ー第5話ー 『高位聖神官の噂』
「……ん」
目を開き重たい身体を起こし辺りを見回す。
薄っすらと靄が掛かった此処は森の中だった。
「……うーん……」
何か苦しむ様な声が聞こえその声の主を探し辺りを見回す。
……それにしても、やけにこの地面柔らかいな。
手元の小さな出っ張りをフニフニと感触だけ味わう。
「…あん……」
なんだ、この色っぽい声は…一体どこから……
「あの…何やってんのナガト…」
突然背後から現れたタリウスは何というか何とも言えない顔でこちらを見ていた。
俺はふと下を見てみると柔らかな小山の正体を目撃した。
「げっ!リーリャ!!」
慌てて立ち上がり距離をとる。
俺はもしかしたらずっとリーリャを下敷きに座っていたのかもしれない。
「…まだリーリャは寝てるね、それよりも此処はどうやら『眠りの森』であってるみたいだよ。」
眠りの森……あっ、そうだ、親父さんに転移してもらって此処まで気絶してたのか…
しかし、リーリャとタリウスがいてリンが居ないな。
「そうなのか、処でリンは?」
「ああ、リンなら今、この森の全体図と『寝永姫城』の索敵をしてるよ。そこで」
タリウスが指差した方を向くが霧がかかり見えなかった。
「それにしても、此処は霧が凄いね…こんな深い霧、【霧影竜】以来だよ。」
霧影竜が何かは知らないがきっと霧に隠れるタイプの奴だろう。
「それにしても、こんなにあっさり目的地に着いちまうとわな…」
「まぁ、親父さんが凄すぎ何だよ、此処から先はそんな簡単じゃ無いと思うよ?」
鞘を外しあぐらをかいて座るタリウス。俺もやる事は無いので隣に座った。
タリウスは剣を撫でる様に手入れを始めた。
「そういえば、親父さんの本名聞いてなかったね。」
「ん?そうだな。」
何も話さないのも気まずいのかタリウスが話題を持ち掛けた。
「何だっけ、ティーターンアムリタだっけ?」
「そうだったっけ?」
ティーターンアムリタね……
ティー・ターン・アムリタ……
アムリタってなんか聞いた事あるな……確か、インド神話に出てきた様な……
…………ダメだ分かんね、神話とか勉強してたわけでも無いし。
「第8代目魔王ティー・ターン・アムリタ。」
「あ、リン。」
霧の中からゆっくりと魔導書と貰った杖を手にしたリンが現れた。
「魔王ティー・ターン・アムリタって?」
「魔王ファランド・グリム・ドワフールが就任する前の魔王。」
「どういう事?じゃあ、親父さんは本当に魔王なの?」
タリウスの問いにリンは首を振った。
「それは無い。魔王ティー・ターン・アムリタは300年前の魔王。魔族でもそんなに長くは生きられない。」
「つまり、もう死んでるってことで良いんだよね?」
「そう。」
300年前の魔王の名前を知ってるってどういう事だ?待て、それよりも今の魔王は第9代目魔王のファランド・グリム・ドワフールだよな…300年間誰が魔王軍仕切ってたの?
「なぁ、そのティーターンアムリタが死んで今の魔王になるその間の300年は誰が魔王軍を仕切ってたんだ?」
「それは分からない。300年前に【50年人魔領不可侵条約】が結ばれてからはどちらもスパイも送れない様な睨み合いが続いていたから何があったのか魔王がいつまでいたのかも分からない。」
賢者のリンでも分からないか……
ダメ元で俺はもう一つ質問した。
「なら、何で親父さんはティーターンアムリタの名を知っていたんだ?」
「それは、魔王ティーターンアムリタが有名だから。」
「うん、どう有名なのかな?」
リンは正直質問は誘導してやらないと答えが出てこない。もう、広すぎる答えで返して来るな。
「……ティー・ターン・アムリタは魔法文学の第一人者だから。」
「というと?」
「この世界で使用されているほぼ全ての【魔法】の基本は全て魔王ティー・ターン・アムリタが作ったもの。ただし、この事実を知る者は私の知っている範囲だと『大魔法学院議会長』、『大賢者』、『六神教最高聖神官』バズズ・キンダム・サンの四人だけ。怪しいのは一人いるけど。」
「怪しいの?」
「……そう、『六神教高位聖神官』」
「六神教高位聖神官?聞いた事無い役職だな。」
六神教っていえば人族で最も信仰されている宗教だな、その一番上の神官が最高聖神官のバズズ・キンダム・サンで…その下が聖神官じゃなかったかな?ただ、高位聖神官ってのは聞いた事無いな…高位ってあるからそれなりの階級だろうけど
「それが普通、六神教の中でも噂話でしか知られていない幻の役職。その噂だと、高位聖神官は最高聖神官の次に権力があると言われている。」
「それが、本当なら何故噂話なんだ?」
なんだろう、だんだん教会の裏話みたいになってきたんだが…ティー・ターン・アムリタからどうしてこうなった…しかし、此処まで来たには最後まで行くしか……
「これも噂だけど、六神教の掟を破った者に罰を与える役職らしい。これも噂だけど、去年の魔族による王都サン襲撃時、魔族に肩を貸したと噂される『神官』クッティー・プリルス・サンが高位聖神官によって消された事により襲撃は治ったとも言われている。実際に『神官』クッティーはその日以来誰も姿を見ていない…」
俺とタリウスが魔族襲撃に間に合わなかった時のか…当時は王都の自警団やら騎士も防衛に当たったて聞いていたけど、そんな噂があるって騎士さんや自警団の方も可哀想だな…
「まぁ、でも高位聖神官って噂でしょ?そんなに深く考えなくてもいいんじゃないかな?」
タリウスがもう考えるのが嫌なのか話を終わらせようとする。
しかし、賢者とは物知りでもある、その賢者のリンが話し始めたら最後まで話すのを辞めないのも知恵のあるものならではだと俺は思うぞ!
