微熱
熱に浮かされた高揚感が次第に遠くに感じられ
段々と周りの声にこもったようなエコーがかかる
金魚鉢の中を覗き込むように
引き伸ばされ、湾曲していく。
あれほど普段の役割から解放され非日常を楽しみ、
自由を謳歌していたというのに、
解放感・・・いや、
ここでも自分の役割を演じていたに過ぎない。
何も変わらない昨日と明日の間でしかなく
ただその時の役割であったということだけだ。
私はいったい何のために、
そう、いったい何のために走り続けていたのだろう。
ただひたすら前を目指し、
少しでも先に進む者を追い越してまで、
後から来るものに追い抜かれまいと休むことなく
少しでも先へひたすら走り続ける。
進めば進むほど道は細く険しくなり、共に走る人々の姿も消えていく。
それでもこの先には何かがあるはずだと走り続けていた。
いや、目的地などはありはしなかったはずだ
その先にはその先がある、ただそれだけだ、
そんなことは始めからわかっていたはずだった、
終着点などありはしない。
どれほど険しくなったとしても誰もいなくなったとしても、
どれほどの満足感が得れたとしても
決してそこが目的地になるわけではない
いつまでも続く通過点の一つとなるだけだった。
もし、立ち止まっていたらどうなっていたのだろうか、
いや、そんなことはできるはずもない。
ただひたすらに走る続けねば、そうだ、
ただ生きるために走り続けていた。
それも私の役割だったのだろうか。
ただ生きるために役割を演じてきたのだろうか。
どこまでも、走る続ける
いつまでも、ただ生きるために
死ぬまでその役割を演じていくのだろうか。
死ぬまでただ生きるために。
色鮮やかな金魚鉢が段々と濁るように
明かりの消え始めた夜の街を重い足取りで向かう駅は
ぽっかりと穴の開いた排水口の様に暗く
力尽きた人々は順にそこに吸い込まれ流されていく。
駅に近づくにつれ流されることさえできずに
その場に倒れ伏している人々が目につき始める。
水底に積み重なる魚の様にそのまま腐っていくのだろうか
私は振り返らずただ前だけを見て歩く。
そう、ここでも、だた前に進むだけだ。
乗客の少ない電車に乗ってもやはり落ち着かない。
いつもなら座席から伝わる心地よい振動が
すぐさま睡魔を連れてやってくるというのに。
眠ればまたあの夢の様にどこかへ行くことになるのだろうか。
今にも隣の車両から扉を開けてあの化物がやってくるような
そんな恐怖が・・・
いや、期待しているのか?
今まで生きてきた私の理解の範疇を超える何かを望みながら
これからも、ただ緩慢と前に前にと走り続けていくのだろう。
電車は思いのほか早く駅に着き
珍しく乗り過ごすことなく自宅への帰路につけた。
ああ、やっと帰れる。
今日はゆっくり休もう。