ざわめく街
落ち着かない。
通勤途中の電車の中だけが
唯一気の休まる空間だったというのに。
最近の奇妙な出来事の性だろうか、
いや、体が触れ合うほど近くにいるのに
隣りの人物について知っていることなど何もない。
全くの未知なる存在がこんなにも近くにいるのだ。
今まで落ちつけていたという事こそおかしいのではないのか?
皆その皮膚の一枚下は何が入っているのかわからない
そんな生き物に囲まれて動くこともままらない
閉じられた空間にいるのだ。
それでも、毎日電車に乗り会社へ向かう。
長くどこまでも続く人の列が作る緩慢な流れに乗り、
昨日と同じような書類を片付け
無気力にオフィスを歩き回っている男に
山積みされている紙の中からいくつかを渡す。
渡されたものが不満だったのか首を振りながら変な音をたてていたが
すぐに無気力にふらふらと歩き始めた。
それを何度繰り返しただろうか、
そんな時にでも店の女の子から来る連絡が
重く曇ったオフィスに彩を添える。
熱烈で甘い言葉に彩らててはいるが
今日は今年に入って何度目かの誕生日らしい、
作り物の言葉に作り物のセリフだろうか
耳の後ろを掻きながらその言葉に快く返事をする。
どんなところでさえ
沼の底のようなこの場所よりは快適に思えた。
ふと右手の甲に皮膚が白く点々とめくれていることが気になった
肌が荒れてきているのかストレスのせいかな。
ハンカチで拭うと目立たなくなったそれは
すぐに頭から消え失せていた。
窓の外をギイギイと嫌な声でなく鳥が通り過ぎ、
あたりが暗くなり始めた頃
ようやくひと段落ついた仕事を引き出しにしまい
人の少なくなったオフィスを後にする。
辛そうに体を引きずりながら
ビルから出てくる人の流れに混じり
重い気分に引きずれていると、
ビルの陰で大き目のコートを羽織った女の子が
人懐っこい笑顔を作りながら駆け寄って来る。
迎えに来てくれていたのだ。
その彼女と腕を組みながら上機嫌で笑い声を立てると
辛そうに歩いている人の群れは
光に照らされた虫の様にそそくさと周りから離れていく。
暗がりのじめじめした気分から切り離されたような
開放感が何とも心地よい。
足取りも軽く向かった彼女の店で
上等なソファーに体を預け、
器用に水割りを作る彼女の手先の動きに見とれている
ああ、そうだった誕生日のお祝いをしないとな、
いつものメニューではなく、
テーブルには豪華なフルーツが並べられ、
むせかえるような甘い匂いに思わずせき込みそうになる。
続けて注文したドン・ぺリがテーブルに来ると
彼女は目を輝かせてそっと両手で受け取り、
自慢げにグラスに注いでくれる。
大げさに喜びながらグラスを飲み干し
芝居がかった笑い声をあげて彼女の誕生日を祝福する。
ここでは皆自分の役割を演じている
華やかな舞台の上の役者の様に高らかに声を上げて
仮面の下の薄暗い影を見せることなく
光輝く夜の住人たちの舞台で踊り明かす。