第六話 『司書R』
『____それではご紹介します。フクロウ先生お願いします。』
「はい。________えー、初めまして皆さん、フクロウです。専門科目は『制作』ですが、皆さんの前で教鞭を取ることは殆ど無いかと思いますが、どうぞよろしくお願いします。」
就任式とは名ばかりで、その実態は院内全域に伝わる通信魔術を用いたただの自己紹介だった。
マイクに向かって自己紹介ほど、なんとも虚しいものは無い。
通信魔術を扱う専門の教師に合図を送り通信を切ってもらう。
マイクはあるが、その拾った音を伝えるのは通信魔術を扱う術者だ。
要は術者が通信機な訳だが、なんともこれが高度な技術で、更には相手の脳内に直接伝えるという、精神系の魔法にも近い、高等魔術なのだが、別に相手を殺傷出来るわけでは無い為、今の時代では軽く見られがちだ。
後々、情報戦は非常に重要となる分野なのだが、未だに己の矜持を掛けた闘いを繰り広げるような現世では、この手の魔術は使い物にならないため、本当に低く見られている。
まぁ別に、俺には関係無いからなんと言われようと良いのだが。
閑話休題
就任式と言う名の自己紹介を終え、まず始めのイベントはクリアした。
通信魔術を行なってくれた教師の方に礼を述べ、さっさと部屋を出る。
職員室は、授業前の為か教師の数は数人だ。
軽く挨拶でもしていこうかと思っていたが、見たところそれぞれ職務に忙しそうであったので、そっと職員室を出た。
非常勤講師の為、専用のデスクなどは無いのでここに俺の居場所はない。
しかし、やはり教国という国は金だけはある。非常勤講師の為にも、住居が一部屋与えられ、なんと学院内ならば実験器具等も持ち出しも許可されているという。
自由度高すぎでは無いかと、思いはしたが、別段俺にとってはデメリットも特に無いので、使えるものがあれば使っていこうとは思っている。
さて、まず始めに次の目的地への情報収集といこう。
しかし、情報収集と言っても何をすれば良いのやら、今の俺にはその手の伝手は何一つない。
教会を使うという手は論外。
もしもの時、足がついてしまう可能があるものは極力避けたいが………
***
少し考えた末、やってきた場所は《空典塔》。
ここは主に図書館のような場所だ。
さまざまな分野の本が大量に置かれ、全てを読破する事はほぼ不可能と言われているらしい。
まず必要な情報を入手する為には、人伝ての噂話より、歴史や記録を漁り、そこから割り出していく、少し面倒な方法を試してみることにした。
やはり俺が何をしているのか、嗅ぎつかれないようにするには、地道に情報を収集していくしか無いと考えた。
幸いにも時間はある。
それに探すのは、『四神獣』と呼ばれる有名な四体。
必ず一体は何処かの記録に残っているはずだ。
図書館へ入り、少し辺りを見回してみるが、人の気配はない。
圧倒される程の本がここにはあった。
持ち出し可能とは言え、ここを管理する人間は居ないのか?
こんなに大量の本、絶対管理人いないとダメだろ。
なんて、どうでも良い事にツッコミを入れてみたが、考えてみれば俺にとっては誰もいない方が好都合だ。
さて、早速だが記録書を漁ってみるか。
「ねぇ。キミ。何かお探しかな?」
突如気配もなく背後から声を掛けられた。
振り返れば机に肘をついてこちらを眺める。
黒髪黒眼の非常に顔の整った青年が、そこにはいた。
服装はこの学院のものではなく、紅と黒のアカデミックドレスを着た。
学生の様な男。
フォルテの魔力感知にも引っかからず、更に完全に気配を消していた。そいつは、居ずまいからは大した事無さそうだが、この完璧な気配遮断は見事と言いたい。間違いなく、これが命を狙っていたのなら、俺は死んでいたのではないか。
そう思えるほどの気配の無さだ。
しかし………
「ふむ、関心しないですね。生徒は今授業中の筈ですよ。」
一応俺は教師ではあるので、注意はしておく。授業中に図書館にいるのは関心しない。うん。
すると、彼は俺の顔を見た途端、僅かに硬直した様に見えたが、直ぐに口を開いた。
「問題有りません。何故なら僕はここの人間ですから。」
そう言うと青年は、魔術陣から本を取り出し、それを肘置きに扱う。
少し肘の高さが低かったのかな。
………いや、違う待て。
「今のは……」
「ん……これ?これは、『収納』の魔術の応用さ。気にしないで。」
_______いいや、違う。
今のは明らかに転移魔法だった。
魔術陣から現れたから一瞬、魔術の類いかと思ったが、魔術陣に書き込まれていた術式が明らかに魔術のものとは違っていた。
それは俺も良く知る術式で、本来ならばこの時代には失われている筈のものだった。
『破滅魔法』
この男が行使した魔法は、破滅魔法の術式が用いられていた。
この時代には使える人間はいない筈だが………こいつ、一体何者だ?
