自壊2
一息入れるか。
コーヒーでも飲んで落ち着こうと
いくつかの書類を脇へ追いやりデスクを片付け始める。
書類に何かの汚れがついている、
液体をこぼした染みのような。
まだ整理していない書類の山からいくつか取ってみると
そこにも染みがついている、運んでくるときに汚したのか、
無気力にただ運ぶだけだとしても、
汚しても気が付かないとは注意力が散漫すぎる。
私は腹を立て勢いよく立ち上がろうとデスクに手をつくと
ビチャリと何かの液体が飛ぶ。
机の上にある私の手をよく見てみると
右手の甲の皮膚が変色し黄色い汁が垂れ出している。
一瞬にして背筋が凍りつき
慌ててハンカチで右手を抑え落ち着こうと、
いや、今のはなんだ。
どうしたら、あのような色の皮膚になるのだ。
もう一度確かめようと思うも
ハンカチの下でぬるっとした物の感触が
それを押しとどめた。
突然立ち上がって手を抑える私の様子に
近くのものが声をかけてきたが、
手を切ったと適当にごまかし、
救急用に置いてあったカーゼと包帯をありったけもって
給湯室の流し台に駆け込む
恐る恐るハンカチをどけると
汚らしい汁が流しにこぼれ落ち、嫌な臭いを発する。
皮膚の下の肉が黒く茶色くなり何らかの体液がそこから滲み出ている。
思わずこみ上げる吐き気を飲み込み
慌てて蛇口を勢いよく開けるとその水で洗い流そうとするも、一抹の不安がよぎる。
どこまで流れてしまうのかと。
水の勢いに皮膚がはがれ、肉が千切れ飛び
ドロドロとしたものが排水溝に流れ込みながら
やがて、そこに残るのは骨だけとした手なのかもしれない、
そうなった時、一体どうなるのか、
それでも耐え難い臭いこれだけは流さねば、
ゆっくりの流れに手を付けてみると
意外なことにやわらかそうに見える赤黒い肉は
ブルブルと震えるだけで千切れ飛ぶことはなく、
頑丈そうな筋がピクピクと動く。
いくぶん安心して、やがて大胆に水流に手を浸していると
いつの間にか後ろに立っていた
何処に視点を合わせているのか判らない男が
流しの中の私の手を不審そうにのぞき込んでいた。
なんと言っていいのか、しどろもどろになる私に
「火傷でもしたのですか?」と、
怪訝な表情を作りながらタオルを差し出している。
礼を言いながらタオルを受け取り
それで右手を覆うようにして拭きながら、
火傷に見えるのかこの傷跡が、
彼の無関心さに今は感謝しながら包帯を右手に巻き付け終えると
軽いめまいを感じながら自分のデスクに向かう。
書類の山はきれいにかたずけられ、すでに会議室に運ばれたようであった。
もうこんな時間か。
包帯を巻いて右手をチラリと見やるが
そのことを追い払うかのように頭を振り、
私のすべき事は何だ。
今、私のすべき事だ。
しかし、決意も新たに会議室に向かったものの、
大げさな身振りで話す男の発する布で包んだ金属を叩くような声は、
耳鳴りがするばかりで聞いていられるものではなかったし、
それを時々遮る男たちは話すたびに空気が漏れている様な音をたてていた。
ゆっくり時間が流れるとともに重く湿った空気が積み重なっていく。
その様な中、私の思考もひたすら空回りを続けていく。
何のための会議なんだろう。
ただここにいるだけが私の役割なのだろうか、
私はこんなことをするために、ただひたすら歩んできたのだろうか。
私の進んできた道には確固たるものがあった。
私の歩んできた道は確かに正しい道だった。
信じるに足る道だった、そう確信していた。
何を・・・
正しさとは何だ・・・
濁った水槽の様に音だけが反響する会議室で
深い深い水の底のさらに深みにはまるように。
気味の悪い鳥の鳴き声と共に
夕日が会議室に差し込み始め、
いつまでも続くかと思う会議に終わりを告げる。
窓から重苦しい空気が垂れ流され、
朱く染まったビルの間に降り注がれていく。
その間を行き交う人々はいつまでたっても浮かんでは来なかった。




