第四話 『いと暗き皇帝』
まさかの二話連続投稿。
多分、これは思い出したところで、何の意味もない記憶だろう。
____何故なら既に、終わった事なのだから。
約100年、俺からすれば大した時間ではなかった、だがそれは人の人生一つ分の、時の長さがあった。
今は無き、グレドニア帝国は俺を怒らせた。
一体どんな策を使ってやったのかは知らないが、奴らは俺の相棒を、
ティー・ターン・アムリタを殺した。
下らない話だ。
偶然、何かの間違いで、アムリタは死んだのだ。
大した力もない勇者を名乗る十二人の人間が居たからとて、そんなもの誤差に過ぎない。
奴らに粛清を下す事は簡単だった。
それはそうだろう。
何たって俺は『不死身』だ。
死のない俺に、いずれ死ぬ人間が勝てる訳がないのだ。
まぁ、不死身でなくとも、大陸を消し飛ばすことの出来る俺に、勝てる道理などない。
だが、それでも俺に剣を抜かせた存在はいた。
エメラルドのような髪色をしたグレドニア帝国の勇者の一人で、強さこそ、当時の俺には強くなどなかったものの、あの絶望の場において恐怖を殺し、刃を抜いたあの勇気、研鑽された風を纏って自身がまるで風のように動くあの様は、『天災級』の魔物であるアイラヴィタを仕留めた、勇者の姿と重なった。
『緑の勇者』カランド・ニコラン・コロランド。それが同時、俺に剣を抜かせた勇者の名前。
俺の『創世の剣に選ばれし勇者』。ルイシュターゼだったか。あの男の戦う様は、酷くそれと酷似していた。
嫌な予感がする。
輪廻転生とか、他人事なら面白いなのと一言で終わるが、これがもしも、自分に対して敵意を持った相手だったら………
いや、まだ不確定要素が多過ぎる。
たまたまあの勇者の得意分野が風の魔術で、たまたま、似たような動きになってしまったという可能性も十分ある。
それに、奴が未だ、自分の前世に気づいていない可能性だってある。
確信など一切ないのだから、考えるだけ無駄だと分かってはいても、もしも俺の障害になり得るとするならば、厄介極まりない。
____と、そこまで考えて頭を振った。
何にせよ、俺の目的は達成されようとしている。
今奴がどこに居るかは知らないが、まさかただの人間では魔力過多で死んでしまう、死の大陸である『神聖地』に向かっているなど、考えはしないだろう。
二千年以上も昔の、《三百年戦争》の爪痕が未だ深く残る大陸。
血で血を洗い、阿鼻叫喚を産んだ地獄の戦争。
過去にも後にも、あれ程酷い戦いなどないだろう。
人の死体や魔物の死体、おそらく当時の全生物が集い、殺しあった地獄の戦争だった。
草木は燃え、動物は死に絶え、大地と海は黒く染まっていた。
そこには正しさなどなく、結局誰も止まらず、終わりの見えない地獄は、その生物の全てを殺す事で_______。
これ以上思い出すのは、辞めておこう。決して楽しい話じゃない。
胸糞の悪い、聞けば胃の中のもの全部出すだけでは済まないだろう。
それ程酷かったのだ、あの戦争は………
その爪痕が、今の『神聖地』と呼ばれるリムサン大陸には、魔力過多として未だに形として残っている。
人間が、生物が、簡単には生きられない理由が、決して神聖だからなんて理由ではなく、神聖とは真逆の、狂った幻想と血と死体によって出来た副産物だなどと、今を生きる人間が知る由も無いだろう。
真実とは、いつだって残酷なものなのだ。
ただそれを、知らないだけで。
時間というのは残酷だ。
何もかもを無かった事のようにする。
『死』というものも残酷だ。
誰かの死は、また誰かの心に刻み込まれるのだから。
だが____俺は違う。
万物の理を超越し、生と死など無為に等しい。
故に、孤独は辛いのだろう。
悠久の時を過ごした相棒が消えた事は、俺にとっては絶望だったのかもしれない。
だが、この辛い時間も終わりを迎えるのだ。この______
『アムリタの秘薬』を以ってすれば。
だから、どうか誰も邪魔はしないでくれ。
肌を撫でる冷たい風が、先の見えない海の上の、船をゆったりと進めて行く。
それはまるで、今の俺の心を、儚くそして冷たく、表現していたのかもしれない。