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第一話『血銀の天使』

悪魔すら魅了し滅すは天使

血のような朱に染まった杯

 その中に注がれた粘性質の液体を一息に呷る。

如何に状態異常への耐性が優れた悪魔でさえ、酩酊させる魔性の酒。

 まるで液体は炎のような熱を伴って喉をゆっくりと滑り落ちた。

熱は全身に、足の先から頭の天辺まで隅々まで広がる。


「こりゃ本当の話ですよ。赤熱の地に四肢を裂かれた魔王の話は知ってるでしょう?・・・現にかの憤怒のシロン率いる大魔王軍が、兵站を整えているって話ですよ・・・。」


「そうかい……かの暴れん坊大魔王様は、いつだって兵站を整えていると思うが?」


周囲の様子を伺うようにひっそりと実しやかに語る青年の悪魔を見て、俺は鼻で笑った。


それは、くだらねぇ話だ。

この広い世界にたった一人で、悪魔を滅する為に現れた『天使』とやらが存在するらしい。

その天使の前には、絶対的な種族相関関係をもって俺たち悪魔を須らく無に帰すのだという。


もちろん、現物を見たわけじゃねぇ俺は、何があったかなんて知るわけもねぇ。

だが、今の状況から大抵のことは想定できる。


ひっひっひ・・・


こいつは宝のにおいがするぜぇ

俺の強欲が疼いていやがる。


それを抑えるかのように、再度差し出された杯を呷る。

いくら酒が強力だろうと、俺が泥酔するまで酩酊しないし、意志さえあれば酔いを消し飛ばす事だってできる。

磨き上げられた杯に写った俺の眼はぎらぎらと欲に輝いていた。


強欲はこれだからいけねぇ。


きなくせぇ。嫌な予感がするぜ。

ほんの五千年前に勃発した大魔王軍と虚構軍の戦争の直前よりもひどい空気だ。流れが来ている。状況の変化がすぐそこまで。


これはきっと言葉では言い表せない長い年月を生きた悪魔の勘だ。


匂いがする、宝の匂いが、戦火の匂いが。

死の匂いであり、栄光の匂い。


「まぁ落ち着けよ、小僧。敵さんの狙いをよぉく考えな。」


「敵の……狙い?」


「ああ」


基本的に悪魔ってのは自分勝手だ。

故に周りは敵だらけ。味方といえども油断は出来ねぇ。

昨日の敵は今日の友、昨日の友は今日の敵ってな。

そうはいっても、今は共通の敵が居て、皆で対策を考えようって話だ。


悪魔には闘争本能が宿っている。強い本能だ。そいつがしばしば判断を鈍らせる。


「天使が悪魔を滅ぼそうとしている。そいつは分り切った話だ。だが、今の俺たちに何の関係がある?奴の狙いは軍を構成している悪魔の群れじゃないのか?」


「・・・いや・・・でも・・・」


仮に天使が本当に悪魔を滅ぼしに来ているのなら、狙うのは先ず軍隊だ。

俺たちのような、放浪者を狙っても、特に打撃は少ない。

だからこそ、最初の襲撃も、魔王軍のトップである魔王が滅された。

物事には何かの理由があるってもんだ。


「怯える必要なんかねぇ。天使は敵だが、俺たちの敵じゃねぇ・・・それに、敵対したところで俺の強欲は満たされねぇ。違うか?」


「違わない・・・です。」


不満気な表情でうなずいた。

まだ、理解しなくてもいい。長く生きればそのうち分かる。


「そんなことより、今は考えるべきことが有るだろう?」


「えぇ・・・そうですね。」


小僧が周囲の視線を気にするように視線を向ける。

辺境の草臥れたバー。音楽はなく、ほかの悪魔もほとんどいない。そもそも酒を飲む悪魔は殆どいない。

居るのは俺たちに酒を提供する変わった悪魔と、テーブルの上で突っ伏して寝ている哀れな悪魔だけだ。どちらもの力も、俺に比べるとはるかに弱い。


「また、宝の地図がでました。」


「ひっひっひ、いいねぇ。今回で何回目だい?」


「今月に入って5回目ですね。あたりは3回。今回はどうでしょうか。」


宝の地図

こいつは俺たちの欲望を満たすための絶対的なアイテムだ。


「ひっひっひ、こいつはまた、楽しめそうだなぁ・・・・あ?」


耳を裂くほどの爆音


刹那に衝撃が、バーの建物ごと吹き飛ばした。

空中で態勢を整え、両足で着地する。

木造のバーの瓦礫を踏み砕き、衝撃の原因を見据えた。


そしてその存在を感じ、俺は、自分の強欲を忘れて、死を覚悟してしまった。


___それは少女だった。


理解ができない。これまでに積み重ねてきた経験とは違う未知に手が震えた。


「あ・・・あれ・・が・・・天使・・・?」


呼吸が止まる。


悪魔の俺からすると、そこまで高くはない、一回り小さな少女。体の大きさに見合わない大人びた容貌。鋭い視線と小高く膨らむ胸。

白の肌に琥珀色右眼に紅玉のような左眼のオッドアイ。背に生えた二対四枚の純白の翼に、腰まで伸びた白銀の髪。


その身を包むのは、何の装飾もない武骨な銀鎧(シルバーアーマー)


その姿を見たのは一瞬。少女の瞳がこちらを覗いた瞬間。

その鎧や髪は、真っ赤な俺の返り血を浴びその純白さを鮮血に染める。


失われていく意識の中、俺はそれでも少女を見ていた。


血を浴びても眉一つ動かさない白銀の天使。


誰が呼んだかその名前『鮮血(ブラッディ)()天使(エンジェル)


そんな安直な名前じゃあ、少女の姿は表現できねぇ……


そうだなぁ・・・・・・


血銀の天使(ブラッディ・シルバー)』ってのはどうだい? ひっひっひ。


悪魔の魂はそこで消滅した。

血を浴びるその姿もまた。美しいものだのだろう。

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