第四話『断罪』
当てが外れた俺は、果てさて枢機卿閣下にどう報告しようかと、思考を巡らせつつ歩いていた。
それ故にあまり周りの事を気にしていなかった事が、後に良い方へと転がるのだろうと、俺は思いたい。
なんでそんな事考えているかだって?
フッ……決まっているだろう?
「…………」
「…………」
「…………」
視界に入る二人の男。
序列一位エトに、ジャスティス。
この二人に挟まれて、俺は今馬車に揺られて何処かへ向かっている。
どうしてこうなった。
………いや、事の発端はあっさりとしている。
例の如く俺が帰ろうとしていたらジャスティスに捕まった。それだけだ。
うん。意味が分からん。
「………ジャスティス。フクロウ。お前達、なぜ俺の馬車に乗っている。」
沈黙を破ったのは意外にもエトだった。
いや、これは正常な反応か。
「神がそれを望まれたからです。」
「チッ……もういい。」
ああ、早い。理解することを辞めた。
なるほど、状況が理解出来ていないのは、エトも同じらしい。と言うか俺とジャスティスが勝手に馬車に乗り込んだだけなので、俺たちが降りれば全て解決するんだがな。
そんな事考えつつ口には出さない。出すとロクなことにしかならんだろうからな。
「言っておくがジャスティス。これは俺の試練だ。手を出すなよ。」
「勿論ですエト。貴方の試練に手出しはしません。」
「その言葉……忘れるなよ。」
「ええ、神に誓いましょう。」
二人が誓いを交わしている間に、俺は外の様子を伺った。
正確な場所や位置は全く分からんが、森の中にいる事はわかった。
日はまだ明るく、車輪の音がガタガタとうるさい。
だが、それ以外の音が殆ど聞こえない。
風はなく、草木の揺れる音は無い。
天候によって森の音は違う。
静かな時だって勿論ある。
しかし……なんか嫌な静けさだ。
まるで、何かに見られているような……
その時。男の悲鳴が上がった。
続けて馬が興奮して暴れ、馬車が停止する。
その異常事態にエトが真っ先に外へ飛び出す。
続けてジャスティスが降り、それに続いて俺も馬車から降りた。
状況を把握する。
頭部を失い斃れる男の身体、御者を失い興奮していた馬は、枷が外れ逃げてしまったかと思ったが、頭が良いのか何かに怯えているのか、馬車の近くから全く動こうとしない。
「一体なんだ。」
「同志。神敵です。」
「……この気配。30は居るな。」
それぞれが、敵さんの気配を感じ取っているらしい。
魔力感知の使えない俺には全く分からんが。
「_____まさかお前達から仕掛けて来るとは思っもいなかったぞ。」
エトが誰もいない草木に向かって語りかける。
そしてその返答は直ぐに返ってきた。
「刻は来たのだ。エト。決着をつけようか。」
現れたのは真っ白の何も描かれていない仮面を付けた一人の男。
体躯はエトと変わらない。しかし、その男からは常人とは違う。何か別なモノを感じた。
「白仮面エニー・ギスタ。裏切りのクルセイダー。貴様をあの時、殺しておくべきだった。」
「クク……今更あの時の事を後悔しても遅い。結果今、俺とお前はこうして対峙している。」
「ああ……だからここで、宣言しよう。」
エトの手元に現れた、銀のメイス。
ジャスティスの持つメイスとは違い、鉛のように濁った光を帯び、その大きさはジャスティスのそれの倍の太さはある。
使い慣れている。軽く空中で振るわれたそれ。
風を切る音は雷鳴のよう。
ああ、魔力感知の無い今の俺でも分かる。
この感覚。この男は……間違いなく。
「『断罪』を開始する。」
強い。
「フハハハハッ!それでこそだッ!エト・エンデルスゥゥッ!」
エトの姿が消える。いや、今の俺では正確に追う事は出来ないが、その砂塵の舞い方から、彼の足取りを予測した。
音と衝撃に火花が散った。
エトはメイスを振るい、対するエニー・ギスタと言う男は、素手で対抗する。
一目で分かる、完全に人間では無い。
「同志。我々は残りを相手しましょう。」
今まで黙っていたジャスティスに言われ、エトとエニー・ギスタから視線を逸らす。
目前に現れたのは黒い髑髏の集団。
「これは、黒髑髏か?」
「そうです。そして、あの中心にいるものこそ、黒髑髏さん。その本体です。」
ごめん。全員同じ真っ黒衣装に黒髑髏の面だから分からん。
中心何処だよ。完全に囲まれているんだが。
ジャスティスが相棒のメイスを振り上げる。
どうしようか、取り敢えず武器がないので逃げるしかないな。うん。
因みにフォルテをここで使う事は絶対に出来ない。
魔物使役してますなんて、コイツらの前で言ったら絶対、異端審問かけられるからな。うん。
「ところで同志。」
「なんだ。同志。」
「馬には乗れますか?」
まるで意図の分からない質問。状況考えろよ。
「乗れるが、なぜ今?」
「あちらの馬を使い、学園へ戻って下さい。」
えぇ、きて早々戻るの?
