七十一話:夕日に焼ける街
いい感じに夏になり、枝豆と茄子の季節になりました。
肉厚のナスを食べている時に生きている事を実感します。
煮びたしが個人的最高です。
ヨアンが来た後は、テレッサがギルドのお屋敷に行く代わりに、ヨアンがケガを治す魔法を教えてくれた。
どろっぷりじぇねれーしょん――再生の雫って魔法で、自然治癒力? が上がって、ケガが治ったり、病気もはやく治ったりするんだって!
魔法の効果もおもしろいけれど、詠唱の中にある座布団葛とか、長命夕顔がとってもおもしろそうなの!
『魔法を使うのに、詠唱に出てくるものについてすこしでも知っていることが大切』ってことでヨアンに教えてもらったけれど、座布団葛はそのまま座布団みたいに四角くあつまって生えていて、長命夕顔は花と実が輝くんだって!
おもしろそう! 見てみたーい!
西の方にあるらしいから、機会があったら探してみようね!
赤べえ達へのお土産にもいいかも!
ってそれよりも、なんでテレッサがギルドのお屋敷に行っちゃったかというと、メラニーのケガは、テレッサが治さないと、なんだって。
これもヨアンに教えてもらったんだけれど、槍黐兎が作る鳥黐は、乾く時にくっついているものの魔力を吸い取って、外に出しちゃうみたいなの。
だから、その鳥黐を当てられちゃったメラニーは、今は体の中にほとんど魔力がないんだって。
そんな時にさっき教えてもらったような魔法で治そうとしても、回復ぽーしょん? ってやつを飲んでも、あまり効果がないみたい。
体の中の魔力に協力してもらうから、なのかな?
テレッサが使う魔法は……あれ? 魔法だったっけ?
すきるってヨアンは言っていたような……まあいいや。
テレッサが使う魔法は、魔力をメラニーにあげられるから、体の中に魔力がなくても、大丈夫ってことみたい。
なんでテレッサだけが使えるのかはわからないけれど、きっと、テレッサがすごいってことだよね!
あ! 僕も魔力をあげられるようになったら、すごいよね!
わー! がんばって出来るように……テオにあげたことあるよね?
わわ! じゃあ、僕もすごいってこと!? やったー!
ってことで、白の学舎から広場にもどる前にヨアンに聞いた話によると、テレッサのおかげでメラニーはケガは治ったみたい。
でも、大事をとって数日お休みするんだって。
メラニーがはやく元気になるといいな。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
昨日の夜、広場にメラニーは来なかった。
お休みしているからそれでいいと思うけれど、カンタラに来てからずっと来ていたからか、なんだかさびしかった。
翌日は、朝からお昼まで街の中を歩けなかった。
クエストもお休みみたいで、掲示板にはなにも貼られていなかった。
テオ達とも会えなかった。
冒険者のみんなは、目をギラリとさせていたし、ギルドのお屋敷のヒト達は、いつもよりシュビシュビ動いていた。
みんなの様子からだけれど、街になにかあったみたい。
しかたがないから、広場で走ったり、転がったりしていた。
広場で遊んでいる僕を見て、ギラリとさせていたヒトの目が一瞬でも和らぐって気付いたから、もっともっとがんばって遊んだ。
遊び疲れて木の下で休んでいると、白の学舎に子ども達があつまっているのか、声が聞こえてきた。
だれかはわからないけれど、男の子が嫌いな食べものを食べられたって、なんどもテレッサに伝えている。
すごい。
クエストがお休みだからか、白の学舎には、子ども達がたくさんいる。
クタクタの今の僕は、たくさんの子ども達のおもちゃにされちゃうかな。
みんなに会いたい気持ちももちろんあるから、おもちゃにされてもよかったけれど、今日は不思議とそのまま木の下で休んでいた。
空が青からうすいオレンジに変わっていく。
それを見上げながら、今日のことを考える。
なんで掲示板になにも貼られていなかったんだろう。
みんなはなにに警戒していたんだろう。
街でなにがあったんだろう。
あの声の男の子は、きっと大きくなれるよね……。
その時だった。
「ワカバ」
……!
