第二話 『俗事に過ぎない』
お待たせしました、
『通信魔術教会第六支部』
教会の持つ通信技術を専門として取り扱うこの建物は、教会内部での連絡のパイプであり非常に重要な拠点の一つである。
その規模は世界に数百を超えるとされ、全世界の情報をいち早く収集しているとの事。
そしてこの拠点は、情報収集だけでなく、その通信技術の高さから、会議室として使われる事が多々ある。
今回もそれを目的として、 ここへ出向いている。
正確にはジャスティスによって連れて来られたが正しいが。
しかしながら、どうもジャスティス。俺を連れてくる事を何も伝えていなかったらしく、ジャスティスは会議室へと通されたが、何やら中で揉めているらしく、お陰様で俺は廊下で待ちぼうけである。
組織において報連相がないジャスティスには、全員手を焼かされていると見た。
まぁ普通そうだよな。頭おかしいもん、あいつ。
「お待たせしました同志。」
「ああ。」
そうこうしていたら、話を終えて出て来たジャスティス。
その口振りから見るに、俺も中へ入れてもらえる事になったらしい。
だが……すごく入り辛い。
何故ジャスティスの藍色のローブの端々が、黒く焼け焦げているのだろうか?
一悶着……というか乱闘があった様に見えるが、気のせいか。気のせいだな!
気を取り直しジャスティスの背中を追う様に、会議室へと入った。
とてもじゃないが、同じ職場の人間が集まっているとは思えないピリピリとした空気。入る前から分かっていた事だが、全くもって歓迎しているわけはなかった。
視線が集中する。
嫌な視線だ。一切歓迎する気のない、暗黒の様な黒い視線。
会議室に居たのは二人。
円卓のテーブルに腰掛け、共に対極になる位置に腰掛け、こちらに視線を向けている。
「チッ……」
一人は我が上司。
序列二位。燼滅のガネット。
見るからに不機嫌な顔に、その周囲に火の粉が散っている事から、大体ジャスティスと揉めた事が分かった。
あぁ、なんでそんな殺す目で俺を見るかなぁ……俺は悪くないぞ。
「…………」
もう一方の強い視線に顔が強張る。逃走本能でも目覚めてしまったのか、逃げてしまいたくなる様な気分になる中、俺は嫌々ながらも、その視線の主へ顔を向ける。
両肘をテーブルに付け、顔の前に手を組み、その表情は伺う事は出来ないが、その眼光で獅子をも射殺してしまいそうなその鋭い眼。教会指定の藍色のローブを身に纏った銀髪碧眼の男。
一般男性と然程変わらない体躯であるが、その佇まいは数々の修羅場をくぐり抜けてきた歴戦の戦士の様な風格。
序列一位__
エト・エンデルス
またの名を、《断罪》のエト_____
彼が異端・異教徒殲滅官。
クルセイダーの最高にして最強の暴力装置。
罪深き者を断つ。
断罪を執行した彼の前に立つという事は_____即ち死を意味する。
そう、言われている。
俺がここへ転移して来た直後に、俺を捕獲した張本人。
その瞳は何を考えているのか、到底分かるものでは無い。
そしてその雰囲気から、苛ついている様に思える。
そして、上座に置かれた淡い輝きを放つ水晶玉。
あれが、全世界の教会を繋ぐ通信機器。
いや、機器というか魔術の類の道具……所謂魔導具の様なものだ。
魔術の殆どを封印されている俺には、一切使う事の出来ない代物だろうが、まぁまず、使う相手が居ないので、絶対使う事はないと思うが。
「……あぁ、そうそう。突然の事だから、最下位の貴方の椅子は用意してないわ。その辺に立ってなさい。」
「お話を聞かせて頂けるだけで光栄です。」
ガネットさまにそう、指示を頂いたので、表面上は快く承ったように見せ、取り敢えず内心、お前が立っておけと吐いておく。
舌打ちでもしてやろうかと考えた所をグッと抑え、ジャスティスが座るであろう椅子の後ろへ立った。
円卓のテーブルとは言え、座席は序列らしい。三名ともに上位に入る序列ではあるが、三位であるジャスティスは水晶玉から位置が遠い。
そもそも俺は円卓の外であるが。
そんな事はどうだっていい。
本題は幻の夢だ。手に入れる。
他者からどう見られようと、俺の知ったことではない。
しかし、今回はジャスティスが居なければ完全に知り得る事が無かっただろう。
その点に関してはジャスティスに感謝をしなくてはならない。絶対口にはしないが。
だが、一体どうだろう。
《魔法粉》について、知り得る事は出来てもそれを手にする事は出来るのかと。
仮に手に入れようものなら、俺は最低でもこの三人を同時に欺かなくてはならない。
さらには逃走経路も準備しておかなくてはならないだろう。
今現段階での俺の力では、誰も相手する事が出来ないだろう。
それでも欺くための案はある。
それも、とっておきのがな。
「枢機卿。始めてくれ。」
っと。今まで沈黙を保っていたエトが口を開いた。
