6月20日 11:00 宮近明
教室に入った宮近明と遊馬慧はいつも通りの学校生活を送っていた。
そして事の発端は三時間目…
〇6月20日11:00 宮近 明
授業はだるい。昔からこんな勉強が何の役に立つのか疑問だった。中学の頃数学の先生に聞いたことがある。必要な分野もあるが、連立方程式や古文は将来使うとは思えない。どうして学ぶのか、と。
先生はこう返してきた。
たしかにこの国では小学校で学ぶ知識があれば買い物とかで困ることはないだろうね。でもそれだけではあるものが足りない。それは考える力、想像力だね。明は連立方程式を解くとき正解に当てはまる数字を探しているはずだ。そのとき頭の中で様々な数字の組み合わせを考える。これが思考力や想像力、判断力なんかにもつながる。この程度の問題が解けない人は社会では能力が低いと見られてしまうこともある。多少先生の偏見も入ってるけどね。
先生はニコニコしながら俺の頭をぽんぽんとたたいた。もちろん暴力ではなくスキンシップのたたく、だ。教師が偏見を言っていいのか、と思うかもしれない。しかしそのとき俺は納得していた。いまも納得している。学校で習う問題には答えがある。そしてその答えを導くための方法まで教えてくれる。社会に出たらきっとそうはいかないだろう。問題が発生し、それを解決するために試行錯誤する。もしかしたら完璧な答えはないかもしれない。だからこそ学校での問題が解けない、または解こうとしない人間に社会へ飛び出す資格はないのだ。
偉そうに言い切ってみたが自分のことを棚にあげていることは重々承知だ。
「わからん」
目の前にあるプリントを見つめ呟いた。
今は三時間目。数学の時間だが先生は体調が悪く休んだと聞いた。それで急遽自習となりプリントをやっているというわけだ。真面目な先生で、休んでしまったときのために予めプリントを用意していたらしい。代わりに来た先生もプリントを配ると職員室に戻っていった。学級長にプリントを集めて持ってくるよう言っていたのでまた来ることもないだろう。
プリントはと言うと、最初はよかった。順調だった。しかし発展問題に入ったとたんわけが分からなくなってしまった。すると隣からもまるで俺の心の中を音読したかのような慧の声が聞こえた。
「なんだこれ、わっけわかんねー」
どうやら慧もわからないようだ。横目で慧のプリントを見ると俺と同じ問題で苦戦している。
「あーいいや、ちょっと休憩」
そういうと慧は携帯をいじり始めた。もちろん携帯の使用は禁止されている。ばれると没収されてしまうと言うのに。たとえ授業中でなくとも携帯の電源がついているだけで没収の対象だ。とは言っても一人ひとり携帯を確認されるわけではないので使っていなければまずばれることはない。俺も電源だけはついている。それなのに慧は堂々と携帯を使っている。自習で先生がいないのをいいことに好き放題だな。
「おい、さすがにまずいだろ。先生が教室の前通っただけでも危ういぞ」
優しい俺は慧に忠告してあげた。今までも携帯を没収されたやつを見てきたが、そう簡単には返してもらえない。俺は没収されたことがないが、一つだけ言えることはとりあえず親が呼ばれることだ。とにかくめんどくさい。
「大丈夫だろ。この時間ろくに先生歩いてないから」
なんでそんなことがわかる。
まぁいいや。俺の携帯じゃないし。
めんどくさくなった俺は気にしないことにした。それにしてもこの問題難しくないか?
慧が携帯をいじりだして10分程が経った。俺はこの難解とも言える問題に光明を見出していた。
これはいけるぞ。さすが先生。頑張って考えれば何とか分かる絶妙な問題だ。
心の中で喜びながらプリントに0.5ミリの芯のシャープペンを走らせる。ふと慧を見るとまだ携帯を使っていた。このプリントは最後提出するのに大丈夫なのかよ。
「慧、おい慧。提出できんのか?このプリント提出だぞ」
普段はめんどくさがり屋の俺だが、難しい問題を解くうちにだいぶやる気を出していた。珍しいもんだ。
「いやさ、気になるニュース見つけてよ」
「ニュース?」
慧の予想外の返答につい疑問を投げてしまった。真面目に問題を解いていたと言うのに。
俺は急いで問題に終止符を打った。
「やっと解けた…で、どんなニュース?」
難解な問題をようやく解き終え、数問残したプリントから慧の携帯に目を移す。
アイドルグループ「ハルず」のみきちゃん、熱愛発覚?!
「なにこれ」
正直な感想だった。我ながらとても冷めた声だったと思う。
「なにこれって、お前反応薄くない!?」
いや、知らんし。このアイドルグループ知らんし。みきちゃん知らんし。急いで問題解いて損した。
「この子お気に入りだったのになぁ、ほれ」
慧は俺に噂のアイドルの写真を見せてきた。まるで興味はなかったが一応写真に目をやる。
「あぁー、結構かわいいね」
適当に感想を言った。正直そこまででもなかった。こんな奴に花夜はもったいないな。そこで携帯の下のほうにあった記事の見出しが気になった。
錯乱者、人を噛み殺す?
「なにそのニュー…」
俺がその記事に興味を持つと同時に携帯のバイブレーションが鳴った。画面には花夜と出ている。どうやら着信のようだ。
「なんだ?」
慧はバイブレーションで気づき、画面を自分のもとに戻した。そういえば花夜は遅刻ギリギリで学校に間に合ったらしい。慧がさっき言っていた。
そんなことよりもさっきの記事が気になっていた。人を噛み殺すって、まるで映画だ。ずいぶん前に見た映画を思い出す。いわゆるゾンビが人間を走り追いかけ、最後には人を貪り食う。でもそんなこと現実で起きるはずがない。いや、起きてほしくない。
「なぁ慧、さっき変な記事が…」
話しかけて驚いた。いくら先生がいないとは言え授業時間に花夜からの着信にちゃっかり出ていた。クラスのみんながこっちをちらちら見ている。
「なに?よく聞こえないよ?どした?」
花夜と話す慧に電話をやめるよう言おうとしたが声を止めた。少し妙だ。いくらこいつの彼女とはいえなぜ花夜まで携帯使ってんだ?
花夜はたしか4組だったよな。えーっとこの時間は…そうだ、体育だ。この教室からだとグラウンドは見えない。
そこで慧を見る。
「外の用具倉庫…?」
それはひどく動揺した声だった。