『メラニー!』
いつもの長ーい服とも違うし、パジャマとも違う飾り気のない燻んだ白色の上と下が繋がった服――ドレス? ワンピース? ワンピースだっけ?――を着たメラニーが、いつもの杖を持って立っている。
「ワカバ来て。見せたいものがあるの」
その笑顔は、今日のほかのヒト達と違って落ち着いていた。
メラニーの隣りを歩いて、街への門をくぐる。
すぐに左に曲がって、お屋敷の周りを歩く。
右の方にヨアンのお肉屋さんが見えた。
ヒトの通りはあまり変わらないように見える。
けれど、革や鉄の服――鎧だったかな?――を身に付けた冒険者達の視線や仕草は、やっぱりなにかを警戒しているように見える。
うーん、なんだろう。
このまま歩いたら、南大通り。
でも、ギルドのお屋敷の塀に沿って、メラニーは左に曲がった。
もしかして、今日案内してくれるはずだった東側を案内してくれるのかな?
メラニーの横顔を見上げる。
とても案内って顔じゃない。
もっと、こう、大切なことを打ち明けようとしているような、止めようとする自分と戦っている顔。
メラニーは、僕になにかを伝えるために、戦っているんだ。
なら、僕はしっかりとその全部を受け止めないと!
前へ視線をもどして、気を引き締める。
僕は、ついに東大通りへと足を踏み入れた。
東大通りは、最初は左右に果物屋さんやお酒屋さんの建物があったけれど、だんだんとその建物が減る。
そして、道が二つに分かれて、大きな丘が現れた。
背が低くて、細い草がたくさん生えている。
その草達が、丘全体をやさしい緑色にしていた。
「この丘はね、カンタラ全体を見渡すために、土を盛り上げて作ったんだって。ほら、行こ」
メラニーが丘の緩やかな坂を上っていく。
僕も続いて、坂を上る。
鼻先や足の裏、お腹に触れる草がくすぐったい。
そういえば、この草はなんて名前なんだろう?
『この草は、なんていう名前なの?』
僕の質問に、メラニーはその足を止める。
「なんて名前だろうね」
『うん!』
なんて名前なんだろう!
僕が追いつくと、またメラニーも上りだす。
丘はまんなかの辺りの高さで、ぐーるんと回り込む様な道が、丘を削って作られていた。
そして、その道の分か、さらに急になる登り坂。
僕は大丈夫だと思うけれど、メラニーは大丈夫かな?
心配になってメラニーを見ていたら、メラニーはそのまま坂を登らずに、道を歩き始めた。
そして、坂の一部分を石で階段にしている場所に着くと、階段を一段一段上りだす。
あれなら安心だね!
僕はせっかくだから、このまま坂を登る。
うしろ足に力を入れて、どんどん登っていく。
よいしょよいしょっとっとっとー!?
前足で地面を押しちゃったのか、体勢を崩して、坂へと向いていた体が横を向く。
そして、そのまま体を支え切れずに、コロコロと坂を転げ落ちた。
む!
もう一度登って、今度は自分から転がり落ちる。
おもしろい!
メラニーにも教えないと!
「ワカバー! はやくー!」
丘の頂上で、メラニーが僕を呼んでいる姿が目に入った。
あ、いけない! はやく行かないと!
結局階段を使って、僕も丘の頂上まで登った。
登り切ってすぐに目に入るのは、丘の頂上とその先の景色。
思わず近づいた。
レンガで作られた大きな道が、東へ向かってまっすぐ伸びている。
あの道は、さっき僕達が丘を登る前に歩いていた道の続き。
丘の周りを二つに分かれてぐるりと遠回りして、また一つの道になったみたい。
その道で左右に分けられているのは、たくさんの緑。
太陽に照らされて、その緑にオレンジ色が混ざっている。
その中にヒトが見えるところでよにん。
下を見つめて、なにかをしていた。
被っている帽子は、麦わら帽子かな?
じゃあ、あの緑は麦……とか?
「すごいでしょ。これぜーんぶ麦畑なの!」
そう言って、メラニーが両腕を広げた。
そして、なにかを思い出したのか、「あ」とこぼして、僕のうしろに回って、遠くを指差した。
「果樹園もあるんだよ!」
『……あ! 本当だ!』
麦畑の向こうに、なにかの木がたくさん並んでいるのが見える。
すっごく遠いから、そんなに背が高くない木としかわからないけれど、あれが果樹園なんだね。
あれ?
