6月20日 11:15 遊馬慧
授業中に愛華花夜からの電話を受けた遊馬慧は動揺していた。
〇6月20日11:15 遊馬 慧
電話の向こうにいる花夜の声はひどく怯えていた。
「外の用具倉庫…?」
「分かった!すぐいく、まってろ!」
何が起きているか分からない。状況をもっと詳しく聞きたいが、ここまで動揺している花夜に質問をするよりは直接行った方がはやい。
俺は自分の判断を信じて花夜のもとへ向かうことに決めた。
「明、一緒に来てくれ!なんか様子がおかしい」
明も状況をつかめていないようだ。当然の反応だな。助けを求められた俺でさえ分かっていないのだから。
「先生はいないのか?体育だから近藤先生がいるだろ?」
明は俺に質問してきた。しかしその場に行くことが俺と明の疑問を解消してくれるだろう。ならば一刻もはやく向かうべきだ。
「分からない、とにかく行くぞ!」
「おいっ、慧!」
俺は話の途中で席を立ち教室を出た。後ろから明も付いて来る。やっぱり頼もしい奴だ。
俺たちがいたのは校舎2階の教室。グラウンドに行くには階段で下の階に降り裏口から出るのが早いだろう。普段は外靴に履き替えるため玄関を経由するが、今はそんな悠長なことを言っている場合じゃない気がする。
「慧!花夜と唯は大丈夫なのか!?」
廊下を走りながら明が不安そうに言う。
「わるい、まじで分からないんだ」
つい謝ってしまった。
きっと行ったら行ったでなにごともなく終わる。近藤先生には何しに来たと言われ教室に戻される。そう願う。
俺と明は無言になりながら階段を降りる。すぐに裏口までたどり着くと急いで外に出た。
なんだ、いつも通りじゃないか。俺はグラウンドの方を向いている近藤先生の姿を見て安堵した。もう解決したのだと。明も俺のうしろから様子を見ている。
「先生、なんかあったんすか?」
だいぶ大きな声を出したはずだが反応がない。
「せんせい?」
俺は近藤先生に近づこうとしたが、明に腕を捕まれた。
「まて、なんか様子がおかしい」
明の顔を見る。しかし明は俺の顔を見ずに先生の姿を凝視している。俺はもう一度先生の姿を確認した。
そこで初めて異変に気付いた。先生の手から血が滴り落ちていたのだ。心臓が大きく鼓動するのを感じた。
先生の首が一瞬動いた。ゆっくりと顎をあげ振り返る。頬の肉が引き千切られ顔中血だらけの先生。血に染まっているのは顔だけではない。腕や肩など体中にいくつも負傷を負っておりとても動ける状態ではなかったのだ。しかし、現に立ったままこちらを振り向いている。
先生の足が動く。口を小さく動かしながら酔っ払いのような足取りで近づいてくる。これはおかしい。
「先生、止まってください」
明が声を出す。だが先生はおかまいなしにこちらに迫ってくる。
「それ以上近づくと手を出しますよ」
明の声色が変わった。まるで自分の覚悟を決めるように。それでも先生は歩く。
「慧、行くぞ」
やるしかないのかよ。
明は先生の顎に拳を打ち込んだ。普通の人間ならば立っていられないほど見事にヒットした。
「おま、やりすぎだろ」
俺は予想以上に本気で殴った明の行動に驚いた。しかし先生は少しよろけただけでまたもこちらを見つめている。痛みを感じる素振りもない。
「まじかよ」
これは本格的にやばい。どうなっちまってるんだ。そもそも俺らは不審者から花夜たちを助けるために来たんだ。なんで先生の相手をしている!
「明!はやく用具倉庫に行かなきゃやばそうだろっ!」
「わかってる!」
そう言うと明は先生の膝を強く蹴った。関節が曲がらないはずの方へと曲がった。先生はとうとう倒れてくれた。
「慧!今のうちに行くぞっ!」
「ああ!」
俺たちは先生が再度立ち上がる前にそこを抜けた。
角を曲がり、遠くに用具倉庫が見えた。しかしその周りには見知らぬ人が数人壁や扉を叩いている。
「なんだあれ…」
俺は無意識に言葉を発していた。まさかあいつらも近藤先生のように狂っているのか?これじゃまるで…。
「これを使おう」
そう言うと明は近くに落ちていた三角コーンバーを拾った。あの三角コーンと三角コーンにかける棒だ。俺はバーを受け取ると明とともに用具倉庫へ走り出した。
近づくとはっきりと様子が見える。扉の近くに2人。側面に3人。
「俺は左をどかす。明は右を頼む!」
「分かった」
一方的な作戦だが明は従ってくれた。
「花夜たち出したらすぐ逃げるぞ!」
扉の前にいるやつにそのままバーで強力な一撃を与えた。不審者はよろめき後ろへ数歩下がる。
「慧!倉庫の中を!俺はここでこいつらをとどめる!」
俺は返事もせず明に扉の外を任せて中に入ろうとする。
「花夜!開けてくれ!来たぞ!」
そう叫ぶと花夜が扉を開けた。
「慧くん!」
「逃げるぞ!いそげ!」
俺は花夜に逃げるよう叫んだ。しかし不審者はすでにそこまで来ている。
「慧!無理だっ、多すぎる。なかに入れ!」
気付くと倉庫から少し遠くにいたやつらまで来ている。
明と俺が中に入ると花夜がカギを閉めなおした。俺たちまで閉じ込められちまった。ミイラ取りがミイラになるってこういうことかよ。
「唯、大丈夫か?」
明は奥でうずくまっていた唯の姿を見て心配そうに言った。
「うん、扉のかどで切っちゃった」
唯の手にはハンカチが巻いてあった。おそらく自分で巻いたのだろう。
そのとき校内放送が流れた。
――校内に不審者が侵入しました。生徒の皆さんは慌てず先生の指示に従っ…ブツッ
放送は途中で止まった。