ー閑話3ー 『アムリタとサラミス』
その存在は憧れだった。
『魔王』ティー・ターン・アムリタ様。魔法を創りしお方。最強のお方。私の尊敬するお方。私の忠義を尽くすお方。
私はリューマン・ルー・サラミス。偉大なる魔王様の統一する魔王軍の第1魔法軍魔法総指揮長の魔法使いだ。
私は今ではこうして魔王様の元で魔王軍の魔法使いとしてやっているが、私は昔は途轍もなく弱く、魔王軍にすら入る事が出来なかった魔術使いだった。
だが、魔王ティー・ターン・アムリタ様が魔王であられる前に出版された一冊の魔導書によって私は変わったのだ。
その魔導書の名は『平和の為の破壊』一見すれば論文の様にも見えるその魔導書には今までの魔術の魔導書とその内容は大きく異なり魔術ではなく。魔法と言う新たな概念だった。
魔術とは予め魔術紙と呼ばれる特別な紙に陣を描いておく事で超常現象を引き起こす事が出来るものだ。
こう聞けば描くだけで発動出来る簡単だ。そう思う者が居るかと思うが簡単では無い。
陣を描く時、魔力と言うこの世の全てに含まれるエネルギーを使い陣を描かなければならない。
しかし、それは練習を重ねれば出来る様になるものだった。
問題は陣そのものを描くことにある。
陣は超常現象を起こす為の要でありそれが数ミリでも間違えば超常現象は発生しない。
陣の製作にはかなりのセンスが必要となる。
私は陣を描く才がなく。作れるのは初歩の魔術が使える程度だった。
ただ、私は他人より少し魔力が多かった。その魔力を魔石に封じ売って何とか生計は立てていた。
私はその他人より多い魔力をもっと何か別の事に使いたかった。
そう思い続け魔導書を販売する本屋に通い私でも出来るような魔術を何とか探した。
結果は惨敗、陣を描かなければならないものばかり。
私は仕方なく、他の事も試してみた。薬学、魔法医学、傭兵、色々やってきたがこれと言った成果は無く。それらを学ぶ為の資金はどんどんと減っていった。
資金が底をつきかけたある時、私は薬を作る為に街を飛び出し森で薬草の採取をやっていた。
私はその日、いずれ魔王となる、私の忠義を尽くすお方と出会ったのだ。
「グゴォォオ!!!」
大地を揺らす巨大な生物が突如私の目の前に現れた。
鰐のような四足の足を持ち胴体がまるでゴブリンの様な身体と手を持ち片手には棍棒、もう片手には丸い盾、頭には茶色く錆びた兜を被っている。巨大な魔物。
「ぎ……ギリメガシュ……」
その魔物は厄災とも呼ばれるSSランクの最悪の魔物だった。
「グゴォォオ!!」
「な…何で……」
不意に振り落とされた棍棒を咄嗟に回避する。魔族の身体能力は人族とは違い非常に高い。一応、私は傭兵としてもやっていた為にそのギリメガシュの攻撃は避ける事が出来た。
「ま…魔術!炎よ出ろ!」
護身用に持ち歩いていた最下級の炎の魔法。目くらましくらいにはなると思い発動しそのまま私は逃げた。
「グゴォォオォォォ!!!」
「ひぃぃぃ!!」
弱すぎるその攻撃がギリメガシュの癪に触ったのか怒り狂い私を追いかけてきた。
木々が薙ぎ倒され大地が揺れる。
私は必死に逃げ、遂に森の外の平原へ逃げた。
「グゴォォオ!!」
「魔術!炎よ出ろ!!」
有るだけの炎の魔術紙を発動してギリメガシュに投げ捨てる。
しかし、その攻撃ではギリメガシュの足は止まらず棍棒を振るい更に怒り狂わせてしまった。
「帝級破滅魔法!ワールドバーン!!」
突如現れた黒い球体がギリメガシュを襲い爆発と共にギリメガシュは消滅した。
「おい、お前、大事ないか?」
「あ…ありがとう…ございます…」
そのお方こそ、後の『魔王』ティー・ターン・アムリタ様だったのだ!