ふと、疑問が浮かんだ。
カンタラの結界は、首輪をしていないモンスターを弾いちゃう。
あの広場の蝶々さんしか虫さんは見たことがないし、たぶんモンシロチョウモドキも弾いちゃうんだと思う。
なら、どうやって受粉をしているんだろう?
もしかして、そういう魔法でもあるのかな?
でも、受粉も魔法で出来るのかな……うん! きっと出来るよね!
「ワカバ、こっちも!」
メラニーに呼ばれて、ふり返る。
丘の頂上は、ギルドのお屋敷の二階の部屋一つから二つ分くらいの広さ。
ふたりで立つには十分だし、すぐに反対側の景色も見える。
わぁ!
レンガで作られた家々。
その中を行き交うヒト達。
遠くにドンと見えるギルドのお屋敷。
そのどれもが、オレンジを帯びていて、レンガが細かくキラキラと輝いて見えた。
ポーンと、カンタラを町の外の丘の上で初めて目にした時と同じ音がしたけれど、それも気にならなくなるくらい、綺麗だった。
「ここはあたしが一番好きな場所なの」
メラニーはそう言って、その場に座り込んで、「若葉も好き?」と僕に聞く。
僕がなんどかうなずいて、メラニーに賛成すると、「やった」と両膝を抱えて、その体をおきあがりこぼしの様に揺らした。
メラニーの表情から笑顔が消えた。
メラニーの綺麗な空色の瞳が僕を見つめて、すぐに逸らされる。
そして、わずかに震えている口が開かれた。
ぽつりぽつりと、メラニーはテオとの出会いから、Sランク冒険者になるまでを話してくれた。
メラニーはテオが歳上なのに、自分がお姉ちゃんだってことを気にしているみたいだった。
でも、それ以上に――
「狡いよね。あたしより先にCランクになって、そのままSランクになって。そんなことやられたら、あたしもSランクになるしかないじゃん」
そう言って、メラニーは左拳ですこし乱暴に地面を叩く。
テオへの、というよりも、自分自身への怒りのよう。
僕はうなずくだけにした。
そうじゃないと、メラニーの言葉を止めてしまいそうな気がした。
「ずっとずっと頑張って、血が滲むとかそんなこと気にならないくらい頑張って、それでも足りなくて……頼りなくて」
緩められていた左手に再び力が入り、手の中に入り込んでいた草が、引き千切られそうになる。
その草がすこし気になった。
あのくらいなら、力が抜ける感覚もない。
「テオに負けたくないから頑張っていたって思っていた。あたしを罵ったあの言葉を見返すために頑張っていると思っていた。……でも、違かった。どっちでもなかった」
草が千切れる前に、左手がまた緩められた。
そして、開いた両手でメラニーは顔を覆った。
「あたしはテオを守りたくて、強くなりたかったんだ」
確信しているような口調で、自分に確認しているような、歪な言葉だった。
「なんで忘れていたんだろう。あたしはテオにあの顔をしてほしくなかったから強くなりたかったのに。あの声はどこの誰でもない、あたし。……自分で自分のこと責めて、空回って、テオにケガさせて……あたし……あたし、なにやってるんだろう……!」
ぽつり、ぽつりと顔を覆う指をくぐり抜けて、こぼれ落ちた雫が地面と草を濡らした。
ずずっと鼻をすする音。
ポーンとまた音がする。
日も落ちてきて、ヒトの声も小さくなってきて、どこかから楽器のゆったりとした音が聞こえる。
すこしヒヤリとした風が小さく丘の上に吹いて、僕達をなでた。
「ごめんね。変なこと喋り始めて、びっくりしたでしょ?」
腫れた目元を気にしたメラニーが、僕へと向く。
その笑顔はすっきりとしているように見えるけれど、どこか不安があるように見えた。
僕が首を横にふる。
それを見たメラニーは、また視線を街へともどして、曲げていた膝を前へと伸ばし、体をうしろへ倒す。
「もうわからないや……。ううん、改めてわかったことはあるけど、知りたいことは、結局わからないっていう感じ。……これから、どうしよっかな」
そう言ったメラニーは、僕へとふり返った。
『出来ることから始めれば、きっとなんでも出来るよ』
それは、エルピが言ってくれた言葉を僕なりに変えた言葉。
初めは僕だって魔力感知が出来なかったし、今も常には出来ない。
魔法だって、身体強化になっちゃったり、身体強化を使おうとして魔法になっちゃったりした。
でも、出来ることは増やせる。
なんども練習すれば、出来るようになる。
出来ることが増えれば、練習したら出来るようになるものが増える。
だから、きっと、メラニーは……ううん。
テオやマルタに、アレクト達。
みんな、なんでも出来るはずなんだ。
「本当に何でも出来る?」
メラニーが聞いてくる。
僕は迷わずうなずこうとして、『何でもは、出来ないよ』とエルピが言っていたことを思い出しちゃって、思わず首をかしげた。
あれ? 僕がなんでもは出来ないんだっけ? 言霊がなんでもは出来ないんだっけ? うーん…………そうだ!