いや、別に良いけどさ。
「何故。」
「同志。神託です。」
なるほど神託か。うん。理解しようとする方が馬鹿だ。
「分かった。同志。では、道を開けてくれるか?」
「それは勿論です。同志。」
その言葉を聞き、直ぐ様硬直する馬に飛び乗り、言うこと聞かせる。
馬の扱いは慣れてるぞ俺は。
怯えて震えている馬を落ち着かせ、しっかりと手綱を握る。
「友よ________行きましょう!」
ジャスティスがメイスを振るい、数十の黒髑髏を圧倒して回る。
隙を見て俺は馬を走らせ、言われた通り学園を目指して森を突き抜けて行った。
***
「はああああああああああああああああッ!」
「はははははははははははははははははッ!」
幸いな事に、邪魔をする者は須らくジャスティスが相手をしている。もしもアレだけの邪魔者を相手するとなると、少々厄介だった。
今回ばかりはジャスティスに感謝………いや、絶対しない。
飛び降りると同時に、重力に任せメイスを叩きつける。
エニーは既に体勢を整え、狂気を孕んだ笑みで、これを片腕のみで防ぎ切る。
地面は土。踏み固められた固い土ではあったが、この衝撃を受け大きく砕け凹む。
それにより足場が崩れ、体勢を崩した。
反撃の間を与えずにエニーに連続攻撃する。それを慣れた動作で受け流す。
一撃一撃を的確に処理する動作。受け流されたメイスの衝撃波で、辺りの木々や地面は崩壊を始める。
相手の表情に張り付いているのは愉悦の感情だった。
チッ_____攻め切れていない。それは間違いない。しかし、反撃の余地は与えてはいない。だが、この感覚は______
打撃の合間に退魔術『縛の矢』を放つ。メイスとは逆方向から放ったそれはエニーの首を貫き____________
「ぐぁ______ッ!」
「チッ____________やはり貴様。悪魔にっ!」
矢が突き刺さった傷口を禍々しい煙が包みこむ。
まさかとは思ったが、罵倒するように咆哮する。
「人を辞め、悪魔に魂を売ったかッッ!」
「そう、全てお前を倒す為に。」
「そんな事でッ______!」
メイスの一撃一撃に全力を込める。数多の悪魔を消し飛ばす重さの筈だが、エニーは全てを受け流している。
力で拮抗しているのでは無く、技術で対応している。
悪魔に成り下がりながらも、人の技術を使ってみせる。悪魔に魂を売らずとも、十二分にその力を発揮出来ただろう。
「残念だよ______ッ!」
「ッ______」
今までの攻撃よりも数段速くメイスを奮った。テンポが僅かに狂ったエニーの体勢が崩れた。
絶好の隙を逃さず、全力の一撃を側面から叩き込む。
「ぐぉ____」
衝撃に、骨の一ニ本潰した手応え。大きく弾け、回転しながら吹き飛ぶと、数メートル遠くの地面に背中から落下した。
エニー・ギスタ。元序列二位のクルセイダー。彼の主武器であったメイスは、前回の闘争により破壊した。
武器を失った彼が次に武器とした、その結果が……悪魔。
呼吸を整える。メイスを構え、獣の眼差しを向けるエニーを見下ろす。
「愚かだな。エニー。まだ人ならば勝機はあったが、悪魔殺しを専門とする俺に、悪魔になって挑むとは。既に勝負はあった。」
