最終話 『__狂いだす』
お待たせしました。序章最終話。
素に《大地の心臓》を______
礎には《神獣の甲羅》を___________
楔に《白象の牙》と《天馬の角》______
器に《禁断の秘薬》を___________
供物に捧ぐは《相殺し合う魂の核》。
器を以ってくべよ。
火は《毒》で、水は《幻》。
第一に《神の石》をくべよ。
第二に《天地の秘宝》をくべる。
第三に我が血をくべよう。
受け皿に《魔力樹の葉》を捧ぐ。
くべよ、注げ、満たせ、欲せ、
理を破却し、全てを忘れよ________________________。
「____________目醒めろ」
実に666もの術式を重ね、組み上げられた魔術陣に、魔導書に指示された通りに触媒と魔力を組み込んでいく。
起動の詠唱と共に、何の反応も無かった魔術陣が強く、暗い闇の様な光を放つ。
晴天だった空が突如黒い雲に覆われ、辺りは真っ暗な夜を迎えた様に静まり返る。
そこに魔術陣はただひたすらに暗い闇の光を強く放ち続け停滞している。
この状態は、まだ魔術が起動してはいない。
今は、次の詠唱があるまでただ光を放ち続けるだけの置物と何ら変わりはない。
術式から術式へと魔力の流れを変え、常にその性質を変化させる。
不規則に流れている様に見える魔力は、実は規則的に動いている。ただ、そのパターンが何通りもある為、術者はそれを見極める技術が必要となる。
この魔術陣が発動するタイミングはある一定の位置に、魔力が5回繰り返しで流れる時間がある。
数字で示せばコンマ25秒。魔力は常に動き続け、目を離せばどこかへと消える。
ほんのわずかなタイミング、魔力が僅かに跳ねた瞬間、魔術を発動させる。
実の所、ここで失敗しても別に困る訳ではない。
この魔力の流れは、規則的に流れている。つまり、別に失敗しても次に同じ魔力の流れに変わるまで、待てば良いだけの話だ。
だが、俺がそんな簡単な事を失敗する筈が無いがな。
______来たか。
全神経全意識をこの瞬間に集中させる。
一瞬、魔力が術式にぶつかり反射する。
一回……二回………跳ねた!
素早くその魔力を空中で別の術式へと繋ぎ合わせ、詠唱を開始する。
「起動せよ。◼️◼️◼️◼️__「バンシィサマッ!!」
フォルテの叫び声。それは一瞬にして爆発音によって掻き消される。
「くっ____秘薬がっ!」
凄まじい衝撃。
草木を抉り取るかの様な衝撃波がこちらを襲い、咄嗟に掴める範囲の触媒を掴み体へと寄せ守る。
「ぐあっ!」
「バンシィサマ!!」
全身を叩きつけるかの様な痛みが襲い、まるで風に紙が吹き飛ぶ様に、俺は紙切れの様に吹き飛ばされる。
守り切った触媒を袖の中へとしまい、必死に肩に捕まるフォルテを手の中に収めた。
この不安定な状態での着地は不可。
覚悟を決め、背中から落下する。
「ぐっ!」
「バンシィサマ!ダイジョウブデスカ!?」
大丈夫じゃないぞ。満身創痍だよ。
言葉が出ず、この突然の攻撃の犯人を睨む。
空を覆っていた暗雲を裂き、まるで隕石の様に高速でこちらに向かってくる、ドラグよりも一回り小さい緑の龍。
その爛々と輝く鱗のような煌びやかさなどカケラもなく、その勢いはどこをどう見ても戦闘狂。
何故俺が狙われているのか、その理由は判らないが、最悪だ。
アムリタの秘薬の魔術陣は破壊され、触媒の大半が消滅し、挙句俺はこうして王都サン跡地まで叩き落とされた訳だが……
「なにっ……!」
突然脚に絡みついた蔦。
それは明らかに自然に生え出たものではなく、魔法によって作られたものである事を理解し、そして理解したくもない現実を、俺はこの眼に映してしまう。