ここには、みんながいる。
メラニーも、テオも、マルタも、アベルとギルスも、ビルも、マットも、アレクト達に、お肉屋さんやナディム達。
みんなみんなここにいる。
なんなら、すぐ近くの荒野にミミズさんもいるし、森には赤べえと狼さん達がいる。
メラニーが、僕が、なんでもは出来なくても、みんながいれば、なんでも出来るよね! うん!
頭の中で出した答えを信じて、僕はかしげていた首をもどして、縦にふる。
『みんながいれば、なんでも出来るよ!』
「そうきたかー」
そう言って、メラニーが吹き出す様に笑った。
その笑顔は、さっきまでのものと違っていて、太陽の光で輝くレンガに負けないくらいに、キラキラとしている。
それがなによりもうれしかった。
メラニーが元気を取りもどしたあとは、メラニーの魔法について教えてもらった。
特に、変える前の詠唱について。
“祖たる鷲”は、羽ばたいて風を生み出している存在。
“大地抱く不可視の腕”は、風が世界中を環っていることを言っていて、それを“天輪と寂光の型”――太陽の光と知恵で形を変えて、“刃弾く城壁とする”って詠唱らしい。
すこしむずかしいけれど、メラニーがすごいことをやっていたってことはわかる。
「フレースヴェルグは祖たる鷲の名で、フリューゲルは翼って意味。あの魔法は、本来は祖たる鷲の翼を喚ぶものなんだって」
僕の頭を伸ばした左手でなでながら、メラニーは「翼が八つもあるなんて、飛びにくそうだよね」と続けた。
……ん?
『それって、だれかから聞いたの?』
「ううん。ワカバと初めて会った日……一緒にギガントサンドワームの砂嵐が治まるまで待ったでしょ? あの時あたしが読んでいた本。あの本に書いてあったの」
思い出してみると、スープが出来るのを待っていた時に、メラニーが大きな本を読んでいた気がする。
ということは、
『メラニーは、フレースヴェルグって鷹さんと友達なの?』
「え!? 会った事ないよ?!」
会ったことないんだ!
そこでひらめく。
ヨアンは、『詠唱に出てくるものについてすこしでも知っていることが大切』って言っていた。
なら、鷹さんと会った方がいいんじゃないかな?
