第二話『去る、皇帝』
お待たせしました、短めです、申し訳ないです。
「正義……だと?」
「そうです。『正義』です。」
罪悪感の見えない落ち着いた声色。だがしかし、この質問には、明らかな爆弾が混じっている。
間違えて火を付けようものなら、有無を言わさず爆発する。酷くシンプルで、嫌な仕様の罠だ。下手な事を言えば、確実にそのローブの下に隠した、物騒なバットを振りかざしてくることだろう。
しかし、避けては通れない茨の道だな。何を言っても、地雷な気がする。この場合は……適当にお茶を濁すべきか。
「……正義か……俺にはそんなもの関係ないな。」
「………」
ほんの一瞬の間。
そして『正義』を名乗る青年は、まるで旧友に会うかのような喜びの表情を浮かべた。どうやら、地雷は踏まなかったらしい。
はっきりと分かるくらいに、清々しいまでの笑みを浮かべ、初対面の俺に一切の躊躇もなく、つかつかと近寄ってくると、右手を伸ばしてきた。
握手の姿勢だ。ふむ、どうやら俺はこの『正義』とやらに、認められたらしい。こちらも躊躇なく手を取る。
自身の手と比べ、全く貧弱に見える手だ。だが、筋力の有無など、この男の本質には関係ない。伝わってくる。この男の『狂い』が。この男は、ヤバい。ざっくりと言えば、危険だ。
『正義』と言う名の『狂気』が、この笑みから読み取れる。これは、何千年と人を眺めてきた、俺だから気づく人間の本質だ。
なるほど、異端殲滅か……消し炭になるまで止まらない………か、確かにそれは言えているな。
「素晴らしい!それが、貴方の『正義』ですね!正に神の僕、我が同胞に相応しい!」
ほらみろ、狂ってる。
「僕は今!喜びに満ち溢れています!『正義』に身を任せこの果ての地まで脚を運べば、まさかこの様な素晴らしい同胞と出逢うことになるとは!僕はこの幸運をッ!神に感謝します。」
ほら、もう。コミュニケーションが取れていない。
「そうか。良かったな。」
「ええ!勿論ですともッ!貴方のその『正義』ッ!是非とも我が同胞……いえ!同志として、迎え入れたいッ!」
あー、やべぇ、ぶっ飛んでるわー。
「それで、フェルメアス……だったか?なんの用だ?」
「いえ!ミスターフクロウ。いや、同志フクロウ!僕の事は『正義』とお呼びください!」
「そうか。」
やめろ、なぜ同志と呼ぶ。お前は何だ?スタ◯リンか?
「運命!まさに運命ッッ!」
誰か、コイツを止めてくれ。
「ジャスティス。俺を迎え入れたいとは、どう言う事だ?」
「おっと、僕とした事が、取り乱しました。いえ、ここへ来たのはただ、『正義』を執行しに参っただけ、そして運命にも、同志フクロウに出会った。……分かりますね?」
いや、分かるか。
「そうか。」
「そうッ!僕は同志に出逢い!僕は初めて、自らの『正義』を後回しにしている!しかし、これは正に運命!神が与えて下さった運命ッ!」
わー、話が進まないよー。誰かタスケテー。
「さて、同志フクロウ。如何でしょう?我らが『正義』の象徴。クルセイダーへ。僕は迎え入れたい。」
うん。多分コイツ、その場の勢いで言ったな。絶対上と何も掛け合ってないわ。この勢いは。それに、こんなヤバい奴がいる集団の中に入るなんて絶対嫌だ。
しかし、断れば……こんな奴絶対地の果てまで追ってくる事は目に見えている。となればだ……
「同志正義。悪いが今はそれは出来ない。」
「なんとッ!……理由をお伺いしても?」
ふぅ……一先ず、いきなりバットを振り回される事は回避できた。
「同志正義。君なら分かる筈だ。」
そう投げかけ、適当に解釈してもらう。
「…………成る程………それは_______素晴らしいッ!」
両腕を広げ、眼孔を開かせ輝いたような瞳で俺を見つめる。
「流石は同志フクロウ!『正義』ですねッ!分かりましたッ!貴方のその『正義』が全うされるまで、私は準備をしておきましょう!」
なんの準備だよ。もう帰れ。
心の中で帰れコールをしていると、ジャスティスは突然、こつこつと部屋の外へと向かう。
「では、同志フクロウ!『大聖地』でお待ちしてます!」
「ああ。」
誰が行くか。
バタンと閉まるドア。こつこつと足音が遠のいた事を確認し、思わずため息が出た。
「あ、フクロウ君。終わったみたいだね。」
「良くもずっと黙って居られたな、ギルド長。」
「いやー、あの手のタイプは、僕じゃどうしようもなかったからね、もしも君が殴られたら、一目散に逃げるつもりだったよ。」
これは、本音っぽいな。ギルド長。手が震えていやがる………確かにアレは、ギルド長には手に負えない相手だな。狂ってはいるが、強い。認めよう。
あれは、勇者に匹敵する人外さの力は持っているな。
魔力がどれだけあるかは知らんが。そんなものは関係ない、正義だ正義だ。とか言って、突撃して来るんだろうなぁ……
敵に回ったら一番厄介な相手だな。
あー、やだやだ。絶対に『大聖地』は行かないようにしよう。あんな狂った奴と仲良くなんてしたくないわ。
さて、目の前の危機は去った事だ、ギルド長になんとか、船でも見繕って貰えないかな。
俺は深くため息を吐き、ギルド長に言い放つ。
「と言うわけだ、ギルド長。悪いが船を一隻俺にくれ。そろそろこの街とも、別れても良い頃合いだ。」
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ギルドのボスと仲良くなっておく事は非常に良い事だ。
現に俺の欲した船を、一隻手配したとのこと。
おまけに食料と水も三週間分を用意し、船に積んでおいてくれたそうだ。
こんなに待遇が良いのはこの街に来て初めての事だが、まぁ厄介者の変態マンが消えるのだからこれくらいは出せるのかな?
船は街から小一時間の、小さな船着場に用意したそうだ。
ラッキーな事に船は、リムサン大陸方向に準備されており、ギルド長は「『大聖地』から離れた位置で悪いね」なんて、言っていたが俺にとってはこれはむしろグッジョブ。
何しろ向かう先はリムサン大陸だからな。
申し訳なさそうにしていたギルド長に、お礼と挨拶を済ませた俺は、その帰り道に一年程世話になった女将さんにも宿代を払い終え、別れの挨拶をとっとと済ませた。
知り合いのいない俺の挨拶はこれだけで済み、純白の雪が一面に広がるクロズエルの街を俺はそっと、離れていった。




