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腐りゆく男  作者: 海土竜
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夜の街で見る夢

自分の迷いを振り払うかのように

華やかなネオンの灯りに飾られた夜の街に癒しを求め。

さながら虚飾の宴とでも言えばいいのだろうか、

派手なドレスに身を包んだ色とりどりの指先が

次々に運んでくる酒を浴びるように飲み干しながら、

大声で笑い、彼女たちの美しさを褒め、

夜の闇を照らす明かりを踏み外さぬように踊る。

熟れすぎた甘い果実のにおいに酔い、

女性たちの甘い言葉に酔い、

喉を焼くような強い酒に酔い、

夜の街で踊る自分の姿に酔う。

オペラの様に壮大に誇張されたセリフを高らかに歌い上げ、

色鮮やかな夜の街の住人を演じ、

夜の闇を黒く塗りつぶす光の中で軽やかに踊る。

決して、その飛び石のような灯りを踏み外さぬように

暗がりに寝そべる人たちに気づくこともなく、

いや、私は知っていた。

自分の役割を演じきれなくなった者たちの末路が

光に当たる場所へ出れなくなった者たちが闇の中で蠢いていることを。

光に照らされそうになる度にギュイギュイと汚らしい非難の鳴き声を上げて

逃げ惑う者たちがそこにいることを。

私は決して踏み外すことなく、

華やかな仮面をかぶり闇の上で踊り続ける。

そして、そのことが私を特別な存在にしていく感覚にとらわれ、

揺れ動く心を支え、私に確固たる自信を取り戻させる。

例え張り子の様に不確かな支えであったとしても。

私はどんな時も、どんな時でも、

前だけを見て進み続けている振り返ることもなく。


いつまでも終わらぬ夢を演じている夜の街を後にし

私は大股で駅に向かう。

酒に酔った高揚感から尊大な気分になり、

人の少ない薄暗いホームでも自分だけは輝いているかのように感じた。

少し遅れて到着した電車にも気を払うことなく悠然と乗り込む。

車内には数人が距離をとって座り、

うつらうつら居眠りをしている者もいたが、

あえて座席には座らず、車両の中ほどの吊革に体重を預け、

窓の外を流れる夜の街の灯りを眺める。

家々の小さな灯りが素早く流れ去るのを見ると何とも言えぬ満足感がこみ上げて、

遠くに見える派手なネオンがのろのろと動くさまは滑稽だった。

そうだ、それでいい、ただそういうことだけで生きて生きる。

座席に腰を下ろしゆっくりしようかと思った時

通過するホームの光景に目を見張る。

一瞬見間違いかとも思うも確実にそれはいた。

ホームに倒れている人々を貪り食うあの怪物がいた。

夢でも見ていたのかと軽く頭を振りながら、首筋を掻き始める。

何故、あのようなものがいるのだ、いや、いるはずがない、

それに通過した駅ははるか向こうだ。

何もあわてることはない。

額に浮かんだ汗を手で拭いため息をつくと

か細い電車のブレーキ音が聞こえゆっくりとホームに停車した。

空気を吐き出すような機械音と共に扉が一斉に開き、

人のいないホームから冷えた空気が流れ込んでくる。

ズシッという響くような足音に

巨漢の客でもいるのかとたいした興味もなく向けた視線は

扉の縁を鷲掴みにしている巨大な指に釘付けになる。

車外の闇からもう一つの手が伸び天井をつかむと巨体を引っ張り込むように

メキメキと車体の金属が悲鳴を上げ始め、

ゆっくりと眼の無い巨大な頭が扉から現れる。

咄嗟に身構えるも、身動き一つできなかった。

ただ汗が噴き出すばかりで身を守るすべなど何もない。

その怪物が窮屈そうに体を車内に入れ終わると、

空気を吐き出す機械音と共に扉が閉まり、

その音で止まっていた嗜好が動き始め、

扉から逃げ出すべきだったのではと気が付くがすでに遅い。