メラニーから伸びる無数の縁。
その淡い緑色の糸の一本が、空へと伸びて、消えていた。
これは切れているんじゃなくて、その先にいるなにかにちゃんと繋がっている。
この縁を使えば、鷹さんに会える、かはわからないけれど、お話は出来る。
『じゃあ、お話してみる?』
「えっ、どういうこと?」
僕の力を糸電話みたいにして使えば、会うことは出来ないかもしれないけれど、お話は出来ると、メラニーに伝える。
僕の話を聞いたメラニーは、半信半疑といった表情だったけれど、最後にはゆっくりうなずいた。
「そんなこと出来るんだね。ありがとう教えてくれて。あたし、フレースヴェルグと話してみたい……けど、まだ決心が出来ない。今まで勝手に力を使っていたのに、さらに力を貸してなんて……うん。あたし怖い。すごく怖い。けど、明日。明日には、絶対の絶対に決心する! 明日のあたしがまた明日って言っても、無視していいから、だから、待っていて!」
その力の籠った瞳は、僕には決心が出来ているように見えた。
ううん。話す決心はもうあるんだと思う。
だからこそ、メラニーはほかの決心をしないといけないんだ。
なら僕も。
『わかった!』
まだ座ったメラニーよりも小さいけれど、すこしでも頼りにしてもらえるように、胸を張って、顔を上げて、メラニーをまっすぐ見つめて、そう言った。
「おもしろい話をしているのね」
「誰?」
するりと入り込むような女のヒトの声。
見れば、光沢のある真っ赤な……ワンピース? を着た女のヒトが階段から上ってきた。
着る服と同じくらい深い赤色の長い髪を、うしろで一つに纏めている。
前髪はおでこを見せるように左右に分けられていて、目じりが上がった目の中にある茶色の瞳は、キラリと光り、強い意志を感じた。
強い風が吹いて、女のヒトの髪とスカートがぶわりと踊る。
「綺麗なドレス……」
メラニーが見惚れる様に女のヒトを見つめて、そうこぼした。
ワンピースじゃなくて、ドレスだったみたい。
「盗み聞きなんてしてごめんなさいね。面白い所で話をしているから、儲け話かと思ってつい聞いてしまったの。私の悪い癖ね。まあ、まさか話し相手が人じゃないとは思わなかったけど」
女のヒトは「ふふふ」と笑って、するりと僕とメラニーの間に座った。
しかたがないから、僕はメラニーの右隣りに移動する。
「アイスハントからやっと昨日着いたのだけど、思ったよりも売れ行きが良くないの。あそこの氷なら高く売れると思ったのだけど、ここの人達は氷は魔法で作ってしまうみたいで……おまけに探している物は見つからないし、もうお手上げ! って気分よ」
そう言って、ブワッと両腕を空へと伸ばして、空を見上げる女のヒト。
あいすはんと……北にある国だっけ?
白の学舎で教えてもらった気がする。
「まあそれはいいとして……」と、ゆっくりと腕を下ろした女のヒトが、メラニーへズイッと顔をよせる。
「ねえあなた、私はどう詫びればいいかしら? あなたの大切な話を聞いてしまったんだもの。私は身包みを剥がされようが、奴隷として売られようが、文句は言わないわ」
「ど、奴隷!? いえ、そんな、そんなことしませんし、いいです!」
首をブンブンと横にふって、両手を胸の辺りで細かくふるメラニー。
そんなメラニーの両手を自分の両手で包んで、
「あら、ありがとう。あなたは優しいのね」
とメラニーにやわらかく笑いかける女のヒト。
暗くなってきたからか、街のあちこちから夕焼け石が空へと浮かび上がり、辺りを照らし出した。
ふと気になって、メラニーと女のヒトから一旦離れ、反対側へと見に行く。
麦畑、その先の果樹園からも、夕焼け石が浮き上がっていた。
なんだか、送り火の様でとっても綺麗。
ポーンとまた音がした。
すこしその光景を眺めたあと、ふたりの下にもどった。
「いいじゃない。沢山悩むといいわ。みんな歳を取って行けば、悩む暇すらなくなっていくのだから、悩むなら今の内よ」
僕が離れている内に、メラニーは女のヒトに相談していたみたい。
まるで自分のことのように眉毛をハの字にして、目を潤ませ、弱気のメラニーを女のヒトが励ましていた。
「でも、あたし」
「自信を持ちなさい。あなたの志は、気高く美しいわ」
「美しくなんかないです。それに、やっとなんとかなるって可能性が、協力してくれる仲間が出来たのに、あたしったら決心が出来てなくて……」
メラニーはそう言って、右隣りにもどった僕をチラリと見る。
ゆっくりとうなずいた女のヒトは、
「そうね。たしかにあなたは蕾だわ。咲くためには――ここ」
メラニーの胸のまんなかを右手の人差し指で挿した。
「えっ?」
女のヒトの不意の行動に、メラニーがおどろきの声を漏らした。
「その命を賭けて力を跪かせなさい。そのためなら、清濁関係なく利用するのよ。何にも惑わされないように、守るものを一つにしなさい。本当にそれを守り続けたいのなら」
呆気に取られるメラニーに、女のヒトは続ける。
「後悔は後にしか出来ないって知っているでしょう? なら、まだ奪われていない内に咲きなさい。……先人からの細やかなお節介よ」
そう言って、女のヒトは右手を下ろした。
「ふう」と息を吐いたメラニーがニコッと口角を上げてうなずく。
「……ありがとうざいます。出来るだけ、やってみます」
「そう。それはよかったわ」
そう言って女のヒトはニッコリと笑った。
メラニーをさらに元気にしてくれるなんて、この女のヒト、すごいね!