「くくく………あはははははは______
断罪エト。お前はまだ、世界を知らない。例え俺の身が朽ちようとも、教主様がおられる限り、我々の野望は消えない。」
エニーが諸手を上げ、まるで跳ね上がるように飛び掛かってくる。爪、歯、拳、足。
悪魔に部分的損傷は、数秒もかからない内に治癒されるが、体力面までは癒されない。だが、五体満足のその肉体は、消耗する人間にとって脅威となる。
といっても、対悪魔戦をこなしてきた俺にとって、それは誤差の範囲である。結局悪魔は、その悪魔の格によって強さが決まるのだ。そこに技術は無く、悪魔の格の限界が、必ず存在していた。
悪魔を殺す事に躊躇は無いし、その手段は何百と持っている。
しかし、問題はそこでは無い。
エニーから吐かれた『教主』という単語。デイラ神教団の教主はエニー・ギスタでは無い?
となればコイツは囮……
「貴様が教主では無かったのか!?」
「愚かな、俺が教主だと______ハハッ!此奴は傑作だッ!ならばエト。この闘争。我々の勝ちだ。俺を教主と見誤っていたのなら、既に魔法粉は我らが教主様の手中にあるッ!」
話にならない。舌打ちする。
距離を置いて後退する。飛び掛かってくるエニーを、退魔術『聖者の鎖』で拘束し時間を稼ぐ。
この状況下、誰か枢機卿に報告しなければならない。そして新たなクルセイダーの要請。もしもエニーの言っている事が正しければ、既に手遅れかもしれないが、何もしないより____マシだ。
息を大きく吸い、咆哮する。
「ジャスティスッ!フクロウを枢機卿の元へ走らせろッッ!」
返事は無い。
しかし空に打ち上がった閃光玉が光を放ち、了承の合図と判断した。
ならば次は目前の問題を解決しよう。
鎖によって縛られたエニーの顔に疲労は無く。ダメージも無い。
だが確実に疲労は蓄積している。
人間もそうだが、悪魔も疲弊する。
いや、正確には悪魔は魔力が減っていくと力を失っていく。
悪魔の格によって、その魔力の量は決まっている。たしかに個体差は若干あるだろうが、それでもその器の大きさには限界が存在する。
今もこうして、立っているだけでも、少しずつ魔力は削られている。
本来悪魔はこの世には存在ができない。
存在できない筈の存在が、そこに存在していれば、当然それはこの世の異物と認定される。
それこそ無尽蔵の魔力さえあれば、永遠とこの世に存在できるだろう。
それこそ魔王と呼ぶに相応しい存在だ。
だが、エニーはその器では無い。
その証拠に、彼の魔力は既に底をつきかけている。
「手間は取られた、だがそれだけだ。」
「俺はお前を越える______」
「不可能だ。悪魔に堕ちたお前では。」
鎖で縛ったエニーの前に、メイスを振り上げる。
天に突き出したメイスは、天の加護を受け、光を吸収する。
鉛のように濁った俺のメイスは、薄っすらと淡い光を放ち宣告を待っていた__________________
「退魔術『断罪』」
__________________宣言し、メイスをエニーの頭蓋へと振り下ろした。
ども、ほねつきです。
ええ、分かってます。
これからはもう少し頑張って早く投稿します。したいです。
え?前も同じ事言ったって?
では、また!