第二話『鮮血の天使』
これは、私が覚えている中でも新しい記憶だ。
「下級天使よ。貴女は戦乙女に選ばれた。」
「・・・・?」
自我が覚醒したのはこの時だった。
後光が差しその姿をとらえることは出来ないが、栄光の名を抱いた神に最も近き天の使いの一人。
玉座の隣に跪きし栄光。
秩序の熾天使『バンバーン』
神に最も近き四柱の内の一人。
その側近が、私にそう述べた。
「戦乙女・・・ですか?」
「ほぅ……もう自我に目覚めたか、流石はバンバーン様が指名した天使だ。それならば、十分に素質たり得よう。」
いきなり訪れた好機。相対してしまったのはただの偶然……ではない?
不意に、前世の記憶が思考の中に過ぎり、膨大な魔力が私の魂に直接流れ込む、それは激痛を伴って私の姿は魔力によって肉体が構築され、過去。私が全盛期を迎えていたであろう戦場での姿となっていた。
武器が心にあるのを感じる。
前世のスキルと同様に感じるが、いささか此方の方が存在感が強い気がする。
「ギフトはどうやら届いたようですね。セリカ・シグルドリーヴァ?」
「は・・・はい。」
目元まで覆われた純白のフードを被った側近は、何かを見ていた。
何の前触れもなく、その側近はどこから出したのか聖典のようなものを開き口を開いた。
「セリカ・シグルドリーヴァ。貴女に与えられた権能は三つです。一つは『真剣』。二つは『不屈』。そして三つは『魔力増幅』です。___これら権能は全て、あなたが前世で積んだ称号をもとに与えられています。過去に、三つの権能を手にした戦乙女はいません。貴女はきっと素晴らしい戦乙女になるでしょう。」
側近の口元がにっこり笑う。その隣に輝く、卵のような琥珀色の物体。
否、秩序の熾天使バンバーン様の御姿。
一瞬だが、ドラゴンのようなご尊顔が笑っていたような気がした。
「強く気高き『戦乙女』。貴女にその器を与えます。セリカ。貴女の行く先に光を指しなさい。神の威光を、悪魔を滅するのです。」
「……はい。」
言葉が力とともに脳内に染み渡る。
感覚で分かった恐ろしく強大な力。人外の膂力とは別の魔力的な力。
過去にこれほどの魔力を受けたのは、いつだったか・・・。
何百何千年と前の人間であった私を救って下さった御方。
………遥か過去を懐かしみ、しかして行動はする。
力の根源を感じ取り、それを感覚的に理解をした。
「さぁ、セリカ。行きなさい。その力で___悪を滅しなさい。神の威光を知らしめるために。貴女はこの瞬間から、戦乙女、セリカです。」
「はい。」
立ち上がり、簡単にお辞儀をしてバンバーン様と側近の方に背を向け、白く輝く巨大な両扉を開け外へ出た。
戦乙女の力を得て、脳内は前世とは比較にならないほど澄み渡り、身体は驚く程軽い。活性化された脳内の影響なのか、人間だった頃の記憶が幾つも蘇り同時にこの力の使い方も、私の存在意義も理解する。
前世の知識など、この世界では何の意味も為さない。
寧ろ何故、前世の知識が残っているか理解に苦しむ。
魂だけの存在である下級天使から、戦乙女として選ばれた私。
神界の存在を維持する為だけに昇華された魂だけの存在である下級天使から、天使へと昇格し『戦乙女』の名を与えられる事など、過去に一度もない。
神界は、人間の住う世界から見れば死後の世界だ。
神界を維持する魂だけの存在である下級天使は、人間や動物が死後、安息を齎されるように、それを守り続けるだけの存在だ。
故に、私のように昇格する事などありはしないし、まさか過去、人々に様々な影響を与えた英雄達を差し置いて、私の様な存在がこうして肉体を与えられ、天使として召し抱えられるなど、あり得ない。
と、思いたいが、これは事実。実際に私と言う存在は戦乙女として存在し、戦乙女としての役割を与えられた。
【発見次第、即殲滅】
それを脳内で理解し、反芻する。
単身での悪魔殲滅。
敵を上空から索敵、強襲し殲滅する。所謂遊撃だ。
成程、確かに私の権能は他の権能に比べ遊撃戦に最も向いている能力だろう。
『真剣』は己のイメージを形にし、心の強さでその強度を決める。
自身の思いで強くなる武器創造の権能。消耗する武器がないのは補給の乏しい遊撃戦においてもありがたい。
『不屈』は『真剣』に必要な心の強さを補強する補助権能のようなものだ。心が折れる事がないよう、その精神力に磨きをかける権能。
『魔力増幅』は文字通り、己の魔力量を増幅させる権能。
天使にとって魔力は必要不可欠な存在であり、悪魔界における瘴気は天使に必要な魔力を激減させる力があるが、この魔力増幅は、それに対抗できる強力な権能だ。
どの権能も、私が生前手にしてきた称号に基づいた能力だ。
過去を思い出してしまい、思わず手を握る。
自身が戦場で倒れ、そのまま意識を失った時には、すでに天使として召し抱えられた後だ。