なにかお礼をしないと……そうだ!
なにかを探していたみたいだから、それについて聞いてみようかな?
もし僕が知っているものなら、それがある場所に連れて行けば、いいもんね! 聞いてみよう!
『こんにちは! 僕は若葉! なにかを探しているって言っていたけれど、なにを探しているの?』
僕がしゃべったことに驚いたみたいで、女のヒトの目がすこし大きくなった。
けれど、すぐに元の大きさにもどって、笑う。
「あらびっくりしたわ。ふふっ。傀儡師の手板よ。とても簡素な作りのようで、十字に重ねた二つの木の板を、中心部分で固定しただけのものみたいなの。見ていないかしら?」
へー! 木の板を重ねて十字に……。
…………。
わー! 知っている!
すっごく知っているものだった!
でも、壊しちゃったものだったー!
どうしよう! って、正直に言わないと、だよね!?
わー、怒られちゃうかもー……。
『ご、ごめんなさい! ギルドのお屋敷の前の広場で見つけたけれど、触ったら壊しちゃった!』
僕の言葉にさっきよりも目を大きくした女のヒトだったけれど、なにかおかしかったのか、「ふふふふ」と堪える様に口元を右手で隠して、笑い出した。
「あなた素敵ね。ワカバだったかしら。情報ありがとう。覚えておくわ」
壊しちゃっていても大丈夫だったのか、女のヒトはやわらかく笑ってくれた。
よかったー! 本当によかったー!
うれしくなって、その場でくるりと回ろうとして、目の前が坂ということに気づいて止まる。
そうしている間に、女のヒトが立ち上がった。
それを不思議そうに見たあと、なにかに納得した様に、立ち上がるメラニー。
女の人が下に敷いていたらしい小さな布――ハンカチ? を綺麗に畳んでしまう間に、メラニーはスカートの砂を叩く。
メラニーの顔がすこし赤い気がするのは、夕焼け石のせいかな。
「随分と古い隠蔽の仕方だと思って来てみれば……メラニー、ワカバ、ソレから離れろ」
マットがその目を鋭くして、階段から丘の頂上へと上がって来る。
それに続く冒険者達。
ふと気付けば、すこし下の道にも、すこし間隔を空けて立ち、杖を構えてこっちを睨み付ける冒険者達。
みんなどうしたんだろう?
「ソレ、だなんて随分な言い草ね。でもいいわ。昔のままで来たのに誰も気付いてくれなかったから、名だけ残って姿は忘れられたのかと思って、すこし落ち込んでいた所だったもの。覚えている人がいたようで、私も嬉しいわ」
そう言ってメラニーと僕の頭をなでた女のヒトは、僕達から離れ、反対側――麦畑がある方へ移動する。
うしろ髪を纏めるための深い赤色の花が付いた髪留めが煌めいて、とっても綺麗だった。
僕とメラニーを隠す様に冒険者達が前に出る。
一番前のマットがさらに一歩、こちらへふり返った女のヒトへと近づく。
「忘れるだと? 悪名高いお前を誰が忘れられよう。何よりもお前に受けた傷の数々を私が忘れるものか」
マットの手に力が入り、震える。
「何故、何故ここにいる? 何故あの日、あの時、あの姿まま私達の前に現れた! お前は確かに我が師、シン・サキミに斬られ、私達の前で死んだはず……! 何故蘇った――」
人攫いエイダ!
エイダと呼ばれた女のヒトは、ニヤリと笑った。
読んでいただきありがとうございます。