黒い外套を着て腰には銀色の剣と奇天烈な形をした棒を付けていた。
「そうか、時にお前は魔術師であろう?」
「そ、そうです…一応…」
「ふむ…」
アムリタ様は私を観察して確信を持ちこう言われたのだ。
「お前は、中々の才の持ち主じゃな、よし、この私の魔導書をやろう。役に立つ筈だ。」
そう言って私に手渡された一冊の魔導書、それが『平和の為の破壊』だった。
「ではの!」
「あ、待って…」
その時のアムリタ様はそのまま飛び去ってしまった。
それから私は『平和の為の破壊』を開きその内容に驚いた。
その内容は何千ページに及び、今までの魔導書とは大きく違ったものを発明していた。
その日から私は毎日毎日、その書を読み解析し実験に勤めた。それから約一年後、魔族界を大きく騒がせた事件が起こった。それは…
第7代目魔王ミクト・ラン・シワトルの崩御の報せだった。
ミクト・ラン・シワトル陛下は人族による侵攻を何とか持ち堪えていた魔王であった。
しかし、その命は病に侵され遂には息を引き取ったと言う。
そして次期魔王は誰にするかと言う魔王軍内での内部抗争が始まり多くの無駄な犠牲が発生した。
その一カ月後に抗争はある人の手によって抑えられた。
それが、ティー・ターン・アムリタ様だったのだ。アムリタ様は自らを第6代目魔王の遺児だと名乗り更に『平和の為の破壊』を同時に発表し魔法と言う概念を発表した。
その他、色々な功績などによりアムリタ様が第8代目魔王に就任された。
そして私に幸運が巡ってきた。
『我は魔法という新たな概念を誕生させた。そこで、我は魔王軍に新たなる部署を作ろうと考えておる、その名も、魔法軍!魔法を扱える者を集めた軍になる。この部署には諸君ら民間人からも募集をかける!基本給は200ルムンド!!役職による給料の増加もある!募集期間は一カ月!我は多くの者が募ってくれることを願っている!!』
その宣言は世間に大きな波乱を起こした。書店では『平和の為の破壊』が飛ぶ様に売れそれを手に入れるために盗みを働く輩も現れた。
それだけに衝撃だったのだ。まず、200ルムンドと言う大金。普通の魔法軍兵でも50ルムンドほどと言うのに魔法軍はその4倍なのだ。
それだけに危険と重要性があると思うのだがな。
だが、私はその募集に応募した。『平和の為の破壊』が発行される一年前よりそれを学んだ私は飛び抜けていた。
この力を魔王軍の為、魔族の為、アムリタ様の為に捧げようと誓った。決して、決して、200ルムンドに釣られたわけではない!そんな訳はない!
