第四話 『私は成り代る』
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学院内に併設される教会は経営難である。
元々、人口密度の低い土地に教会を建てた所で大して人間が来るわけでも無い。
更に、学院という殆ど閉鎖されたような土地に建つ教会に、一般市民がやって来る筈もなく必然的に出入りする人間は限られてくる。
そう、学生だ。
学生が教会にやって来る事は別段珍しいことでは無いが、問題はその学徒達には教会にとって致命的な問題を抱えている。
お分かりだろうか?
答えは。《金だ》。
貴族を除き、一般的な家庭からやってきた学生など、学院で過ごす事が精一杯である為、教会への献金などできる筈もなく、献金できる余力のある貴族など、そもそもこんな学院内の教会になど来る訳がない。
しかし、そんな収入のない教会が、今の今までそこに在り続けたのは、その地が教会を取りまとめる『教国』であり、資金源が一定額支給されていた事が大きな要因だろう。
だが、教会を維持するだけの金が回ってきても、その教会の利回りが変わるわけでは無い。
故に、その教会は経営難である。
碌な修繕もされていない、この白の三階建ての建物には、学院にギリギリ入学する事の出来た、一般家庭出身の学生達が住まう寮であった。
そしてその中心部には、広く間取りを取って三階上部まで吹き抜けにされた、大聖堂が建設されている。
建物のセンターに位置する大聖堂……もとい大教会の扉を開け中へ入る。
扉を開け初めに飛び込んできたものは、三階上部まで届く神の彫刻と、その背景に造られたまるで手入れの行き届いていない、汚れたステンドグラス。その横におそらく何年も使われていない巨大なパイプオルガンが設置され、祈りを捧ぐ為の赤い長椅子は埃を被り壁が壊れていないのが唯一の救いの大聖堂。
人っ子ひとりいない無音の聖堂に、扉の閉まる音が響く。
誰もいない、まるで時が止まっている様な空間。
薄汚れた白石の床を歩くと、靴の音が大聖堂を木霊する。
「まるで______廃墟だな。」
埃の被った鍵盤を弾けば、長年使われて来なかっただろうパイプオルガンの音色が大聖堂に響く。
拝聴する人の居ない教会のパイプオルガンの音はまるで泣いているかのように虚しく木霊する。
「ふむ、誰も祈る事のない教会で、成果を出せなど____無茶な話だ。」
どう考えても左遷ではないか、これでは。
いや左遷ではないが初任地が、廃墟って、それはどうかと思うのだが。
一応、廃墟ではないが。
おそらく、何年も誰の目にも触れられていない神の彫刻を尻目に、先程の入り口とは別の、影に隠れた扉を開いた。
「ほぅ……」
そこは言わば、アンデットでも出てきそうな、聖堂とは真逆の不気味な部屋だった。
埃の被った机の上には悪趣味な髑髏の燭台に、壁には僅かな本が置かれた、棚が設置され、壁には若干血痕のような跡が残っている。
誰だよここの前任者は……綺麗にして出て行けよ、中途半端に残して出て行くなよ。燭台はあれば便利だから貰うけど、本は持ってけよ、高いんだから大切にしろよな。
そうは思いつつも、本があったら読んでみたくなるのもまた事実。
埃被った一冊の本を抜き取り、埃を掃いて本を開いた。
《神話紀伝~原初の勇者~》
そのタイトルを見て、俺はそっと本を閉じた。
その不自然な動作に、袖口から出てきたフォルテが声を出す。
「バンシィサマ?」
「フッ……」
今のは見なかった事にして、別の本を手に取り開く。
《神話紀伝~デイラの祈祷~》
そして再び本を閉じた。
「バンシィサマ?」
「フッ……」
俺はもう一つ別の本を手に取りそちらも開いた。
《神話紀伝~邪神降臨~》
そして閉じた。
「バンシィサマ?」
「フッ……前任者は余程頭がおかしいらしい。」
そしてその本を、棚へと戻そうとした時、パサリと一枚の紙が落ちた。
それを拾い上げ、少し観察した。
僅かに端が曲がった羊皮紙に、こちらも血痕の様な跡が微かに残っている。
裏を返せば、そこには血の様なもので書かれた、遺書の様な事が書かれていた。
『私はデイラに成り代る。』
意味は分からん。
だが推測はできる。
「はぁ……」
思わずため息を吐き、髑髏の燭台が置かれる机の前に設置された背の高い椅子に腰掛け、部屋を見渡した。
神話紀伝。
それは今から2000年以上昔の出来事を描いた物語だ。
俗に言う神話時代を紡いだ、出鱈目ばかりの作り話だ。
その神話紀伝と呼ばれる物語は、数多く書かれているが、その中でも有名なタイトルが3作品存在する。
