六十九話:不穏の足音
お魚用、お肉用として売られていた香草を試してみたところ、ガラッと世界が変わりました。
最近流行りのラムチョップにもかけたりして楽しんでいます。
七味もすこしかけると、メリハリが出ていい感じです。
ユズノスケもお屋敷の中へ行くと、さっきまで騒がしかった広場がとっても静かになった。
なんだかさびしい……あ!
起きた時のあいさつをエルピにしないと!
今日は起きたら蝶々が鼻に止まっていたり、サントってヒトが飛んできたりたいへんだったから、忘れちゃって……あれ?
そういえば。
耳を澄ます。
聞こえる音は話し声だったり、足音だったり、楽器を練習している音だったり、いろいろ。
でも、全部ヒトが出している音。
イグアナさんは訓練が終わると、すぐにどこかへ飛んでいっちゃって、羽音も聞こえない。
鳥さんの鳴き声すら聞こえない。
結界があるから、入ってこれないのかな。
じゃあ、
なんであの蝶々だけいたんだろう。
うーん…………わからないや。
しかたがないから、今は
『おはよう! エルピ!』
僕の中にいる友達に朝のあいさつ。
今日も返事はないけれど、胸の辺りがほんわかあたたかい。
よーし! 元気出た! 今日もがんばるよー!
両前足を前に出して、ぐぐーっと体を伸ばした。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
今日はマットが町の南側を案内してくれた。
一昨日の西大通り、昨日の北大通りと続いて、今日は南大通りを歩いたんだ。
雰囲気は北大通りと似ていた。
マットが言うには、北や南から来る商人さんが行き交うから、発展しているんだって。
対して東側は、メルンの大森林の方だから、ヒトがそっちから来ることはすくないし、西側も荒野だから、商人さんはあまり行かないんだって。
最近は南の方でなにかあったのか、商人さんが南の方に行かずに引き返しているとも言っていた。
なにがあったんだろうね……あれ?
テオは、西側から発展していったって言っていたよね。
うーん……西側から町が広がっていって、そこに商人さんが来て、北側と南側が発展……ってことなのかな?
どっちでもいっか!
あ! 西側には、ギルドのお屋敷を作る前に拠点として使っていた建物があったんだって! 門の近くにあったらしいけれど、見逃しちゃった。
今度見に行けるといいな。
ほかには……あ、そういえば。
北大通りにはいた小亀竜はいなかった。
でもその代わりに、ギルドのお屋敷より大きそうな、立派なお店があった。
『気まぐれな紫』ってお店で、鮮やかで気品のある紫色の染料で大人気になったお店なんだって。
染料以外にも日用品や本とかも売っていて、外から見ただけだったけれど、朝からヒトの出入りが多かったな。
そのお店が南門が遠くにすこし見える辺りにでえーん! とあって、お店のお話も終わって、先に進もう! ……って思ったんだけれど、ギルドのヒトが走って来て、マットとお話し始めたと思ったら、帰ることになっちゃった。
お話は不思議と聞こえなかったけれど、なにかあったみたい。
ってことで、早めに広場へともどった僕は、せっかくだからと早めにクエストを受けて、白の学舎に来ていた。
今日も白いレンガがとっても綺麗。
足踏みをして、土を落としてから入る。
ふわりと牛乳を温めたようなやさしい香りがした。
足を滑らせないように、気をつけながら白い石の床を歩く。
カッ、カッと足音が小さく鳴る。
今日はジルの声は聞こえないし、アンも走ってこない。
足元が不安定な時に抱きつかれると危ないから、その心配をしなくていいみたいで、安心した。
せっかくだから、すぐに隣りの建物に行かないで、三角の建物の中をすこし見ていく。
横にながーい木の椅子がまんなかの道を挟む様にたくさん並んでいる。
その道は奥へと続き、三段の階段。
その上に縦に長い台。
その台のうしろに横に長いどっしりとした台があって、その上には燭台――外側から内側に下がるように、高さの違う蝋燭が三つ立ったそれが、置いてあった。
蝋燭の火が小さく揺れている。
視線を上にずらすと、五つの大きな窓。
綺麗な曲線を描いた窓枠に、いろんな色のガラスがはめ込まれていて、太陽の光が彩られて中へと入ってきていた。
とっても綺麗。
天井を見てみれば、正面の五つの窓よりも小さいけれど、窓がたくさんあって、入る日の光が天井を照らしていた。
そのさらに上にも、隠れた窓がたくさんあるみたい。
左側にだけある窓がないところは、繋がった隣りの建物で太陽が遮られて、光が入らないからかな。
窓拭き、たいへんそうだなぁ。
どうやってやっているんだろうね。
背が高ーいヒトがしてくれるのかな。
まあいっか。
僕はおいしそうな香りがする方――隣りの建物へと続く通路へと歩いていく。
「ハンマーで叩いた袋の中に入ったクッキーがどうなったか! わかる人!」
たくさんの「はい!」って声が聞こえる。
たのしそうだなぁ。
なにをしているんだろう?
