第09話 理不尽に抗う
閉じた扉を背にして息を整えていた俺は、「これでクリアじゃねぇのかよ」あの破壊神の性格の悪さを知った。
また、遥か彼方に扉がある。
部屋の様子は様変わりだ。というか元に戻ったというべきか。継ぎ目も模様もないのっぺりとした白いフロアだ。目に悪い。
里留にウィンドウを操作させてスプレー缶をしまわせながら尋ねる。
「それ、どこで手に入れたんだ」
「おっきな箱……宝箱みたい……だったから」
状況を打破する何かが入ってねぇかって考えたわけか。子供の、それもとっさの判断としては上出来な部類だ。
だが、「逃げとけっつっただろうが」上手くいったのはたまたまだ。下手したら二人ともやられてたぞ「ぅ……」里留は目を潤ませる。まあ、「……助かったのは事実だけどな」ったく、叱るか褒めるかどっちかにしろよ。俺。
そんなやり取りをしてると、フロアの中でふいに異常が発生した。
「……お化け?」
半透明に体が透けた人間達だ。
俺の目を使っても「人間じゃ、ねぇな」彼らが生きていない事が分かる。
いったいどういう仕掛けだ。
さっきのは大掛かり過ぎたがまだあり得なくはない出来事だと思っていた。
だが、奴はそんな事もできるのか。
死んだ人間を呼び出すなんて、そんな馬鹿げた事まで。
それとも俺が考える様なものではなく、ただの幻なのか。
その映像なのか何なのか分からない幽霊モドキ達は、次第にポツポツと明かりがともるように増えていった。
だが、奴らは何をするまでもなく、ぶつぶつと呟きながらその場でぼーっと突っ立っているだけだ。こちらに危害を加える様子はなかった。
「今度はなんなんだよ」
白オリガヌを呼んでみるが「おい、白」返事がない。使えねぇ。
早くも嫌気がさしてくる。けど止まるわけにはいかない。上へたどり着くまでは。警戒しつつも薄気味悪い光景の中を進んでいく。
『お前のせいだ』『お前のせいで死んだんだ』『お前があんなことしなければ』『責任とって死んでくれよ』『憎たらしい』
奴らの口からはそんな声が聞こえてくる。
そういう事か。
そういうやり方で、こっちの足を止めようという魂胆か。
『死ね……死ね」『惨たらしく死ね、苦しんで死ね』『死んでしまえ』
それを耳に入れながら。「馬鹿が、死ぬかよ」こんなところで、死んでたまるか。尚更そう思う。俺がやった馬鹿な事をなかった事にするために、その為にここまで来てんのに。邪魔すんじゃねぇよ、てめぇらが生き返れなくなるだけだぞ。
『お前なんかに殺されるなんて』『落ちこぼれの人間なんかに』『人生の落伍者なんかに』
うるせぇ。ばーか。見下してんじゃねぇ。
心の中で言い返す。てめぇらに何がわかんだよ。俺の何が。俺が何を考えてて、どう思ったか。どんな目にあったか。すまねぇとは思っているが、好き勝手言われたら俺だって腹が立つ。……なんて、俺にこれを言う資格があるのか。どうなんだ。図に乗るな、お前にそんな権利なんてない、と。そう言われるかもしれねぇな。
『私には子供がいたのに』『あの人が心配』「彼は私の目の前で苦痛にさいなまれながら死んでいったわ』
「……」
『今日は受け取ってくれなかったけど、きっと明日ならだいじょうぶだよね。明日なら』『よし、練習終わり。次の大会までに気合入れていこうぜ』「妻の誕生に何か言いプレゼントを考えなければ、あと一ヶ月か……」
「…………」
『あの不良はいないのか』『出欠は全員とったな、橘紅蓮はいつも通り欠席か』『紅蓮は今日も学校にこなかったな……』
「……っ」
『あの馬鹿、どこで何やってんのよ。平日なのに。つぎ来たら文句いってやるんだから』
「……く、そがぁ……」
性格悪いなんてもんじゃねぇぞ。てめぇ、オリガヌ。
よくもこうズケズケと他人の心を踏み荒らせるな。殺してやりてぇ。
ふいに聞こえた知り合いの声、落ちこぼれなりにも奇跡的に親交のあったクラスメイトの声は、また他の声にうもれて聞こえなくなっていった。
良い所の全く存在しない、ごみ屑のような俺にも何を思っていたのか話しかけ来る事のあった人間だ。
あいつは死んだのか?