エメラルドの龍の背に跨る、黒髪の男。身にはアダマンタイトで作られたしなやかでいて、硬度な鎧を纏い、左手には俺の創世の剣を構え、俺を睨む。
「沈黙の皇帝ぇぇぇ!!」
「ちぃぃぃぃ………!!!」
衝撃。
今まで見てきた筈のあの勇者とは明らかに違う、この気迫。
そしてこの、異常な膂力。
攻撃を受け止めた剣が容易くへし折れ、まるで紙切れの様に吹き飛ばされる。
落下する瞬間、地面から生え出た巨木を咄嗟に身体を捻じ曲げ躱す。
「ぐがっぁ!」
「バンシィサマッ!!」
フォルテを掴んでいない右腕が抉られ、顔面から地面に打ち付ける。
今までに味わったことの無い程の激痛を、抉れた腕に回復魔術を施し応急処置を済ませる。
勇者と龍が上空へ舞い上がり、助走をつけている僅かな時間、俺はフォルテへと指令を伝える。
幸運な事に、酷い激痛のお陰で冷静な判断が出来る。
「フォルテ、俺がアレを引きつける。その間にお前は先の転移魔術陣を発動させろ。」
「デスガ、バンシィサマ____「300秒だ。」
フォルテの話を遮り、淡々と命令だけを下す。
「300秒。これがタイムリミットだ。それ以上は______残念だが保たん。」
この激痛が無ければ理性すら保てなさそうなのだ。反論は許さない。
「……認めよう__________今の俺では、お前達には、『勝てない』。」
フォルテを転移魔術陣のある方角へ投げ、俺は上空の龍と勇者を睨んだ。
「お前がその名で俺を呼ぶのなら、此方も相応の対価をくれてやる。」
体内に渦巻く魔力を放出し、形を作る。
「破滅魔法______」
その魔力は形を成し、複数展開される。
破壊を象徴する紫の魔法陣。
俺の背後左右に十ずつ展開し、それらは俺の手の動きに連動し動く。
両手で狙い。魔法陣は収束する。
これは俺の最大級の返礼だ__________名も知らぬ天龍族。
………そして、勇者。
「エタニティ・バスタァァァァァ!!!!」
あるだけの魔力をふんだんに使い、大陸すら破壊する大魔法を撃ち放つ。
標的の突撃に合わせて放った破壊を司る大魔法の光線に、その標的を一瞬にして包み込んだ。
「__________でぇぇぇぇぁあああああ!!!!」
エタニティ・バスターから抜け出たソレには、傷一つ無く、疲れすら感じさせない程、裂帛の気合いが入り、刹那に俺に衝撃が加わる。
龍から放たれた見えない『ブレス』。
刃を持った突風の様なソレは、今の俺では防げない。
全身に切り傷が入り、空中に打ち上げられる。
「グッ_______なっ!」
「しねぇぇぇぇぇぇぇ!!」
打ち上げられた俺の直上。勇者が単身で、創世の剣を突き立て落下する。
武器は無い。魔法を発動する余裕などある筈もなく。
剣の切っ先は、心臓目掛けて襲いかかり、咄嗟に右手で剣を防ぐ。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!!!!!!」
腕の肉が引き裂かれ、言葉に出来ない痛みが脳を刺激させる。
全身に電気の様な衝撃が走り、意識が飛びかける。
全身を地面に叩きつけられても、腕を裂かれた痛みが全てを塗り潰す。
______まだ、だ。
たかだか腕の肉が裂かれただけだ。まだ五体満足なんだ。この程度で……この程度で………
「俺は死なねぇぇぇぇぇ!!!」
千切れかける右腕を左手で抑えつけ、全エネルギーを脚に回し、大地を蹴った。
衝撃で地面が抉れるが、ソレどころでは無い。
舞い上がる土を煙幕代わりに、奴らの視界を遮り、全力で転移魔術陣のある場所まで地を蹴り跳ぶ。
龍に見つかり、空中で『ブレス』を浴びて、吹き飛ばされるが、都合よく、魔術陣の近くに落下した。
まだ____死なねぇ。
地面を這ってでも生き残る。
