第六話 『相棒』
「______オイ」
眠りを妨げるように呼び起こされ、瞼を開けば、眼の前にはエメラルド色に煌く巨大な龍がいた。
「…………」
「やはり生きていたか、人間。」
心配でもしてくれていたのか、その龍は俺が起き上がるとフゥと息を吐いた。
教本でしか見た事が無かったが、龍というのは本当に、人間の言葉を話す事が出来るらしい。
何故俺の、眼の前に居るのかは全く意味が解らないが。
「____ッ?!」
稲妻でも走り抜けたかの様な衝撃が頭を貫く。
そして頭に何かが流れ込んだ。
____
______
__________
「沈黙の皇帝ぇぇぇ!!!」
雄叫びを上げ剣を振るう俺自身。
「俺に剣を抜かせるか____」
だが、その剣を向けた黒髪の男は容易く躱してみせる。
「____だが、遅い。」
頭が理解出来ない程の間に、握っていた剣は弾き飛ばされ、男の挙動すら理解できず、意識はブラックアウトする。
***
「これから冒険者達への素材の山分けがあるから、私もそっちにむかうわねんっ♡」
「ああ、はい。いってらっしゃい。」
屈強な肉体を持った女性が走り去り、冒険者の集まる場所へと入り込む。
報酬に群がる人の中に、紫のローブを纏った男と視線が交わる。
その姿を見て、俺の記憶に残る『沈黙の皇帝』とその姿が重なり合った。
「____沈黙の皇帝。」
思わず溢れたその名前。
祖国。グレドニア帝国の憎むべき敵。
絶対悪。
仲間の仇。
帝国民の敵。
祖国の仇。
そうだ_________
_______________
__________
______
「沈黙の皇帝は、倒さなければならない」
「ン?……何か言ったか?」
思考が現実に引き戻され、理解した。
全て納得した。
何故俺が、今ここに龍を目の前にしているのか。
そして、俺自身が一体何なのか。
この身体の名は、ルイシュターゼ・アル・コンツェール。
彼の記憶が混同して、情報の整理は未だ追いついてはいないが、最新の記憶を思い出すと、彼は魔物によって死んでしまった。
だがしかし、奇跡は今俺の身を持って体感した。
『輪廻転生』
果たしてこれが、輪廻転生と呼べるのかはさておき、改めて自身の情報を確認しよう。
俺の名は、『カランド・ニコラン・コロランド』。今は亡き、グレドニア帝国『十二勇士』の一人、『緑の勇者』を拝命されていた。
………そう。拝命されていたのだ。
全ては過去、このルイシュターゼの記憶が全て、過去の歴史として記憶してくれている。
状況の把握もこれだと楽だ。
しかし、謎は多い。
彼の記憶には既に、『沈黙の皇帝』は封印されたとなっているが、それでも彼の記憶には、『沈黙の皇帝』の変わりのない姿を捉えている。
大皇国の象徴。
大皇国設立当初から、変わる事のなかった『皇帝』という象徴。いつしかそれは、物言わぬ飾りと大差が無くなり、人はいつしかそれを『沈黙の皇帝』と呼んだという。
置き物と変わりないと、高を括っていたが、やはりその力は本物だった。
だが何故、あの時『沈黙の皇帝』が現れ、そして祖国を滅ぼしたのか、考えてみても訳が分からない。
首都への警告のない攻撃など、軍事法規上あり得ない行為である事には変わりない。
後に外国からの圧力も全てかなぐり捨てるなど、国家の長としてあり得ない。
「オイッ!!!聞こえているか!?」
耳を破裂させられそうな怒声によって、再び現実に戻される。
「すまない!少し考え事をしていた。」
「ムッ、聞こえているのならば良い。して、人間。一つ聞きたい。」
俺よりも圧倒的に巨大な龍は、宝石の様に煌く鱗を持ち、その鱗を観察してみれば、その一枚一枚に高濃度の魔力が込められている事に気がついた。
これ程の魔力が体内を循環しているとなれば龍というのはやはり、『魔法』が使えたりするのだろうか?
気になるが、今はそれを聞く時ではないな。
離れかける思考を押し戻し、その龍の言葉に耳を傾ける。
「……何故、助けた。」
意外。……でも無い。たしかに疑問に思うだろう。
何故、全く関係のない第三者である俺が、いやこの場合は彼が、他者の戦いに割って入るなどという行動を起こしたのか。
俺にも分からない。
だがしかし、原因を探るならば、それは案外手元にあったりする。
『創世の剣』
俺が生きていた時代、魔術歴1400年代にも伝説として存在していた代物。
当時の俺も、この現物は目にもしたし、勿論抜こうとも試みた。
だが結果は察しの通りだ。
当時最先端の魔術学を駆使して尚、解析不能との判定が下された神話時代から伝わるとされる、曰く付きの代物。
これに身体は惹かれたのだ、まるで誘導するかの様に、そして彼を殺した魔物の言葉。
『貴様程度が、手にして良い玩具では無い______逝ね。罪深き者よ。』
《罪深き者》これが一体何を示しているのかは分からないが、俺はどうやら何かとんでもないものを、手にしているのではないだろうか?