「PAGO,PAGO,BAGO,PAGO」と奇妙な音をリズミカルにたてながら

周囲のにおいをかぎ始めている怪物から目を離さないように

少しづつ後ろに下がりながら距離を取り始める。

眠っている乗客に興味を持ったのか、

仕切りに臭いをかぎはじめ、丸い胴体を震わし始めている。

その隙に気づかれぬよう、注意をひかぬよう、

摺り足でたどり着いた連結扉に飛び込み隣の車両に駆け込むことに成功した。

後ろ手で扉を閉めると不意に緊張が解け

今まで空気を吸うのを忘れていたというほど呼吸が荒くなる。

しばらく扉にもたれ、息を整えてると、

座席に座っている男が顔を上げ不審そうな、

いや、その目は魚の様に丸く瞳孔の開ききったような眼で

表情など読み取れはしなかったのだが、

顔を上げると自分も空気が吸いたいのか口をパクつかせていた。

私は落ち着いたふりをしながら、

できる限り速足でさらに次の車両へと歩き始める。

数人の乗客のいる車内を通り過ぎ連結扉を開けながら後ろを振り返ると、

あの怪物が巨体を器用に折りたたみつつ

隣りの車両から移ってこようとしており、

まだ体が扉からできってもいないのにさっきの男をつかみあげているところだった。

次の車両に入るなり、私は走り出した。

周囲の目も気にせず、ひたすらに走った。

一つ、二つと扉を抜け、ただ恐怖に突き動かされて走り続け、

そして先頭車両にたどり着いた。

しかし、扉を開け先頭車両に入った時そこにたちこめる臭いは

怪物と向き合う恐怖も忘れ、引き返そうと思うほどだった。

強烈な肉の腐敗臭が誰もいない車両に充満していた。

一人いるではないか。

私は嫌な予感を確かめるため、口と鼻をハンカチで覆いながら慎重に通路を進む。

もし予感が当たっていたならどうにかして電車を止めなければ。

進むほどに臭いは強烈になり、それ以上進むのをためらわせる。

その事が臭いの発生源は運転席からだと告げている。

ガラス越しに運転席を覗くと、

そこに立っていたのは頭部がほとんど崩れ落ち、

代わりにそこから噴き出るように緑色のぬらぬらした物体が

垂れ下がって肩や背中を汚している運転手の後ろ姿だった。

何とか中に入って電車をコントロールせねば、しかし運転室には内側から鍵がかかっている。

こういう時のために何か手段があったはずだ、

そうだ非常ブレーキがどこかにあったはず。

急いでそれを探そうと思うも私の視線は動くことはなかった。

頭の無い運転手の手袋をはめた手はしっかり運転席のレバーを操作し、

時折あらわれる信号機を指さしして確認し、

それは機械のように正確で滑らかな動きで電車を走らせていた。

これはなんだ・・・

運転手は彼の役割を完全にこなしている。

自分の頭が崩れ落ちてるにもかかわらず。

私が頭を抱え考え込もうとした時、ガラリと二両目に通じる扉が開いた。

咄嗟に怪物の事が脳裏に浮かび振り返るも、

そこから入ってきたのはスーツ姿の男が一人。

ネクタイはしめている物のYシャツの裾がだらしなくズボンから垂れさがっている。

いや、シャツの裾だけでなく、茶色く変色した内臓も同じように垂れ下がっていた。

その男はのろのろとこちらに進んできたかと思うと、

中ほどの座席にゆっくり腰を下ろし、

私には何の関心も示さず、カバンから取り出した本を読み始めた。

あまりにも奇妙なことの連続し目が回り、

電車が減速するのに合わせてよろめくようにドアに向かう。

ほどなくして停車した人気のない薄暗いホームに

そのままふらふらと歩き出し、硬いベンチに倒れるように座り込んだ。

何が起きているのか考えようにも

今までの不安、緊張、疲労が一気に噴き出し、

気持ちを静めようと目を閉じると強烈な睡魔に襲われ、

そのまま眠りについた・・・。



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