自壊1
診察を待つ時間ほど長く感じることはない
他に待っている患者は数人ではあるがずいぶん時間がかかる
いらだちが募る中やることもなく待ち続けると
患部の事だけが気にかかり、無性に首筋が痒みを覚える。
我慢すればするほど痒みは強くなり
どんどん範囲が広がってくるようだ
体中のあちこちが痒い、
それをこらえ平静を保とうと、
別の考えを巡らすがとりとめもなく思い出すことと言ったら、
異臭を放ち倒れ伏す男、魚が腐ったようなにおいの駅前ロータリー、
そして、あの奇妙な怪物の夢。
ただ人に嫌悪感を与えるためだけにそう形作られたような姿、
いったいどうしてあのような生き物が出てくるのか、
これまで生きて来た人生であのような化物を想像することなど
ありはしない、あのような不快感の塊など、
異様な姿、異臭、無関心な人々、とりとめもない思考が交差し、
今や不快感を通り越し怒りさえ覚える。
何処に向かうでもなく頭の中を駆け巡る思いを遮り、
機械的な声が私の名を呼んでいる。
やっと、順番が回ってきたようだ。
座り心地の悪そうな事務椅子に座った若い医師は
かけ心地が気になるのか何度も眼鏡を触りながら
厳重に巻き付けた包帯をめんどくさそうに取り始め、
耳の後ろの幹部を診察し始めた。
少し眉をひそめてから、また眼鏡の位置を動かしている。
何やらテーブルに置いてある瓶をどれでもいいような適当さで選び、
その一つから消毒液に使った脱脂綿を取り出しながら、
「少し消毒しておきますね。それにしても随分包帯を使いましたね。」
まるで虫に刺された後を治療するかのような気安さで
手早くかたずけてしまおうとしている。
ちょっと待ってくれ、そんなことで済むような傷ではなかったはずだ、
この傷はいったい何なのか、私の体に何が起こっているのか
詰め寄る私に少し身を引いて眉をしかめながら、
さっきまでの余裕はなくしきりに眼鏡の位置を動かし、
小声でボソボソと医学的な専門用語を並べ、しかたないという様子で
始めにまいていたのよりははるかに簡単に包帯を巻き
明日には治っていると告げた。
これはいったいどういうことなんだ。
大騒ぎなって然るべきと思っていた、ため、納得がいかない。
見た目ほどひどくはないのか、
それとも酔いが残っていて何か思い違いをしていたのか、
医者に食い下がってもよかったのだが、
考えがまとまらず、なんというべきか。
大事にならなくて良かったと安心するべきなのか。
オフィスに戻り書類の整理の続きをこなし始める頃には
今朝の出来事さえ夢であったのか自信がなくなり始めていた。
無感情に書類を運んでくる無気力そうな男も、
デスクで空を眺めている男も、
モニターを食い入るように見つめている男も、
窓から眺めるビルの下の通りを歩く人々も、
普段と何も変わらない、何の変化もない。
私だけがおかしくなってしまったのか?
私の何が変わったというのか。
何と比べて?
いつと比べて?
いつから彼は無感情に、無気力に書類を運んでいるのか、
通りの歩く人たちは何を考え何をしていたのか、
そんなことに関心を払ったことがあったのか?
彼らが何をしていようと、何を考えていようと、
私は振り返ることはなかった。
ただ、自分の進むべき道を前へと進んで来た。
周りがどれほど変わろうと、
私の進むべき道は変わらなかったはずだ。
周りがどれほど迷おうと、
私の進むべき道には確固たる確信があった。
私は・・・
私の歩んできた道はどこに向かっているんだ。
私の道は何処にあるんだ・・・。