俺の推測通りリンはまだ、話す。
「実は噂ではない。」
「はい?」
「高位聖神官は実際に存在する。」
リンはいつも通り顔色変えずそういった。
「存在するってなんでわかるんだ?」
「……私が7歳の時、王国連合の直属の裏組織の人に知り合いがいて、私はその人の仕事、表向きでは病人の看護、実際には敗戦で撤退した負傷者の治療に当たっていた。」
うん、結構、この世界の重要な事をさらっと言ったよこの子。王国連合直属の裏組織?なんですか?エ○ァですか?紫の人造人間出てきますか?
「そんなとある日、その裏組織の知り合いの人がある人物を連れて来た。その人は黒いローブに身を包んだ人だった。」
黒いローブね…
俺は適当に相槌をうちながらリンの話を聞く。
「知り合いの人はその人の事を教会の『高位聖神官』だと紹介した。」
「なに……」
いたんだ、やっぱり…
「その高位聖神官はその日の内に怪我人の9割を回復魔法で完治させてしまった。しかも、無詠唱。」
「ん?残りの1割は?」
「3日分の私。」
なにその圧倒的差!
高位聖神官異常だろ!
「その高位聖神官なら、『神官』クッティーを消すことも可能なはず。…それが違ったとしても高位聖神官は実在する。」
「成る程な…なぁリン、その高位聖神官の特徴ってないのか?見た目とか名前とか知らないのか?もし会ったりしたら色々と失礼のないようにしたほうが良いと思うんだ。」
この世界に来て、久し振りにヤバそうな奴を聞いてしまったな。予め相手の特徴は知っておいたほうが良いしな、ほぼあり得ないだろうが敵になるかもしれないし…いや、教会を敵に回さなければ大丈夫かな?
「特徴……口が悪い。」
「喋ったの!?」
そう言うの早めに言おうよ!
「ほんの挨拶代わりに魔力を飛ばしただけ、相手にされなかったけど…」
何故か溜息をつくリン。挨拶代わりに魔力飛ばすって7歳のリン怖!そしてそれを相手にしない高位聖神官って……
俺の中で高位聖神官が大分やばい奴になってきたんだが…ついでに言えばリンのイメージも少し崩れてきた。
「他にはないの?」
「知り合いの人はその人は魔力眼を持っているって聞いた。」
魔力眼………確か、魔眼の一種で自身の魔力が馬鹿みたいに増えるっていう奴だった気がする…てか、魔眼持ちかよ…持ってる奴とか見た事無いけど本当に居るんだな!
「だから、目元を隠す眼帯を両目にしてた。」
目元を隠す眼帯ね…
「それってどんなのか覚えてる?」
「……銀色の様な灰色のような仮面の様な眼帯です。」
成る程、仮面ね。
……仮面と言えば、タリウスのディラ兄って人なら思いつくな、あの時の俺じゃ身体的に追いつけなかったけど、今なら勝てる自信があるな。
あの仮面も実は魔眼なのだろうか…
赤髪と仮面はあれ以来出会って無いが、いずれ戦う事になるのだろうか?その時、タリウスが動けるか心配だな、仮面が兄みたいだし、早い内に吹っ切って欲しいものだ。
「自己紹介はしなかったのか?」
「…………たしか、名前は……
『ディラ』
だった気がします。」
「え?」
気の抜ける声を発したのは開いた口が塞がっていないタリウスだった。