私はその試験に見事受かり、魔法軍の一員となるとこが出来た。遂に、魔王軍に私はなったのだ。
そう、これは全て魔王様、アムリタ様のお陰なのである!この恩は一生かけアムリタ様に返すと私は誓った。
日々の鍛錬、そして研究を重ね私はある時、私はアムリタ様に謁見する事となった。
「ふむ、表を上げよ」
「はっ!」
「リューマン・ルー・サラミスよお前に魔法軍魔法総指揮長の地位を授けよう。」
「…は?」
「なんだ?不服か?」
「いえ!滅相もございません!有難き幸せにございます!このサラミス!魔王陛下のご期待に応えるよう勤めさせていただきます!」
「うむ、サラミス。これからは我の事はアムリタと呼ぶように。」
「そ、その様な事は!畏れ多い!」
「よい、我はお前の実績に伴うものを与えているだけだ。お前の魔法論を読ませて貰ったが大変興味深かったぞ。これからも精進しろ。」
「はは!ありがとうございます!」
「よい、下がれ」
「全ては魔王様の為に」
そして私はなんの武功も上げぬまま魔法軍の指揮長として成り上がってしまった。
何故、私がとその時は思っていた。しかし、理由はすぐに分かった。
魔法軍は魔法の魔導書が発行されて未だ数ヶ月…それに対し私は一年以上前からそれを学び研究してきたという差が生まれていたのだ。
どんなに覚えのいい者でもせいぜい、破滅魔法の下位魔法くらいしか行使が出来ないことに対し私は最上級、『平和の為の破壊』の最終欄に書かれている魔法まで全ての魔法が行使可能なのである。
雲泥の差、そこまでは開いているとは言えないがそれでも私と私以外の者との差は広かった。
その時の私は優越感に浸り口元が笑ってしまう。
その優越感から来る慢心が私を襲ったが、全ては魔王様のお陰であり私自身の力では無いと自分に言い聞かせこの様な立場をくださった魔王アムリタ様に私は忠義を尽くすと再び心に強く誓ったのだ。
軍を強化する為に私は魔法兵の魔法訓練を始め一様元傭兵ではあった為、集団での魔法戦も想定した訓練も行なった。士気はそこそこ。高いわけでもなく低いわけでも無い。仕方は無い事だとは思う。そもそも、魔法兵の全員が傭兵や軍に入っていたわけでは無い。何処かの貴族のお嬢様も居れば幼い子供だって居る魔法軍は寄せ集めの集団の様な者なのだ。
なんとか、なる様にはなった。1日一回の魔法訓練と集団での行進。たったこの二つの訓練を終えたらその日は終了。他の軍と比べると圧倒的に簡単だ。私の一年間の研究の結果、魔法を日に何度も行使すると魔力切れを起こし倒れてしまう危険がある為、魔法初心者はこのくらいから始めると良いと私は身を以て体験している。
そんな訓練の日々が続いたある日。世界を大きく動かす事になる大規模な作戦が始まり始めた
「魔法軍の実戦導入…ですか…」
「そうだ。一週間後、人族によるオースティード大陸の占領を解放する為、全軍の第一から第三までの陸海軍と魔法軍で奪還する。詳しい事はまた後日、軍議の後に伝えよう。…ここで功績を挙げれば魔法軍が軍議にも加入できる事になる。サラミス。期待しているぞ。」
「全ては魔王様の為に」
それから一週間、私は魔法兵の中で選りすぐりの人材を集め合計200名の魔法兵を抜擢した。
魔法兵には私が開発した魔法の能力を向上させる杖、『魔法杖』を持たせ魔王軍のマークを背中につけた黒いローブを装備し他の軍と区別がつく様にした。
陸軍総指揮長『八具』のリグル・ロ・ルグル率いる第一から第三軍の陸軍は黒い鎧に身を包む武装集団。その数一万。
海軍総指揮長『海流』のスレイ・フル・ランダー率いる第一から第三の海軍、八千。
合計一万八千二百の魔王軍はアムリタ様の指揮下で海を渡りオースティード大陸に上陸。大陸中に広がる人族兵を陸海軍で人族をオースティードの海岸付近にまで追い詰める事に成功した。
人族軍約2万の軍が海を背後に陣形を組み、それに対峙する形で魔王軍は少し小高い位置に軍を置いた。
小一時間程のにらみ合いが続き魔王軍の中でも意見の対立が起こっていた。
「奴らは、援軍を待っている!だったら今直ぐにでも攻撃を仕掛けるべきだ!」
