君が好き
「いつもごめんね。雨の中大変だったでしょう」
その日は、天気予報が外れ大雨となっていた。土砂降りの中、彼は傘を届けに来てくれた。
「いえ、そんなことはありません。それが私の役目ですから」
彼は深々とお辞儀をする。その身体は、至る所が濡れていた。
「ここにお母さまは居ないから、別に堅苦しいのはなしでいいんじゃない?四季?」
彼は困ったように、顔をぽりぽりと掻く。
「姫命令」
「分かりました。姫季…さん」
まぁ、よしとしよう。
「じゃぁ、帰るわよ」
「はい」
雨が傘に弾かれ、ポツポツと早いリズムを奏でている。
「雨っていいですね」
そんなリズムに乗るように、四季は笑って問いかけて来る。
「そう?四季の立場だと、身体は濡れるし、洗濯物は乾かないとか大変じゃない?靴だって濡れるし」
「すみません、私が車の免許を」
「姫命令」
「僕のせいで」
「四季のせいじゃないわ。仕方がないことよ。というより、いい加減慣れてよね。貴方は私の使用人・・・執事かもしれないけど、友人でもあるんだから。もうちょっと、馴れ馴れしくしてよ」
彼はしょんぼりとした顔をする。いつまで経っても彼の心が弱いのは変わらない。
「で、どうなの?」
「え?」
「さっきの質問」
「あぁ、確かに、洗濯物や身体が濡れるのはあります」
「なら、どこがいいの?」
「姫季さんと一緒に帰れることですよ」
彼はまっすぐな笑顔で言った。
「姫季さんと一緒に帰れるのは、僕が屋敷の仕事が終わった時しか出来ませんから。雨の日なら仕事があっても、貴女を迎えに行くのが優先になりますから」
さっきまで聞こえてた雨のポツポツという音が、今は心臓の音のせいでよく聞こえない。顔が熱い。胸が熱い。
「ねぇ、四季」
「なんでしょう。姫季さん」
私は、彼の顔にそっと手を添え、唇を重ねた。
彼の唇は私がつま先立ちをしてやっと届く。あれから、十年。彼の身長は、とうの昔に私を越えている。
十年。例え十年経とうとも、この胸の熱さが覚めることはなかった。