これほどの無念が有るだろうか・・・
守るべき者を守れず、戦場で無様にも倒れる。
それがしかも、敵にやられた訳でもなく、単純な自身の身体が脆弱だった為に死んだ。
元より延命処置を陛下より受け、本来診断されていた余命宣告を十年ほど引き伸ばして頂いてはいたが、まさか陛下に最後を見届けていただくお約束すら守ることもできず。重要な戦場で敵と交戦することもなく倒れ伏すなど……。
後悔してもしきれない。正に慚愧の極み。
しかし、陛下はよくこんなお言葉を私に送ってくれた。
『セリカ。物事は大抵、なるようにしかならん。起きたことは仕方ない、次にどうするかが重要だ。___さぁ、お前ならどうする?』
その答えはいつだって私は・・・・
「今を、生きます。私のやりたいように。」
『それでこそ、俺が認めた唯一の、真の勇者だ。』
何度だって挫けそうになった。それでも私は……それが正しいと思ったことを貫き通す。
世間に流されるまま流され、今を生きる。
それは私の人間だった頃の生き方で、その在り方は天使となった今でも変わらない。
***
悪魔の返り血は、人の返り血と何も変わらないものだった。
真剣によって生成した剣を振り払い、目につく悪魔のすべてを屠った。
鮮血は私の髪を濡らし、背中に生えた四枚の翼も汚す。
人であった頃の私の 容姿は人に疎まれる醜い姿だった。
疫病を齎し、不幸を振り撒くとされた、鉛色の髪。
当時の魔王と同じとされた琥珀色の瞳。
忌み子として扱われた私は物心ついた時から独りぼっちだった。
誰かに認められたくて、ずっと一人でいろんな事をこなしてきた。
村を守るために剣を鍛え、村のために狩猟をしたり、武器を作って傭兵団に売ったり。
なんだってこなした。ひたすら鍛錬を積み、一生懸命村の為になることを考えた行動してきた。
たとえ石を投げられても、どんなに雑魚だと罵られても、私はそれが正しいと信じて行動した。
でも・・・・・
ある時、村は滅んだ。
___私だけを残して。
そんな時、私の前に何の前触れもなく現れたのは目元まで深くフードを被った魔法使いだった。
「あなたの倒すべき敵は、【皇帝】です。セリカ。」
怪しい魔法使いは言う。
「南方に現れた、皇帝を名乗る者の仕業ですセリカ。この惨劇は、あなたの仇はそこにいます。」
いきなり現れた怪しい魔法使いの言葉に、まともに相対したのは偶然ではない。
それはきっと私に、生きる意味を与えた言葉だったから。
そこに自分の意思はなく、ただ流されるままにその言葉を聞いた。
「しかし、今のあなたではかの皇帝に遠く及ばない。ですから、力を目覚めさせましょう。」
何が見えているのかも、その表情すら見せることの無い魔法使いは、私の中にある眠った力を呼び起こすという。
そこに拒否権はなく。気づけば脳内にある言葉が響いた。
《申請受諾。対象に称号『勇者』を付与します。》
《称号『勇者』を入手しました。》
感情のない無機質な女性の声色と共に、私の中の何かが溢れ飲み込んだ。
「さぁ、皇帝を……殺しに行きなさい。」
______あの時と同じ、誰かに操られた様に、ただただ悪魔を討滅する。
ただ作業的に、単純作業の様に悪魔を殺す。
血は、醜い私に色を与え、私を美しく染める。
私は私が正しいと思う事をする。
与えられた役割を果し、私のやりたい様にやる。
人を、悪魔を、生物を殺す事に抵抗がない訳ではない。ただ、流されるまま生きていたら、殺す事も厭わなくなっていた。最低な人間。
でも、殺した分以上の命を救った。
私はそれが正しいと信じているから。
悪魔も人も変わらない。
唯一違うのは、悪魔は死ねば肉体が消えるが、人間は死んでも肉体が残る事だ。
だけど悪魔の返り血は、付着してしまえばその肉体が消えても消える事はない。
私が倒した悪魔の分だけ、私の髪は紅く染る。
まぁそれでも、神界へ戻る頃には身体が浄化されて何も無くなってしまうが………
だからと言って、何があると言うわけでもない。
従って私は、今日も役割に従って仕事をこなす。
ただ機械的に悪魔を殺す。
そんな天使は、天使なのか?
天使の定義など。この世界にはどうでも良い事で。
彼女にとってはそれが役割で、与えられた仕事であり、それ以上でもそれ以下でもない。
元より壊れた人間は、何かが突出して壊れている。
神の奴隷である天使で、鋭く尖った優良な武器は彼女であった。
ただ、神の誤算は彼女が前世を取り戻した事にあった。
神の計算に間違いは無い。
間違いがあるとするならば、それは、誰かが関与しているに違いない。
物語の計画は破綻し、新たな計画が躍り出る。
ハッピーエンドとバットエンド
それを選ぶのは誰なのか、運命を握る存在は未だ居ない。
次回!タイトル未定!更新日未定!
サービスサービスぅ!
あーあ、仕事終わんねぇな……。