第14話 突破
そして、二度目の挑戦だ。
三度目はない。あってたまるか。これで終わらせてやる。
扉を開けて、三層目のフロアへ入る。
視界が半分になったというのに、危なげなく行動している俺を見て、「ふむ、慣れたものだね」胡散臭いアレンが不思議そうにする。
「紅蓮……たつじん?」
里留の達人像はどうなっているのか。一度覗いてみたい。
あれか、隻眼の男はプロとか思ってるタイプか? 頬に傷のある男は歴戦の男みたいな。その発想自体は分からねくねぇけどな。だが俺にそれは無理があるだろ。
「違ぇ。前に片眼塞がってた事あっからな。その名残だ」
そもそも事の発端となった医者からの死の宣告は、ケンカで負った怪我をなおす為に眼科に通う事になったからだ。普通の高校生が何もないのに病院に通うなんてねぇからな。
あの時は……、宣告を受けた時ですら、自分がこんな状況に放り込まれる事になるなんて思ってもみなかった。
ほんの少し前にも観察した部屋を見回す。
相変わらず飾り気のない部屋だった。
傷も模様も継ぎ目もない、ただの白い壁と床と天井。
変わっていないその景色が、少し前に起きた敗北の光景を連想させる。
もう絶対あんな事にはさせねぇよ。
ここで超える。この二回目で。
間違っても、もう一度里留を死なせるなんて、あっちゃいけないんだ。
部屋の中、一つだけ個性を放つ存在……地面に描かれた赤い輪に近づく。
俺は、里留に聞こえないようにと胡散臭いその男に近づき、「テメェ、おかしなマネしやがったら承知しねぇからな」そう警告しておく。アレンは何がおもしろいのか、「分かっているよ」苦笑しながら言葉を返す。本当に何が面白いんだよ。疑われてんだぞ、テメェが。
奴は赤くて円い輪を見ながら「この中に誰かが立てば試練が始まるんだったね」そう確認する。そして尋ねる。「どうする?」と。そんなの決まってる。「テメェが入れ」それしかない。というか、それ以外ありえなかった。俺が入って、アレンに里留を任せるなんて論外だし、里留が入るのは初めから選択肢にない。奴も分かってただろ、そんくらい。何で聞いてくんだ。
「じゃあ君の活躍に期待して待っているとしよう」
紅蓮の選択を受けて、アレンはためらいなく輪の中に入った。もうかよ。
もっと色々言う事あるだろうが。確認とか。説明とか。打ち合わせとか。テメェ、それ嫌がらせか。心の準備させないつもりかよ。そんなもん俺に似あわねぇけど、今回は……色々懸かってんだよ。いつものごとく懸かってるもん以外にもな。
音だ。聞こえる。何か重い物が床にこすれながら動く、そんな音がする。遠くで扉が開いていく。
待ったなしだ。始めるしかない。アレン、テメェ本当に……「覚えとけよ」と、俺はそう言うのだが。奴は「覚えとくよ」そんな対応。返事ではなく、対応。涼しげに言ってんじゃねぇ。胡散臭いうえに、オリガヌ並みにムカつく野郎だな。いや、さすがにアイツまではいかない、か?
俺は「里留、行くぞ」そう言って里留を左脇に抱え上げた。「うん……わっ」
二回目のフロア攻略。俺は走りだす。
視線をまっすぐに向ければ、ずっと向こうにある壁が左右に動いてって、奥にある階段が見えるようになっていく。
しばらく走って、部屋の中ほどまで来たときだ「来やがったな」邪魔者が現れた。
何もない空間から、黒い影が生まれて何かしらのシルエットを形作る。
腕が生えて、足が生えて、色が付いて。
牛によく似た容姿だが、やつは断じて二束歩行したりしないし、紫一色の肌色でもない。視線を上にやるとツノが頭に生えてはいた。背中にはコウモリのようなツバサ。体型は牛っぽいのに、悪魔みたいな生物だ。
同じだ。同じ姿。一回目の時と。あの時は、微妙に焦っていたから、細かく観察はしてられなかったが。今はすこしだけ余裕がある。
あいつは、牛に似ているから牛エネミーとでも呼ぶべきか。
「僕達を妨害するようだ」と、後ろの方でアレンはその光景に涼しげな反応だ。どういう神経してやがる。そっちにも、大量の牛野郎が出現してんじゃねえのかよ。何とか出来んのか。
しかし、前回とまったく同じ位置で出てきたという事は…出現条件は「経過時間じゃなくて、移動距離か」その要素で左右されるらしい。
里留、降ろしてけばよかった。そう思うが仕方ない。条件が前者だった場合は、こっちが不利すぎる。
化物、牛エネミーは次から次へと湧いてでてくる、キリがない。
「くそ、牛の癖に蜂かなんかよお前ら」
「蜂さんは……こんなに……怖くないもん」
十分恐ぇだろ。テメェら子供にとっちゃ。牛より身近にいるし、何より平気で人を刺しにくる。俺は近づいただけでぶっ刺された事もある。泣いた。子供の頃の事だが。その蜂が怖くない、だと。
やはり、この少女の基準はどこかおかしい。
左脇の「わっ……」里留を抱え直してて出口へと向かう足の速度を上げる。
「あ、……あの人が!」抱える向き間違えた。里留はアレンの方を見て心配そうにしている。
後ろ振り返ってる場合じゃねぇけど「何だ!」気になった。アレンか。アレンだろ。何があったんだ。非常に気になったが。そんな余裕は全くない。いま余計な事で動いたら追いつかれる。
逃げる。逃げる。逃げる。牛エネミーの野郎は無限に湧きだしてきて、こちらをゾロゾロと追いかけてくる。
半分はもうとっくに切った。けれど小さいとはいえ子供一人を抱えて走るには、目的地は遠すぎた。
すぐに牛エネミーに追いつかれてしまった。
やべぇ。死ぬ。こんなとこで。こんなとこでかよ。死んでたまるか。
何か。何かないのか。牛の分際で俺の邪魔すんじゃねぇ。
「うぅ……」
後ろ向きに抱えてる里留は見ているのだろう、奴らを。
徐々に手を伸ばしてくるその異形の化物を。一番間近で。ほんと抱える向き間違えた。
怖いだろう。あたりまえだ。キモイし。知ってる牛じゃないし。バケモンみてぇーだし。バケモンだったか。あと、ストーカーみたく、一心不乱に追いかけてくるし。
牛エネミーの手がふれる。服が掴まれる「こなくそっ」身をよじる。別の手がこちらをつかまえようとする。かすった。牛のくせに手が使えるとか反則すぎんだろ。
何か手は!?