それが、『原初の勇者』と『邪神降臨』____そして『デイラの祈祷』だ。
『原初の勇者』と言うのは、神から生み出された最強の人間の事で、その力は全ての勇者の原点とされ、近代を生きる勇者達はその原点から一部を扱っているに過ぎないらしい。
そして闘争に於いて、勇者に死はなく。絶対的な勝利者である。
その勇者を主人公とし、その最期までを物語るものが、この『原初の勇者』という本だ。
『邪神降臨』は、文字通り、邪神が降臨する話で、登場人物として原初の勇者と、それに仕える三人の英雄と、一体の悪魔の物語だ。
『原初の勇者』にも、邪神は登場するのだが、あまり深くは語られない。
この物語は、邪神が降臨して、滅ぼされるまでの間をピックアップした内容の本だ。
そして、『デイラの祈祷』。
こいつは本当に酷い。
『原初の勇者』の物語にも、良く登場する、デイラと呼ばれる悪魔の話であるのだが、その在り方は勇者の成長を阻害する悪役であるのだが、この『デイラの祈祷』では、その悪魔を主人公としてその一生を描いた物語なのだが。
兎に角酷い。
何が酷いかというと、その立ち位置のぶっ飛び具合だ。
物語序盤では、仮面を被った神官として登場し、困ってる人や、災害に遭った人々に祝福を与えたり、悪さをする悪霊を退治したりと、悪魔なのにいい事ばかりするただのいい奴として描かれる。
そしてその行為を讃えられ、悪魔デイラは神官の中でも最も誉れ高い『高位神官』の位を与えられ、高位神官へと至った悪魔デイラは、次章で全く別の人物として描かれる。
そう、勇者の邪魔をする神官の皮を被った悪魔として、描かれるのだ。
どうしてそうなった、、、そんな疑問は無視され、兎に角悪魔デイラは悪役として勇者と敵対するのだが………
途端、次の章に入れば、勇者に説かれ、勇者に仕える者として、影で勇者を支える存在に変わる。
フラグも何もない、本当に唐突に……だ。
そして月日が経ち、クライマックスには勇者と英雄達と共に、神官姿で肩を並べ最終的に邪神と共に自壊しその物語が終わる。
最初から最後まで無茶苦茶な内容で、フラグも何も無いその物語は本当に酷い。
________そして、お気付きだろうか?
この、『デイラ』と言う悪魔。
少しだけ、文字を変えて見てほしい、そして、悪魔デイラが手に入れた神官としての称号と、合わせて読んでみてほしい。
すると、こう読めないだろうか?
『高位神官ディラ』……と。
お分り頂けただろうか?
そう、この《神話紀伝~デイラの祈祷~》の主人公、悪魔デイラのモデルは________この俺なのだ。
だから酷いのだ。
作り話だとしても、あまりにも事実とかけ離れ過ぎて酷いとしか言いようが無い。
事実は小説よりも奇なり、とかことわざがあるが、俺から言わせて貰えば、事実は小説よりも単純だ。
「はぁ………」
「バンシィサマ、イッタイドウシマシタ?」
「____いやなに、大した事はない。」
____過去に……それは《三百年戦争》後期まで遡る。
当時、『高位神官ディラ』と言う存在を模した愚鈍な人間がいた。
この戦争を終わらせる。などと、無力な分際で《沈黙の皇帝》に挑み、無様に死んだ人間が居た。
その在り方は人間の中でも異質で、それに加担する人間は、一人も居なかった。
孤独。
それでもその愚者は挑み、散った。
彼は、狂っていた。過去の産物に囚われ狂い、その愚かさに気付く事なく死んでいった。
『私はデイラに成り代る。』
過去の過ちを繰り返す者が居た。
形は違えど、きっとその在り方は同じだろう。
愚かにも、その過ちに気付かないまま、死んでいくのだろう。
…………こんな奴とは絶対に会いたくない。
「フッ……さてと、ひとまず。」
どうでもいい事は頭の片隅に追いやり、思考を切り替える。
目的地には到着し、粗方の探索は完了した。
次に、何をしようかと。立ち上がった時、クゥ〜と奇妙な音が自分の腹の方から聞こえた。
「____ふむ。」
そういえば、しばらく飯がまだだったな。
「まずは腹ごしらえと行くか。後のことはそれから考えよう。」
「ゴハンッ♪ゴハンッ♪」
魔物は別に食料を必要としない筈だが、何故かフォルテがノリノリで、おそらくツッコミ待ちなのだろうが、無視して部屋を出た。
「食堂はどこだ?」
そして俺は、しばらく館内を散策し、この建物に食堂が完備されていない事を、約一時間後くらいに気がついたのだった。
____無駄な時間を過ごしたな。まったく………




