六十八話:笑顔に影
メダカが卵を産みました。
取り出そうと運んでいる間に他のメダカが食べました。
夜。
今日もメラニーは、お屋敷の広場で魔法の練習をしている。
僕がカンタラに来てからずっとだから、日課ってやつなのかも。
テオに内緒でずっと続けているなんて、メラニーはすごいね!
詠唱を唱えながら、あくびをするメラニー。
ヒトは眠くなったりして、呼吸がすくなくなると、あくびをするって聞いたことがある。
眠い時は、むずかしいことぜーんぶほっぽり出して、眠った方がいいのにね。
両手で持った杖にいつものように魔力を纏わせ、詠唱を唱え、魔法を使おうとするメラニー。
でも、昨日と同じでなにも起こらない。
耳に入ってくる詠唱は、言い換えを試しているのか、一回ごとにどこか違う言葉が入っている。
月明かりの中で揺れる空色の瞳が、焦りを帯びていた。
すこし考えてみる。
メラニーは、風で作った壁の形を思った通りに変えたいんだよね。
だから僕にそのやり方を聞いたし、僕も教えようとした。
そして、メラニーの壁が形を変えられないのは、詠唱によるものだってなって、メラニーは詠唱を変えて、一昨日の夜は出来た……でいいのかな?
でも、昨日は出来なくなって、今日も出来ない……うーん。
じゃあ、違うやり方を試してみたらいいんじゃないかな。
でも、違うやり方って、なにがあるんだろう。
メラニーだって、詠唱を変えてみたりしている。
それとは違うやり方……うーん。
なにかないか考えていると、メラニーの持つ杖を覆っていた魔力が、メラニーへともどっていった。
そして、メラニーが僕の方へとふり返る。
「今日はこのくらいにしておく。おやすみワカバ」
『うん! しっかり休んでね!』
メラニーは大きくうなずいて、門から出ていく。
それを見送ると、いつもの木の下で僕は眠りにつく。
眠りに落ちる前にまぶたの裏に浮かんだのは、去り際のメラニー笑顔。
その笑顔に影が差していた。
□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
なんだか騒がしくて、目を覚ます。
目に入ってきたのは、蝶。
白に黒い線と斑点の羽。
すこし前に、森で見たものと同じ蝶が、僕の鼻先に止まっている。
僕におしりを向けた蝶は、足を順番に動かして、その場で回る。
すこしくすぐったいけれど、我慢して、その姿を見守る。
蝶は僕の方へ頭を向ける前に、ふわりと飛んだ。
「ぐわぁあああ!」
男のヒトが飛んできて、ズザザと僕にぶつかる前に止まる。
小さな土煙が上がり、すぐに消えた。
「サントが吹っ飛んだ!」
「あいつは翼竜が本体だからな! 気にすんな!」
張り上げた声が次々と聞こえてくる。
見れば、広場のまんなかに笠を被った茶色の短い髪をした活発そうな男のヒトが立っていて、そのヒトをほかのヒト達が囲んで、次々と得物で攻撃している。
あの笠、なんだか見覚えがあるかも。
魔法なのか、ヒトの頭よりすこし大きいくらいの炎も飛んでいる。
けれど、そのまんなかに立っているヒトは、なんてこともないように、どちらかの足を一歩出して、その全てを捌いている。
表情もなんだかたのしそうで、ほかのヒト達の方が疲れたような顔をしていた。
もしかして、訓練……? あ!
蝶々!
鼻先から飛び立った蝶を探すけれど、見つからない。
またお話出来なかったぁ……。
朝からなんだかしょんぼり。
「一撃。なにがなんでも一撃入れる……!」
サントと呼ばれていた男のヒトが起き上がり、広場のまんなかへと走っていく。
そして、弾かれた様に飛んでいった。
「またサントが吹っ飛んだ!」
「相方を呼べサント! お前のやり方は一人で戦うことじゃないだろ!」
あ、スコット!
スコットがサントを庇う様に前に出ると、ほかのヒト達も続いていく。
そのうしろで、サントが取り出した小さななにかが、キラリと銀に光った。
「俺達が抑えている内に呼べ!」
「いや止めないぞ? 呼ぶなら最初から呼んどけ」
ピィー! と笛のような音が鳴る。
結構大きな音でびっくりしたけれど、僕以外のヒトは、慣れているのかぴくりともしない。
スコットが、近づいて来た笠を被った男のヒトへ剣をふり下ろす。
それを笠を被った男のヒトは、右足を左へずらし、左足を大きく前へ出すことで、スコットにより近付きながら半身になり、ふり下ろされた剣の腹に手を添えて軌道を固定し、躱す。
そして、体勢の崩れたスコットの頭のうしろを左手で軽く押して、下を向かせ、右足を前へ出すことで、スコットの右足をすれ違いざまに払った。
手に持つ剣が地面に刺さり、そこからゴロンとスコットが転がる。
スコットの足を払った勢いそのままに、前へと大きく踏み込んだ笠を被った男のヒトは、スコットに続いたほかのヒト達も、次々と転がしたり、蹴り飛ばしていく。
ブオン、ブオンと羽音が聞こえてくる。
ピョン! と笠を被った男のヒトが大きくジャンプしたかと思えば、「グギャッ」ってなにかの声がして、緑色の大きななにかの頭を脇に抱えて下りてきた。
光沢のある深い緑の鱗に、ヒトより二回りほど大きな身体。
しっかりとした大きな蝙蝠の様な翼。
鋭い爪が生えた丈夫そうな二つの足。
頭を抱えられて苦しそうだけれど、その縦に長い目はしっかりと相手を睨み付けている。
うーん。
翼が生えた蜥蜴さん?