開始の合図らしい。その言葉とともに水晶玉が輝き、そこから労いの言葉がかけられた。
《全員揃った様だな……よくぞ集まった、エト・エンデルス。ガネット・エカルラート。フェルメアス。……そしてフクロウ。》
「ふん、余計なのがいるわね。」
ガネットが嫌味たっぷりに俺を睨む。こいつ絶対いつかぶん殴る。
《いや、優秀なクルセイダーは多い方が良い。それに今回の件は、『製作者』の意見も十二分に必要となってくるだろうからな。》
「……デイラ神教団か。」
エトが言う。
《そうだ。奴らの動きがどうにも怪しい。》
「怪しいのは昔っからでしょ。」
ガネットのため息の様に吐かれた言葉。
間違っていないのか、誰も否定はしなかった。
《そう言うな。ガネット。今回は事情が違う。………今回貴公らを招集したのもこの件だ。》
余程の事なのか、音声だけの枢機卿の声が僅かに重くなった。
それ程の事らしい。しかし、俺にしてはどうでも良い話でもある。早く幻の夢について話せ。
「へぇ。」
枢機卿の言葉に、ガネットの眼が僅かに見開いた。
その眼に光が宿ったのを俺は見た。
興味でも湧いたのか。
枢機卿は一度無言のまま、存在を震わせるような激情をのせてその言葉を吐いた。
《先日、デイラ神教団を張らせていた序列六位と十一位とその部下六名の全員から、一斉に連絡が途絶えた》
「まさ……か」
それは、余程の大事態じゃないか。
16人いるクルセイダーの内二人が死んだ。
その意味に、会議室の空気が一瞬凍る。
「そう……つまりは動き出したってワケね。」
「それもまた、運命でしょう。」
「チッ……」
三者三様の反応だが、明らかにエトだけ、ジャスティスに向かってやったな。
まぁ俺はその全員と会った事ないからなんとも思わんが。
そもそもそんな奴ら知らん。
《由々しき事態だ。奴らの目的……『魔法粉』を、奪われてはならん。》
成る程、全て繋がったな。
「だが、我々はその在りかを知らない。大きく出遅れているな。」
《その通りだエト。認めよう、奴らは我々よりも正確な情報を得ている。》
「で、それでも何かヒントは無いの?」
《勿論ある。そしてこれはまだ、奴らには知られていない、最後の鍵だ。》
「ふぅん……そんなにすごいワケ?」
《そうだ。如何に位置を特定できても、それを成す最後の鍵。否、言い伝えであるが……私にも意味は分からん。》
「何よそれ、意味ないじゃ無い。」
《『夢が失われた時、幻は現れる。』これがダヌ・ヴァンダリを顕現させる最後のキーワードである事は間違いないのだ。》
夢が失われた時、幻は現れる。
うん。分からん。
おそらく『夢』が何かを暗示しているのだろうが、そもそもそれ以外のヒントが無い段階で、どんな考察も憶測の域を出ないではないか。
終わってんな教会。
……だが、待てよ。
解読できるかもしれない奴が、一人いたな……
「_____しかし枢機卿。我々を招集したと言うことは、他にまだあるのだろう?」
《その通りだエト。奴らは動き出した事により、その居所を自ら曝け出した。》
「ほぅ……一体誰が?」
《『白仮面』エニー・ギスタ。信頼の置ける偵察隊が目撃している。奴は既に籠の中の鳥だ_____エト、貴様に任せる。》
「承りました。」
そう言って席を立つエト。
それ以上何も言わず足早に会議室を出て行った。
「チッ……アイツちょっと失礼じゃない。」
俺もそう思う。
「これがエトの正義です。」
お前は安定だな。
《………ガネット。君には別の任務がある。特別な内容だ。残りたまえ。》
「かしこまりました。」
口ではそう言っているが、テーブルに肘をついて答えているのでまるでやる気が無いようにしか思えない。
《フェルメアス。貴様は引き続き、黒髑髏を追え。》
「勿論です。神の御心のままに。」
《そしてフクロウ。》
「はい。」
《貴様はこれについて、何か思う事はあるか?》
無茶振りを……
「_____いいえ、しかし思い当たる節があります。一度それを確認した後、ご報告させて頂いてもよろしいでしょうか?」
《ほぅ。わかった。では報告を待つ。》
「ありがとうございます。」
軽くお辞儀をするが、音声相手にお辞儀は無意味と、やってから思った。
しかし……組織の一員として認められたのか、認められていないのか分からんな。
今回の話が聞けたのも、ジャスティスがいたお陰であり、意外やジャスティスが俺にとって重要な位置にいたりいなかったり。
ふん。まぁいい。
俺の目的はただ一つ。
それだけが叶うのならば、あとは俗事に過ぎない。
運は俺に向いている。
そう思うと俺は、少し口元が緩んでいた。
えぇ、はい。お久しぶりです。
えぇ、はい。少し遅れました。
ええ、反省はしてます。ハイ。
えぇ、勿論、次はこんなに待たせません。ハイ。
では。




