第三話『変化』
お待たせしました。
ガネット・フィン・エカルラートはいつになく苛ついていた。
枢機卿より伝えられたとある命令。
それは暗躍するデイラ神教団よりも遥かに重要であり、他のクルセイダー。序列一位や三位では対応出来ない内容であった。
「チッ……ほんと何しに来たのよ。」
「そう仰らずに……あの子もきっと学院長にお礼を言いたいんですよ。」
「はっ!地面に刺さった剣を抜いただけで英雄気取りのバカに、お礼を言われてもね。だったら敵国の一つや二つ潰してから来なさいよね。」
「あはは……」
侍女を連れ、教国のとある港へ足を運んだガネットは、その苛つきを侍女に吐きながら、こちらへ向かってやってくる、一隻の帆船に視線を向けていた。
ガネットに下された一つの命令。
それは、アルグレイド大王国の『勇者』ルイシュターゼ来国に伴う対応であった。
教国は世界で唯一の中立国家であり、世界で珍しい軍隊の無い非武装国家である。
中立国家であるが故に、その人の往来は他国とは比べ物にはならない。
その往来する人々の中には、勿論各国の著名人や王族も多く訪れる。
そして今回は、選ばれし者である『勇者』がやって来たのである。
彼、ルイシュターゼは教国との付き合いは長い。
教国の運営する魔術学園。
彼はその生徒だった。
必然的に対応するのは面識のある、学院長。ガネットが抜擢された。
__________と、表向きにはそう公表されている。
忘れてはならない。彼女は教会の暴力装置。異端・異教徒殲滅官である。
教会が現在最も恐れている事態。
それは、反乱因子による魔法粉の流出であった。
億が一にも、反乱因子の存在や、魔法粉の存在を漏らしてはならない。況しては、クルセイダーとデイラ教団による闘争が流出するのも以ての外だ。
先程も述べた通り、教国は世界で唯一の中立国家であり、非武装国家である。
平和とも言えるこの国で、その様な事態があると、露呈してはならない。
ある意味で教国は、平和と言う名の欺瞞で繁栄を築いて来た国家なのである。
もし、今回の件が勇者の耳に、目に入ろうものなら、教国の信頼に深い傷を付けることになるだろう。
況してや今回訪れる勇者は、まだ若く。好奇心旺盛で問題や揉め事に良く首を突っ込むジョーカーだ。
何かしら問題を起こす事も考えられる。対応は慎重に行わなければならない。
普段ならもう少し冷静な彼女の対応があっただろうが、今は状況が状況であった。
「チッ……ほんと、面倒な役割ね。」
故に彼女は苛ついていた。
***
「………司書R。いるか?」
会議の後、ジャスティスと別れた俺は足早に《空典塔》へと足を運んだ。
理由は簡単だ、彼ならばもしかすると、何かヒントを得ているかも知れないと。
相変わらず人っ子ひとりいない図書館に、気配もなく座っている司書R。
一度挙動がおかしくなってから、最近はずっと普段通り落ち着いている。
「やぁ、フクロウ。今日はどうしたんだい?探知魔術は、諦めたんじゃないのかい?」
「いや、今日は違う。一つ聞きたいことがあってな。」
「へぇ、また何を?」
肘をついて見上げるように彼は問う。
「『夢が失われた時、幻は現れる。』この文言を聞いた事はあるか?」
「いや、無いね。なんだいそれは?」
即答か。
まぁ、仕方ないな。
「『魔法粉』というものは知っているか?」
「ああ、それなら知っているよ。_______もしかして、さっきの文言ってその魔法粉のキーワードか何かなのかい?」
「察しが良いな。ああ、その通りだ。」
「へぇ……そうなんだ。」
「その反応からして、魔法粉については何も知らないな?」
「_____そうだね、何も知らない。」
「そうか、なら仕方ないな。」
残念だ。しかし、仕方がない。
知らないものは知らないのだ。
それ以上でも以下でもない。
現状、ダヌ・ヴァンダリの位置を把握しているデイラ神教団。彼らが場所でも教えてくれれば良いんだがな。
「ありがとう司書R。また来る。」
「ああ、また………ね。」
俺はその時気づかなかった、去り際の俺を見つめる司書Rの、僅かな変化に。