第03話 ナビゲーター
『私は契約します。君が世界を救う道の助力を誤らない事を……』
「つまり、嘘ぁつかねぇって事だな」
『うん、そう。信じていいよ。君の言う破壊神を』
そんなやり取りを最後にした後、破壊神の声は聞こえなくなった。
背中に背負った少女はまだ目を覚まさない。
歩きながら建物の内部を観察する。
相変わらず、継ぎ目もなにもない、それどころか傷一つもないのっぺりとした壁と床だ。
歩くと壁があったり分岐があったりして、内部構造は迷路みたくなっている。
「まずぁ、こっから出ろって事か」
方針が固まったところで、何が変わるわけではない。
迷路の攻略方法? 知らん!
ひたすら歩いていくに限った。
ゲームだっつうんなら、マップとかよこせよって話だが、駄目だ。そんな事を言って本当にされたら、本気で殴りかかりそうだ。物理的に出来やしないんだろうが。
『どなたか、僕の事をお呼びしましたか』
「あ?」
そんな事をつらつら考えていると、背後から声が掛けられた。
オリガヌと名乗ったあの破壊神の声で。
だが、声質が違う。あいつのは無駄に声に艶があって無邪気に禍々しい。今のは覇気がなくてどこか遠慮がちだった。
振り返ると、少女が立っていた。
白い髪に、白いドレスの白尽くめだ。
俺はそいつを見つめながら視線に力を込める。
気に食わないから睨んでるとか、ガン飛ばしてるとかそういう奴じゃない。
それもあるにはあるが、行動の理由はもっと別の所にある。
それは世界が壊れる前に、おそらく破壊神が俺に仕込んだ力。
死神の目の力だった。
だが、唐突に現れたオリガヌ似(声が)の少女の前には、何の数字も浮かばなかった。
本来ならそこに数字が浮かぶはずなのだが。
そこから導きだされるのは、人間ではない、という事だ。
人間だったら対応した数字が見えるはずだが、見えないという事はそういう事だろう。
そいつはオドオドした態度で、恐る恐ると言った風にこちらに話しかけてくる。
まるでパシられた新入生が、上級生の機嫌を窺っているような感じに。
『あの、分からないことがあったら聞いてください。僕は、オリガヌからこのダンジョンの管理を任された管理者兼、挑戦者さんのナビゲーターですので」
「関係者か」
『まあ、そう言えばそうかもしれませんが……」
「じゃあマップ出すってか?」
『ええと、無理です」
即答しやがった。
何の為に出てきたんだよ。
出されてもムカつくだけだが。
「でも、願壁全体のマップなら分かります。ステータスウィンドウを操作して下さい。やり方は……」
それから懇切丁寧な口調でやり方とやらを説明され、ウィンドウを操作すると建物の断面図が出てきた。紅蓮のいる場所は、全七層あるその一番下だ。
『も、問題は解決しましたか?』
「他にも教えろ」
びくびくとした視線を寄こしてくるが無視して続きを催促。
その作業で分かったのは、
フロア単体では無理だが建物全体のマップは確認できる。
ステータスウィンドウで現在のスキルを確認できる。
アイテム欄があって、何故か等身大の鏡が入っている。あん時のか。
通信伝言欄があって、他の人間とメールができる。
……だった。
「では、また御用の際にはお呼びください」
礼をして少女はその場からかき消える。
破壊神とまったく同じ声で、あんな風に喋られたら調子が狂うどころじゃなかったが、切り替えていかねばならない。
まさか演技じゃないだろうな。破壊神が心の中で笑い転げながら紅蓮の事を見ているのだとしたら最悪すぎる。
気になる事はありすぎるが、考えるのはやめた。長時間考え事するなんて、俺の頭じゃ仕様上、無理だ。
「うーん……。ふぁ……、あれ?」
「起きたか? 立てんなら降ろすぞ」
「ここどこ……? お母さんは……」
「さあな。俺達は何か知らねーが別の場所に連れてこられたみてーだ」
「そうだ、お母さん……落ちちゃって。りる、の変わりに、うぇ……んぅ。ううぅ……、ぐすっ」
子供が泣いてる時にどうすればいい? ああっ!?
知るかよそんなもん!
知らねーよ。ったく。
とりあえずは、泣き止むのを待ってから声をかける。
「ここにいても仕方ねぇ、さっさと行くぞ」
「う……」
そんな目で見んじゃねぇ。どうするの? って俺が知りてぇ。
「この迷路出なきゃなんねーんだよ」
「迷路……?」
少女、りるは周りを見回して答えを言った。
「迷路は、手を壁につけて歩くのがいいって……聞いたことがある」
「マジか」
知らなかった。本気で。迷路攻略するときの世間の常識ってやつか。
あれか、コミュ力でフレンド作ってりゃ、聞きだせる情報って奴か。
「俺ぁ、迷路は嫌いなんだよ。ガキん頃一日中迷子になってたからな」
「……可哀相」
「あぁ?」
小さな子供に同情された。
割とHPが削られた。
「そんな所とこいねーで、さっさと立て。行くぞ」
「……うん」
りるに言われた通りに壁に手をつけて歩きだす。
その後ろをちょこちょことついてくる守るべき少女の存在を気にしながら。
微妙に、一人の足で歩いていていた時よりも速度を落としながら。