死んだ。そう考える方が自然だろう。
生きている方がおかしい。あの状況では。
分かっていたのか? 橘紅蓮。
道連れにするってぇのは、こういう事だぞ。
てめぇ一体今まで何を見てきたんだよ。その目は、耳は、節穴か。
知り合いが死んでる。そんな事、とっくに覚悟していたはずだったのに。
こうして突き付けられると、心は揺るがずにはいられない。
関係のない奴ら、他の誰にも文句を言われることは想像していた。言われても心が揺らがないように、と準備できた。薄情なのかもな、とも思いもした。
だが、ちょっと親交のある奴が出てきたらこうだ。情けない。
これは試練だ。声が聞こえてきた時点で心構えなんて出来ていたつもりだった。
あの世界は今はどうなっているのか。
死んだ人間はどれくらいだ? 生きている人間はいるのか。
確かめられないのがせめてもの気休めだ。だがそれでも、生きていたとしてもだ、あの世界での生に、未来なんてない。そう思えるほど俺が見てきたものは、ひどい有り様だった。
ふいに、声の調子が変わった。
『助けて、助けてっ」「誰か、痛いよ……」「ああぁぁぁぁ」「俺の腕が、血が止まらない」
悲鳴、絶叫、鼓膜を突き刺すような声ばかりだ。
気付けば居並ぶ幽霊モドキたちも、それぞれ苦しみにのたうちまわっている。
「……っざけんじゃねぇ」
こんなもん偽物だろうが。そうに決まってる。本物じゃない。悪趣味だ。悪辣だ。
込みあげてくる嫌悪感が胸を焼きこがしていく。気持ちが悪い。胸糞悪い。
俺はもう見ない。正視したら進めなくなるだろうが。背負ったもんがどれだけ重いかなんて知ったら、潰れちまいそうになるだろうが。
自分の擁護ばっかりだけどな、考えないようにここまで来てんだよ。これでも。
滅ぼされた世界の命運? そんなもん、人間一人に背負えるもんじゃねぇだろうが。キャパティシーオーバーすぎる。
全部あいつが悪い。あの破壊神が。あのふざけたオリガヌって野郎が。そう思えたらどれほど楽だろう。だけど、そうじゃねぇ。思えねぇんだよ。
俺は柄にもなく、知らねぇ人がいねぇような不治の病にかかっちまって。死の宣告を受けたばっかりで。あまりの何もしらない人間立が許せなくて。能天気に笑ってんじゃねぇって、憎んだ。
自分ばかり理不尽な目にあってる。だからみんな理不尽に終わってしまえばいい。俺と同じようになってしまえばいい。そうやって。
心の中はめちゃくちゃだった。
だって俺には何もねぇ。何もできてねぇ。まだガキっていってもいいくらいの年で、これからだって長かったはずなのに。
その未来がない。
そんな感情のあまり。
未来の約束された幸せそうな連中を憎む事で恐怖を紛らわしていた。
こんな奴ら死んでもいい。むしろ死ね。死に絶えろ。
そう思っていたんだ。あの時の俺は。
俺も終わるから、俺と一緒に皆終わってくれ。
そんなこと平気で考えていた。俺がそう考えたから、あいつは付けこんできた。
駄目だ。声が、声が。俺を、橘紅蓮を責め立てる。
「……っ」進めない。いつの間にか足は止まっていた。「……ぐ…っ……」これ以上進むなんて無理だ。
「……ゃ」顔を上げた。傍から聞こえて来た声。亡霊モドキのじゃない。里留。そうだ、里留だ。
「里留のせいで……お母さんが」
あいつはあいつで別の声を聴いているようだ。しゃがみ込んで耳を塞いでる。
「馬鹿が」紅蓮は里留を引っ張って立たせた。「お前のせいじゃねぇだろ」そうだ、里留のせいじゃない、それは他の誰でもない俺が一番よく分かっている。
「ほら行くぞ、もう聞くな」
お前がそんな目にあう必要はないんだ。
お前がそんな目に合うのは間違ってる。
強引に歩かせて、このフロアから連れ出す。
ここでの妨害は声だけ。それだけだった。
わずか数分で、俺達はフロアの橋の端、扉の元へと着いていた。
理不尽に泣かされた俺だから思えるのかもな、こんな理不尽な状況でも抗ってやろうと思えるのは。
開いた扉の向こうには階段が見える。
今度こそ、正真正銘の二層フロア攻略だった。
タイトルは、このお話のメインテーマ、です。