考えた。息が苦しい。酸素が足りねぇ。走らねぇといけねぇのにそんな事に意識さけっか、と思うが。それでも考えねぇと。
あれは、どうだ。あれって? あれだよ。気づけ。頭使え。
「ぐ……、ぷ、灼熱陽光!」
後ろ向いて叫んだ。マジで本気で苦しい。
喋らせんな。喋ったら肺から酸素がなくなるじゃねーか。
グルオォォォォォォ―――ッッ!
炎が爆ぜた。というか爆発した。
牛エネミーの雄たけびがいくつも上がる。
「「っ」」
里留ともども二人して仲良くびくっと、体を揺らした。
熱気が、背中に当たる。
とんでもない威力で炎がメラメラ燃えている。自分たちの後ろ全部が、火の海だ。
おいおい、前のフロアと全然威力が違うじゃねぇか。
今の内にっ! 走れ走れ走れ!
「うぇ……」
焼焦げた匂いに胸糞悪くなってきた。悪い事はそれだけじゃない。
「う……そだろ」
すんなり通してはくれないようだ。
前方に影が。牛エネミーが出現。行く手を塞ぐように待ち構えている。
どうする? 戻るか? 出来るワケねぇ。戻ったら美味しく丸焦げだ。行け! 突っ込め!
「ぐ……う、おおおぉぉぉぉぉっ」
もう酸素ねぇよってくらいに叫んで、突っ込む。牛が二人を掴もうとする。
触んな! 引っ張んじゃねぇ! 糞共! 牛野郎!
出口はまだかよ! くそ、あともう少しなのに……。
『そんな子供捨ててしまえ』『一人なら、楽に逃げれる』『お荷物は置いていけ』
ぎょっとした。牛じゃない。誰が言ってんだ。分からねぇ。というか。そんな事考える余裕ねぇし。
『そいつの事信用できるのか』『あの男の方がまだましだ』『そいつはお前を騙そうとしているぞ』
また聞こえた。さっきのは自分宛てで、こっちは里留か。
「―――っ!」里留の悲鳴。
里留の服が掴まれた。敵だ。野郎! 今度は里留か。しつけぇんだよ。はたく。また別の奴が掴む。今度は足を狙われる。引き離す。払って、払いのけて、遠ざけて。お前らマジでウゼェ。
『あの男に乗り換えろ』『こんな素性の分からぬ男を信用するのか』『どうせ利用されるだけだ』
俺の方が揺るがないとみたのか、声は里留に向けて話かけ続ける。
「やっかましぃんだよ!! 里留、俺を信じろ!! 俺はなぁっ、お前を守るって約束したんだからなっ!!」
「……」
声がやんだ。心なしか、牛エネミーの動きも鈍くなったような気がする。
余裕ができた。今だ。畳み掛けろ。プロミネンスは? 周囲に放つ。駄目だ。相手との距離が近すぎる下手したら巻き添えくう。他は?
「……っ、絶対氷結!」
全力疾走の人間に二度も叫ばせるんじゃねえ。
ってか、寒っ。めちゃくちゃ寒い。
辺り一面が白銀になった。牛共は凍り付いてる。けど成功だ。
俺は「っ……!」そのまま出口に走り込んだ。
あの優男は、アレンは? ここで見捨てたら、いくらなんでも寝覚めが悪い。振り返る。だが炎で見えない。
しばらく奴の事を忘れていた。恨むな。こっちも大変だったんだ。仕方ねぇだろが。
「はっ、……ぜぇ……ぜぇ……」
見計らったかの様に扉が閉まり始める。
「まだあの人が……っ」
「うおっ、どうすりゃいいんだ」
里留の持っている杖でも間に入れようかと思ったら、「氷で……」そんな案がでてきた。
ああ、そうか。
「絶対氷結!」
息を整えさせる時間くらいくれよって思うけどな。
扉は凍り付いて動きを止めた。
しかし、と白銀世界の向こうにある炎の海を見て思う。
無事か? アイツ。




