プロローグ
ふと気付いた。
今、記憶から何かが無くなった。
今、僕の記憶が消えていった。
今消えた僕の記憶。
まるで、綿飴が口の中で溶けていくように、ゆっくりと素早く、綺麗にその形を消していった。
そして僕は微かに残った感情に何かを委ね託される。
「……お願い……だか……ら、……記憶を……留め……て……」
それがどこから来た感情だったのか、もうわからない。不思議なことだったな、と気にも留めない出来事として片付けている。
そういえば、今日は6月17日か。
何度目なのか思い出せないほど、繰り返したと思う。もしかしたら数百回も繰り返しているのかもしれない。
それほどの失敗を重ねてまで、やり遂げなければならないことがある。
名前も顔も知らない彼女を迎えに行かなければいけない。この世界のどこかに必ずいる彼女を、次こそ迎えに行かなければいけない。
そして、二人で……元の世界に帰るんだ。
数百回生を重ね、数百回死を重ねた。
何度も記憶を留めれずに失敗した。
生き返るごとに記憶はリセットされ、僕の中の彼女の記憶は全て消去される。どれほど足掻いても、生きている間では彼女の記憶は無くなってしまう。もう何度も体験したことだ。
そして、死ぬごとに記憶は思い出される。
生きている間に探さなければならなかった彼女のことを、死んで思い出す。
答えを聞かされたようで絶望と悲しみでいっぱいになる。また、繰り返さなければいけない。もう一度頑張らなくちゃいけない。
この記憶を
留めれば
次こそは必ず成功する。
何百回目かの今、またその賭けに出る。
次こそは……必ず……彼女を……迎えに行くんだ。
再び僕は歩き出し、必死の思いで次の人生に記憶を焼き付けようとする。
だが、また記憶は留めれずに、無意味な人生に辿り着いてしまう。
2002年6月17日、また世界に戻ってきた。
……また繰り返してしまった。