「分からない。気づけば身体が動いていた。」
「何?……面白い事を言うな。お前________それの所為で、お前の仲間は全員死んだんだぞ。」
「………」
辺りを見渡せば、たしかに彼の記憶にいた筈の魔術師達の動かぬ姿が目に入る。
だが、そんな事を言われても俺にとっては関わりの皆無の相手だ。それに、死んでしまったのは仕方の無い事だ。悔やんでばかりはいられない。
「死んでしまった事は仕方がない、死者は蘇らないからな。」
「ククッ……面白い奴だなお前。」
龍はニンマリと笑うと、愉しそうに顔を俺に近付ける。
「ならば、もう一つ聞こう_______」
「ああ、いいとも。」
何を聞かれるのか、予め質問される内容を予測していると、その龍はなんともシンプルで、なおかつ俺にとって重要な質問を投げかけてきた。
「____人間。お前はどうやって帰るつもりだ?」
「…………」
見渡しても見渡しても、俺が乗ってきた飛行船は無い。
なにもかも、跡形も無くなってしまっている。
………さてと。
「乗せてくれ。」
「クハハッ!断る!」
「乗せてください。」
「断る!………だが人間。条件によっては、乗せてやらんでもない。」
ここに来て、龍から条件を突きつけられ、否応無く頷く。
俺は正直なところ、この龍を頼るしか今のところ道がない。
それをこの龍は理解している筈、つまりはこれは強制、または脅迫と言っても過言ではない筈だ。
「俺様は、今。お前と、その剣に興味がある。特に、その剣だ。この俺様でも、ビビっちまう程の魔力を秘めているな。それがあれば………」
成る程、この曰く付きの代物がお望みか、だがこれは渡すことなどできる筈ない、渡せたとしても、それは今後の俺の生命に関わる。創世の剣のない、創世の剣に選ばれし勇者など、一体なんの価値があるというのか、王国は迷わず俺を切り捨てるだろう。そんな愚行は犯せない。
しかし、この龍の目的はそれではないらしい。
「人間、俺様はお前のその手腕もかって条件を出してやる。ズバリだ。人間。お前は『聖龍王』を倒すと誓えるか?」
それは、予想にもしていなかった内容だった。
「……『聖龍王』を倒す?」
「そうだ。俺様は『聖龍王』をボコボコにする事が目的だ。だが、俺様には致命的な欠点がある。………それが、魔力だ。」
「?_____何を言っている、貴方の魔力は見る限りでは多く見えるが。」
「ククッ、俺様は特別でな、その魔力は全て鱗の魔力であって、俺様本体の魔力ではない。俺様自身は、魔力を殆ど持っていないと言ってもいい。要は何が言いたいかと言うとだな________人間。お前、俺様の剣になれ。」
「ふむ。」
理由はどうであれ、この龍がだした条件は、悪くない、寧ろ良いくらいだろう。
なんせ龍を連れて王国へ帰ればそれこそ英雄扱いになるだろう。
問題は、その目標だ。
「『聖龍王』を倒す為に、俺に剣になれと言うのか?」
「そうだ。お前が剣で、俺は盾。簡単だろう?己に足りないものは、他から補えば良いのだ。」
なんと簡潔的な思考の持ち主だろうか、この龍は。だがその考え方は非常に共感が持てる。
「悪い条件では無いな。」
「そうだろうな。差し詰め、俺様とお前は、『相棒』と名乗っても問題ない様な条件だ。」
その瞬間、龍の一言により、頭の中に声が響いた。
《『相棒』宣言を受託しました。》
《個体名。ルイシュターゼ・アル・コンツェール。
個体名。グレイブ。
は、称号『相棒』を入手しました。》
「ムッ?」
「なんだって?」
声が聞こえなくなると、身体が軽くなった様に感じた。
これは………一体。
「まさか______今のは……ククッ。喜べ人間ッ!どうやら俺様とお前には、天からの助太刀もあるらしいぞっ!」
もしこの龍が人間だったのなら、スキップでもしていそうな程、喜びを露わにして、突然俺を摘み上げ、その巨大な背中に乗せた。
「おっ……おい。」
「気にするな!気が変わった!お前の好きな事もやって良いぞ!俺とお前、『聖龍王』など顎で扱ってくれるわ!」
状況の飲み込めない俺を、そのままに龍は突然空を飛んだ________
何処へ行くのかも分からずに、俺はただ、振り落とされないように必死で龍に、しがみついたのだった。
次は、ディラ視点です。