「こなごなー」
「いっぱいになるー!」
「はいはいはいはいはいはいはい!」
「ジルは粉々、アンは増える……ストライアは?」
「…………」
「ここは“はい”を言った回数を競う場じゃないぞ?」
「へへへ」
「笑っても誤魔化せていないぞ?」
男のヒトと、子どものたのしそうな笑い声が聞こえる。
壁越しに覗いてみる。
アンやストライア、ジルと……見覚えのない男の子がふたり。
みんな椅子に座って、うすい黄色髪が波打った男のヒトを見上げている。
あの男のヒトは……うしろ姿しか見えないけれど、朝に飛んできたヒトかな? たしか、サントだっけ。
サントも椅子に座っているけれど、子ども達と同じ椅子だからか、座りにくそう。
「正解は…………一枚のままだ!」
サントが袋から出したクッキーはヒビもなく、綺麗なまんまる。
それを見た子ども達が「えー!」とか、「みせてみせて!」とか、「どうして?」とか、「ねえじゃんけんしよ」とか、騒ぎだす。
よくわからないけれど、みんなたのしそう。
「まあまあ、聞いてくれ。このクッキーには、俺の強化魔法が掛かっている。だからハンマーで叩いても……砕けない」
サントが机の上に袋とクッキーを置いたように見えたと思ったら、ハンマーをふり下ろした。
ダンッ!
ビクッと小さく跳ねた子ども達が、その大きな目をまんまるに見開いて、サントがハンマーをふり下ろした辺りを見ている。
「魔力を扱えるようになれば、魔法が扱える。そうすれば、クッキーだけじゃなく、自分の大切なもの、大切な誰かも護れる」
サントの言葉をアンやジル、ほかのふたりもボーっと見ているようだったけれど、今日いる子ども達の中で一番背の高いストライアの黄色い瞳には、力が籠っていた。
「俺達はお前達が誰かを護れるようになるまで護る。何があっても。だから、お前達が誰かを護れるようになったら、護りたい大切なものの中に、今のお前達のような子ども達を入れてくれ。……いいか?」
ストライアが大きな声で「はい!」と答えると、ほかの子達も「はい」と続いた。
サントは小さくゆっくりうなずいた。
「ただいま戻りました」
「飴買って来たぞ! 飴が欲しい奴は並べ!」
僕のうしろを通って部屋へと入っていくふたり。
ひとりはテレッサ。
もうひとりは……掲示板について教えてくれた男のヒト?
「わーい」と子ども達が一斉に立ち上がって、新しく来た男のヒトの前に列を作る。
「ナディムおいあんあいあおー」
「礼はいい。飴呑み込んだら危なねぇから、舐めながら喋るな。あとおじさんはやめろ」
「んふふー」
「聞いちゃいねぇ!」
「諦めた方がいいぞナディム。子ども達に“おじさん”と言われたら、その日から俺達はおじさんだ。受け入れた方が楽だぞ」
ナディムと呼ばれた男のヒトが、頭を抱える。
その姿を見て、アンが笑っていた。
ナディムっていうんだね。
掲示板のことを教えてくれたお礼を改めて言いたいし、自己紹介もしたいな。
『こんにちはー!』
僕が部屋へと入っていくと、みんなが一斉に僕を見る。
アンが「~~~!」と声を上げた。
まだ口の中に飴が残っているみたい。
跳びかかって来ようとしていたアンを、テレッサが止めてくれていて、ホッとした。
来るならせめて、飴を食べ終わってから、だよ!
ナディムとサントに自己紹介をして、ナディムには掲示板のお礼を言った。
「んなもん一々要らねーよ」って口を尖らせて言っていたけれど、「……まあ、もらえるもんはもらっとく」って顔を背けながら言ってくれた。
照れ屋さんみたい。
サントとは、イグアナさん……って僕がかってに言っているけれど、朝の緑色の翼の付いたトカゲさんのことを教えてもらった。
翼を持ったトカゲさんは、四足の竜と前足が翼になっている翼竜がいて、朝のイグアナさんは、緑頭翼竜っていうんだって。
イグアナの“イ”の字もなかったね。
緑頭翼竜は力持ち。
穏やかな気性……性格で、大人ふたりくらいなら、ヒトを乗せて飛べるんだって! すごいね!
テレッサが言うには、サントとナディムは、ちょくちょくお昼に来て、子ども達の相手をしてくれるみたい。
ほかの冒険者も、お昼に白の学舎に来ることがあるんだって。
それが白の学舎に住んでいた冒険者だったり、ほかの国や町の白の学舎で学んだ冒険者だったり、中には特に関係ないって冒険者もいて、いろいろらしいけれど、子ども達を大切に思っているのは一緒だってテレッサは言っていた。
それって、素敵なことだよね。
あ、『テオとメラニーも白の学舎に来る?』って聞いてみたら、ふたりはここに暮らしているんだって! びっくり!
おまけにアレクトやウィストール、ヘデラ、ストライア、アシュリカのごにんも暮らしているんだって! またびっくり!
ちなみにストライア以外のよにんは、今日は町の中でクエスト中。
お手紙を配っているんだって! えらいね!
そんなお話をしている内に、ナディムとサントが帰る時間になっちゃった。
子ども達みんなが外に出て、ナディムとサントが見えなくなるまで手をふっ……アンは僕の首を腕で絞めていたけれど、ほかのみんなは手をふっていた。
みんながふたりを好きなのがよくわかって、胸があたたかくなった。
また建物の中にもどって、アンに椅子にのせてもらって、近くの子と今日はなにを教えてもらえるんだろう! ってお話を――
ドタドタと音がしたと思ったら、お肉屋さんのヨアンが額に汗を流して入ってきた。
「テレッサ! 嬢ちゃんが! メラニーの嬢ちゃんが槍黐兎の罠に掛かって、槍を受けちまったってよー!」
時が停まったかのように静まり返った。
読んでいただきありがとうございます。