得体の知れない男に、警戒レベルを最大限に引き上げるが、この男には戦闘の意思は無さそうにも見え、少し様子を見た。
「そうか。____しかし、君は一体ここで何を?」
「何をって聞かれてもなぁ……。僕はこの図書館の管理人だよ。」
管理人……居たのか。
「管理人……ならば一つ尋ねたい。」
「どうぞ。」
「『四神獣』についての記録が見たい。出来れば最新のものが。」
「そうだね……。」
すると青年は少し考える素振りを見せると、静かに二階の本棚を指差す。
「記録書関係は二階に、一番最新のものを漁っていけば良いよ。____そうだなぁ、《死の大陸》についての記録書に、確か四神獣の『戦鬼』が記録されていた筈だよ。」
「そうか。感謝します。」
「ちょっと待って。」
すぐに二階へ上がろうと階段を目指した時、止められた。
面倒ではあるが、呼び止められては無視するわけにはいかない。振り返り青年を見た。
「……君、名前は?」
「………フクロウ。」
「フクロウ………そうかい。じゃあフクロウ。僕の事は『司書R』と呼んでくれ。何でも聞いてくれ、ここに来た客人はしっかりともてなすのが僕の役目だ。」
「そうか______善処しよう。」
そう言い残し、俺は二階部へと足を運び、言われた通り《死の大陸》についての記録書を手に取った。
サッと本を広げ最新の記録から遡る様にページをめくりながら、思考を巡らせる。
司書R。
突然牙を剥く。なんて事は無いだろうが、一体コイツは何者なのか。
司書を自称するからには、この学院の講師なのだろうか?
しかし、俺の記憶が確かなら学院の講師の名前に『司書R』と言う人物は載っていなかった筈だ。
まぁ名前からして偽名なのは分かるが、正体が分からない上に気配遮断が出来る人間に、警戒を解く事はできないな。
………
しかし何故だろうか。
何度その顔を見ても、ピンとくるものはないが、何故かどこかで見た事のあるような気がしないでもない。
_________考えても、答えは出ない。
記憶とは曖昧なもので、必要の無い記憶は摩耗してしまう。
この僅かな引っ掛かりが、気にかかるが、別に今後の行動に支障など無いだろう。
思考を切り替え『四神獣』についての記録を漁ってゆく。
数ページ進めた所で目的の単語が現れた。
【W.E.1514 連合国第18冒険者団
死の大陸南西部にて、四神獣『戦鬼』と交戦。死者32人。帰還者11名、内負傷者8名。
加護獲得者。Bランク『桃姫』
その他、特筆すべき点なし。】
加護獲得者『桃姫』とか言う単語がかなり気になるが、必要なのはこれでは無い。
W.E.1514となると、今が1522年だから、8年前の話になるのか。
流石にここまで過去の記録だとアテには出来ないな。
果たしてそこに居るかどうかは分からない。
困ったものだ。
10年以上過去の記録を遡ったとしても、現在の位置がそこに居るとは限らない。
一番足取りが辿りやすい最新の記録が8年も前だと、これは行き詰まりそうだ。
「司書R。一年以内の記録書で、『四神獣』が記録されているものは無いのか?」
「____そうだね。残念だけど記録されているものはそこにあるものが最新だ。」
「そうか。」
残念だ。出鼻を挫かれた気分だ。
ダルクとかならフラフラしていそうなので、簡単に見つけられると思っていたが、案外簡単にはいかないようだ。
「しかし____随分四神獣に拘っているみたいだけど、何か目的があるのかい?」
「ああ。探している。」
「そうなのか。なら、『戦鬼』であればその位置は知れている。」
「何______それは本当か?」
知っているのなら初めから教えて欲しかった。
まぁ、目的も何も言ってない俺が悪いのだが。
「勿論さ。何故なら戦鬼自身が語っているのだから間違い無い。」
「なるほど、してその場所は?」
「死の大陸だよ。」
「ああ。」
そうか。そうなのね。
んだよ、過去の記録を遡ったとしても、アテにはならないとか言った俺が恥ずかしいわ。
しかし、今更思ったが、四神獣の『戦鬼』って誰だ?
鬼って呼ばれるくらいなら、まずダルクは有り得ないし、ガンマ?いや、無いな。
消去法でベータか。
鬼じゃなくてゴリラだけどな。
だがまぁこれで、ベータの居場所は確認できた。あとはガンマにダルク、シャンだが………
「司書R。『戦鬼』以外の四神獣について、何か知っている事はないのか?」
もう記録書漁るより、こいつに聞いた方が速い気がする。
「無いよ。」
まさかの即答。
「何か無いのか、何でもいい。」
「無いよ。だってよく考えてもみてよ、四神獣は本来見つける事すら困難な生物だ。『戦鬼』が例外なだけで、本来なら記録にすら残らない幻だよ。」
チッ……やはりそんなもんなのか。
面倒だな。
まぁベータの居場所だけでも特定出来た事は、大きな進歩と言っていい。
「ふむ、やはりそういうものか。」
「うん。でも、居場所を割り当てる方法は一つあるよ。」
「何?それはなんだ?」
こいつ、何者だよ。聞けば何でも出てくるんじゃないのか?
司書優秀すぎだろ。
「探知魔術さ。ただし、必要になるのが、探知対象の魔力が必要になってくるし、正確な位置まで掴む事は出来ないけどね。」
探知魔術………
初めて聞く単語だな。魔力感知とはまた別なのだろうか。
だが、魔力感知の使えない今、そう言った相手を分析できる魔術は会得しておきたいところだ。
「なるほど、では是非それを、ご教授頂けないだろうか?」
「良いよ。ただし、一つ条件がある……」
必要であるならば、条件の一つや二つ受け入れよう。
自分の望むものと、相手の望むもの、これは等価交換である事が、借りを残さずに済む最優の手段だ。
だが、残念だ。司書Rの望むものは、直ぐには満たせるモノではなかった。
突如現れた、失われし魔法《破滅魔法》を扱う謎の男。
司書R。
彼の存在が今後、凶と出るのか吉と出るのか、今はまだ分からない。
彼の望むその願いとは?
____そして彼の正体とは!?
さて次回、《−2章−『先に生まれし皇帝』》
お楽しみに。