…見つけた
黄色味のある乾いた土。
転がる小さな石や点在する色褪せた植物を容赦無く焼く太陽。
その荒廃した大地に人間の子供だろうか、百五十センチ前半であろう背に、漆黒のローブを身に纏い、フードを深々と被った者の姿。
弱肉強食を常とするこの荒野では余りにも不釣り合いなか弱いはずの存在。
フードの濃い影の中に琥珀色の瞳が二つ、花が開く様に現れる。
フードの上部が僅かに膨らみ、フードから零れた二房の髪が、乾いた日の光に照らされて、片方は白、もう片方は黒に輝く。
「……見つけた」
変声期を経ていない子供の声にしては、あどけなさの中に異様な程の芯を持った呟き声。
その呟きは誰かに聞かせるためのものではなかったのだろう。
喰い喰われしか無いこの大地で、何かを見付け、心動かされ、思わず口から零れたものだったのだろう。
とても小さな呟き声。
しかし此処には一人、聞く者がいた。
「無視するなんて酷いですねぇ! 私泣いちゃいますよ? 無視されて泣く程私、泣き虫なもので―――」
元からそこにあったのかと錯覚する程に唐突に、しかし明らかに異常と思える程大量に、金属で作られた三日月型の巨大な刃が、子供を切り裂かんと空中から、重力を無視して横から、何の前触れも無く地面から、逃げる隙間を埋める様ににゅるりと現れ、まるで振り子の様な動きで迫る。
突如現れた刃にも太陽の光は平等に降り、大地に影を作って、まるで刃が倍になった様に見える。
上空から俯瞰して見れば、さながら獲物に喰らい付こうとする怪物の牙であり、大顎だ。
中心に立つ子供は逃げる素振りなど見せず、大顎が中心へと力を込めて急速に、
閉じていく。
子供が右の足先で地面をトンッと軽く叩くと、刃の陰影が一斉に大きく棘状に迫り上がり、自らを存在させていた物達を破壊し消えていった。
破壊された刃が次々と落ち、地面を揺らす。
「いやぁ! 今のも凌ぎますか! 上手く決まったと思ったんですがねえ! 必中の刃をも砕く陰魔法……いえ、影を操る能力でしょうか? 全くこれだから管理者は油断ならないんですよ!」
リボンの代わりに金色の四角い金具が付いたベルトが巻かれた黒いシルクハットを被り、左右で金色と白に分かれたジャケットに白いスラックスの男は、呆れたように両腕を上げて、顔を左右に振った。
シルクハットの下から覗く枯れ色の短い髪が僅かに揺れる。
おどけた態度を取っている男だが、笑顔を模った白い仮面に唯一開いた二つの目から覗く金色の瞳は、しっかりと少女を見据え、顔を振る際も一度も目を外していない。
「いやぁ楽しいですねぇ。本当に楽しい、のですがぁ~私の役目は貴方と戦う事ではありまぁせんっ! どうかここは見逃して戴けませんか? この木の板を差し上げますので―――」
男は何処から取り出したのか、手の平サイズの板を手裏剣の様に片手で投げ、大きく息を吸う。
トンッと音がして、木の板によって生じた陰影が迫り上がり、自らを存在させていた物を貫いた――と同時に起こる爆発。
爆音と共に生じた土煙の中で、金属がぶつかり合うような激しい音が響く。
音が止み出し、次第に聞こえてくる男の声。
「痛い! 痛いです! 板と一緒に私の素敵な胸板まで貫こうとしていたなんて! 木の板では満足して戴けないようで! 貴方の良心を信じていた心が痛いので今日はお暇を戴きます! ―――――――――――」
「……逃がさない」
子供の陰影が網目状に迫り上がり、広がり、土煙を横薙ぎに浚う。
土煙が治まると、男の姿は無く、その代わりに地面に転がる刃の量が木の板が爆発する前よりも多くなっていた。
「……逃げ足の速い奴。でも、次は無い」
安堵や失望の様子もなく。
子供はトントンと足で地面を叩く。
荒野に散らばった三日月型の刃だったものが、ズズズと地面――いや、影の中に沈んでいく。
ほぼ同時に全ての残骸が影へと消えると、影は地面を滑り、子供の足下の影と一つになった。
先程までの騒々しさも過ぎ去り、荒野に静寂が帰って来る。
ぐぐぅぅぅぅ。
音が鳴る。
子供はローブの袖が長く出切っていない片手で、お腹の辺りを擦った。
「……お腹すいた」
そう呟いた子供が不意に空を見上げる。
見上げられた空が僅かに蠢いた。
ゴオゴオとジェット機のエンジンのような音が遠くから聞こえてくる。
その音に気付いた子供は、地面を一度トンと叩くと、自らの影の中に沈んでいく。
そして、数分も経たない内に影の中に消え、影もまた消えた。
後に残ったのは、乾いた地面に染み込んでいく少量の男の血液だけだった。
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