。