「それは危険だ!確かに奴らは援軍を待っているが、奴らの軍にはあの『勇者』がいる!策も練らず迂闊に仕掛ければこちらがやられる。」
武官方の討論する中に何故か一様魔法指揮長だからと席を作られ会議を聞いているが私は戦争での戦術などは一切分からないので口は挟まずただ耳に入れていた。
陸海軍の指揮長方はどうやら仕掛けるべきと好戦的な意見の様だ。
それに対し武装も何もしていない文官の様な方達は反対しているらしい。
私はアムリタ様の意思で動くだけだが。
「ではどうするのだ!!策はあるのか!?」
「今、考えている!」
「良い。」
今にも殴り掛かりそうだった武官達、騒ぐ文官を静まらせる程の重い声が響きその声にこの場の全員の集中が集まる。
アムリタ様はその場の全員を見下す冷たく鋭い視線で全員を見た後立ち上がった。
「魔法軍総指揮長。」
「はっ!」
突然の呼び掛けに私は素早く立ち上がり胸に手を当て忠義の礼を構える。
アムリタ様は我々の周りを一周まわった後、私に問いかけた。
「魔法を扱うお前であればあの広範囲に広がる敵をどう排除する?」
「はっ!畏れながら述べさせて頂きます!……私は最も確実で広範囲に効果の及ぶ魔法。『最上級放出系帝級破滅魔法』の行使が一番かと考えております!」
「成る程、アノ魔法か…」
アムリタ様は少し顎を撫でる動作をすると再び私に問いかけた。
「アノ魔法は一体どれ程の者が使えるのだ?」
最上級放出系帝級破滅魔法は最上級だけあって破滅魔法の中で最も難易度の高い魔法だ。そして、その魔法が行使出来るのは魔法軍だけでは私、一人。
「は。畏れながら私一人にございます。」
「ほぅ」
その時アムリタ様の眼は鋭く光った。
「ならば、魔法軍総指揮長はあの二万の軍勢をたった一人で排除できると?」
そうだ。私は自信があるのだ。一人でも出来るという。
「左様にございます。」
「フハハハ!!良かろう!やってもらおうではないか!皆も異議はないな?」
その問いかけにその場の全員が起立し息を整える。
「「全ては魔王様の為に」」
私は一人、軍よりも前に出て深呼吸の後、魔法陣のイメージを湧かし全ての魔法の準備を整える。
背後では魔王軍の全員からの視線が集まるのを感じた。
スゥと息を吐き再び吸い込み発声。
「愚かなる人族よ。永久に眠るといい。最上級放出系帝級破滅魔法!」
私の周囲に魔術論に基づいた私の今まで描くことの出来なかった陣を大量に展開。火力は全開に設定。魔力を込めるとその魔法陣は紫の色を放ち異様な雰囲気を作り出す。
『永久の終わり』
魔法陣から放たれた紫の光線が無数に人族軍を襲う。閃光が人族軍を一閃した数秒後巨大な爆発によりキノコ雲が発生する。
爆発の熱風が此方を襲い思わず顔を顰めた。
少し調整に失敗したな。やはり改良の必要があるな。
煙が晴れるとそこにあった筈の二万の軍勢は消えそこにはまるで隕石でも落ちた様に、地面はボコボコになり地面は真っ黒に焦げていた。
軍は驚き声も出せず、今起こった超常現象に顔を見合わせる。
「良くやった!」
騒めく軍の音を掻き消す様な声でアムリタ様の声が響く。
「あの二万の軍勢をたった一人で討ち滅ぼす!その実力、賞賛に値する!!大義である!」
丘の上で軍を見下ろすアムリタ様に全軍の視線が集まった。
アムリタ様は腰に差さった剣を抜き剣先を海へ差し言った。
「平和だ!この一戦で戦いは大きく変わった!我ら魔族に平和が訪れるのだ!……これより!海陸軍第一軍、魔法軍を率い人族との休戦を結ぶ!我ら魔族を至上とした平和の世界は近い!第二軍以降は第一軍が発った後、このオースティードの復旧にあたりその後魔王城へと帰還せよ!」
その後、第一軍と魔法軍で人族領リムサン大陸に上陸し魔法による軍事基地の制圧を行なった後、アムリタ様の手によって『50年人魔領不可侵条約』人族、魔族との間に50年の休戦が始まった。
そしてその三年後、ある一報が魔王軍幹部に広がった。
それは
『魔王』アムリタ様の崩御の知らせだった。
早い、余りにも早すぎる崩御に私は一日中泣き続けた。
私の忠義は何処へ向ければ良いのだろうか。
その葛藤が私を狂わせたのだろう。