でも、足は二つ。
そういえば、イグアナって名前の蜥蜴さんに顔が似ている気がする。
でもイグアナさんってウミイグアナさんとリクイグアナさんがいるって、 が自慢気に言っていた気もする。
じゃあ、あのイグアナさんはどっちだろう?
あの翼は、実はヒレとしても使えて……ウミイグアナさん?
あ、足が速そうだしリクイグアナさんかも。
でも飛んでいたみたいだし……もしかしてソライグアナさん?
あれ? ……ソライグアナさんってなに?
うーん……まあいっか!
イグアナさんを助けようとしたサントが、また広場の隅に飛んでいき、笠を被った男のヒトに拳骨を落とされたイグアナさんが地面にのびる。
「……あ~、朝はこんくらいにするか」
頭を掻きながら、引き攣った笑いを浮かた笠を被った男のヒトがそう言って、訓練が終わった。
「きっつ……」
「腰痛っ……」
のろりと起き上がったヒト達が、ふらふらとお屋敷へと歩いていく。
その中でひとりだけしっかりと立ち、手に持った徳利をかたむけているヒト。
ひとり対たくさんだったのに、まだまだ元気。
すごい。
すこし気になったことがあったから、徳利から出るお水かなにかを、小さなお皿――盃に入れて飲んでいるヒトへと近づく。
『こんにちは!』
「ん? ああ! こんにちは。起こしちゃたか? 悪いな」
僕に気がつくと、徳利を腰に紐でぶら下げ、盃を腰についた袋にもどし、しゃがんで目線を合わせてくれた。
『ううん。大丈夫! それより――もしかして、ユズノスケ?』
ヨミちゃんが狸さんのおきものに呼んでいた名前を言ってみる。
すると、ヒトの良さそうな笑顔の口角がグワッと上がった。
「おう! そうだ! 俺はユズノスケってんだ! よくわかったなぁ! やっぱり鼻がいいとわかるんだなぁ!」
よかった! あっていたみたい!
せっかくだからと僕も自己紹介をすると、ぐわんぐわんと頭をなでられた。
クラクラしながら、もう一つ聞きたかったことを聞いてみる。
『今日から訓練?』
カンタラに来てから、ずっとここ、ギルドお屋敷の広場で寝起きしていて、訓練をしているヒトを見たことはある。
けれど、それはひとりだったり、よにんでだったりと、今日みたいにたくさんでやることはなかった。
だから、今日の訓練はとってもびっくりした。
日付けでこの日にやる! って感じになっていたのかな?
でも、お屋敷の掲示板には、それっぽいお知らせの紙はなかった気がする。
うーん。僕が見ていないだけかな?
「そうだ。抜き打ちってやつだな」
『抜き打ち?』
「そう。抜き打ち」
そう言って、ユズノスケはまた僕の頭をぐわんぐわんなでた。
頭を掴んで、無理矢理動かしてくるから、このなで方は苦手だなー。
「去年は天帝がこの辺りにいたんだが、今年は別のとこに移動したんだ。だから、去年で鈍っちまったやつらに鞭打って、抜けた腑詰め込むんだと」
『へー!』
麩を詰め込む……?
「お、そうだ。そうだった」とユズノスケは、胸の高さでお皿の様に手の平を上にした左手を、軽く握った右手で上からポンと打つ。
「なにか困ったことがあったら、俺かキョンに言ってくれ。暦みたいにどんな時でもとは言わないが、ある程度は助けてやれる」
暦…………あ! ヨミちゃんのことだね。
でも、
『キョン?』
「あ、そうか。あいつとはまだ会っていないか……。あれだよあれ。見たことあるだろ? えーっと、こう、顔色悪くて、札付けたやつ」
ぜんぜんわからない!
僕が首をかしげると、「ま、まあ大丈夫だ」とユズノスケが頭を縦にふる。
大丈夫なら、大丈夫だね……?
まあ、なにはともあれ!
『よろしくねユズノスケ!』
「おう! 暦がいない間、しっかり手助けしてやんよ!」
え?
『ヨミちゃんがいない!?』
「……え。あいつ、別れも言わずに行ったのか?」
ヨミちゃんがいない事実に震えながらうなずくと、ユズノスケは「……はあ」と溜め息を吐いた。
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