ここで死ぬのは、死んでも御免だ。
魔術陣のある階段を転がり落ち、激痛を堪えながらなんとか立ち上がる。
「バンシィサマ!ナント、ヒドイッ!」
手当をしようとするフォルテを、睨んで止める。
視線をずらし、転移魔術陣を見た。
淡い光に包まれ、術式の中を循環する魔力の光を見て、既に発動手前である事を理解した。
すぐ様フォルテを摘み上げ、肩に乗せてその魔術陣の中心に立つ。
「『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼』️」
別の転移陣とは既に同調が取れている。後は転移の現象を待つだけ。ただ、その間、約十秒の隙が生まれる。
「GAAAAAAA________!!」
「ヒェエ!?」
「チッ……」
天井が咆哮と共に引き剥がされ、天井を破壊した張本人とソレに跨る勇者と視線が交わる。
転移までは五秒______
対して奴らは既に攻撃状態にある。
万事休すか。
四秒__________
その瞬間、勇者と龍は横から飛び出した黒い物体に阻止される。
「_______ドラグッ!」
思わず叫んだ。
三秒______
弱々しい力のドラグは、龍を羽織り締め、動きを封じるが………
「ハッ___!」
勇者の持つ創世の剣の一振りで、突き飛ばされる。
二秒___
ドラグを押し退け、龍が此方を向いて《ブレス》を構えた。
「オオオォォォ!!」
一秒_
放たれたブレス。
それと俺との間にドラグが入り込む。
「グアァァァァ!!」
ドラグの身体がその攻撃に耐え切れず、全身が折れ曲り、そして______
「バンシィ……」
アイツは、俺を見て笑った。
胴体が消し飛び、ドラゴンである面影はそこには無く。
俺の目にその姿は焼き付いて__________
____世界が変わった。
***
____音の無く、小洒落た物など一つもない、ただの光る鉱石が辺りを照らす洞窟の中、彼はそこに居た。
「………………」
「バンシィサマ、イタミハ?」
右腕の再生を行ったフォルテが、地面に着地する。
力無く、肩を落とし壁にもたれる、バンシィに返事は無かった。
今の彼の眼には、何も映さず、ただひたすらに暗い世界だった。
「______ぁぁ………あ……ああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア"ア"ア"ッッッ!!!」
「バンシィサマ!ヤメテクダサイッ!ウデッッ!トレチャイマスッ!!」
彼は既に、生きる希望を見失っていた。
ただ今は、壊して、壊して、壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して__________
それを忘れようと______ただ、壊して。
______でもそれは、無意味な事だと悟って。
辞めた。
「______なぁ、フォルテ。」
「ハイ。バンシィサマ。」
弱々しく、何を見ているのかさえ分からない彼は、小さな岩の従者に問いかける。
「______俺はこれから、どうすれば良い?」
小さな従者は答えない。
答えても、主人の心を癒す事など出来ないから。
小さな従者は怨んだ。自分の力の無さを。主人を救えない己に怒りを覚えて。
小さな従者は何も言わずに、そっと彼の肩の上に座ったのだった。
………さて、これにて序章は終わりです。
やっとこさ、第1章に入っていけます。
え?なに、言いたい事が山ほどあるって?またまたぁ。
まぁ、何にせよ、これで物語が始まる訳でありますし、いいんじゃないですかね。ハイ。
第1章からは王道の皮を被った邪道ストーリーを展開していきますよー。(願望)
ブクマ、評価してくださると、僕が喜びます。
では、また。