第六話『想像せし勇者』
お待たせしました。
______油断した。
対象から数キロ離れた拠点ならば、そう簡単には襲われる事など無いと、慢心していた自分のミスだ。
創世の剣を振りかざし、見上げる程巨大な脚を樹々を創り出し防ぎきる。
分かっていた筈だった。
なにせ、相手は魔物。それも超巨大な。
数キロの距離など容易く到達してしまうことなど予想はついた筈だ。
それを僕は、拠点だからといって油断した。
強い。見る者を圧倒するその存在。絶対的王とでも呼べる圧巻の気迫。
そのあまりの大きさに胸中に溢れるのは押しつぶされそうな不安____それと死ぬのではないかと言う恐怖だ。
「はぁぁぁぁ……『乙女の鉄拳』!!」
ドォンと言う轟音と共に、弾け飛ぶ巨大な脚。
巨大を一歩引かせたその豪腕の持ち主が、僕の背中を叩いた。
「ルイちゃん♡大丈夫かしら?」
「はい!ありがとうございます。ゴメスさん。」
「もう♡ゴメスで良いって何回言えば良いのかしら♡」
「はは……」
『四神獣』の一角である『戦鬼』の加護を受けるゴメスさんは、女性でありながらその圧倒的な加護の力で膂力を跳ね上げ、『天災級』である八頭白象の膂力すら押し除ける程の力を持っている。
僕もいつか、これくらいにはなりたいものだ。
フッと息を吐き、吸い込む。
恐怖で震える身体に鞭を入れ、全身に力を込める。
そうだ。僕には沢山の心強い味方が居る。
それぞれの武器を握った冒険者達が、僕の横に並ぶ様に集結する。
総勢303名の先鋭冒険者達だ。
それに八頭白象の背後には、僕らと挟撃する形で王国騎士団の方々が既に集結している。
予想していなかったのは、その行動速度。もう少し、冒険者達の合流が遅ければ、確実に潰されていた。
しかし、劣勢なのは確実。
ここから少しでも八頭白象の体力を削らなければ作戦は成功しない。
身体は恐怖を押し殺し、十全に動く事ができる。
巨大な影が此方を見下していた。殺意剥き出しの十六の黄金の瞳。ただ泰然と佇むそれはまるで前人未踏の雪山のようだ。
そして、何より驚くべきはその速さ、巨大な身体を支える脚は、他の魔物すら比べ物にならないほど、強く、重く、速い。
全長千メートルを遥かに超える八つ頭の巨象。神々しくもあるその純白の表皮は鉄のように硬い。その神々しさはまるで神話に出てもおかしくない純白だ。
武器はその八つの頭から生え出る荒々しく尖った牙。そしてその中心から伸びる鉄の表皮を持つ長い鼻。振るわれれば、それこそ巨大な鉄の鞭と呼べるだろう。
これが、百年前から発動されたことのない『天災級』か……
圧倒的力の前に『創世の剣』を翳す。
追撃好機の筈だが、その白象は身動ぎ一つしない。
見下すその十六の眼光は黄金色に爛々と輝き、その威圧は『魔王』と呼んでも差し支えない。
『……ヴォォォオオオオオオ!!』
「来るっ!」
大地を揺るがす咆哮と共に再び巨大な脚が振り下ろされる。
短く息を吸い、丹田に力を入れ、創世の剣に魔力を注ぐ。
創世の剣は樹々を創り出すという、神の所業に等しい剣。世界最強の剣_____その力は、この強大な敵の攻撃すらも、防ぎきってしまう程である。
だから、その力を起動させる為、魔力を込める。
遥か太古の時代より伝わる最強の剣を。
銀に煌く刃に神々しい光が纏った。それはこの剣の力が発動した証拠だ。
流れ込む魔力に自らの想像を絡めて放出する。
剣の力は音も無く顕現する。
頭上を覆う様に樹々が現れ、振り落とされた脚を防ぎきる。
「任せてっ♡『愛の咆哮』!」
ゴメスさんの波動が、防いだ脚を弾き返し、それと同時に冒険者達が飛び出す。
「貫け。『アイスパルス』」
『極氷』エルロットさんの氷雪の弓が、捻じ曲がる氷の矢を作り出し、頭の一つを狙って放たれる。
黄金色の十六の眼が、氷の矢に集中し、白象は動いた。八つの鼻を振り回し、辺り一帯の地面を抉りながら、氷の矢を打ち砕く。
氷の矢が砕け散り、それが霧散する前にその鼻が一部の冒険者団をなぎ飛ばしていた。
息を飲む。咄嗟に剣を振り翳し、迫り来る鼻を樹々を創り出し防ぐ。
創世の剣によって強化された肉体は、その白象の動きについていける。
辺りが巨大な影に覆われ、視線を向ける。
巨大な脚が振り下ろされた事を確認し、衝撃に備える。
「魔天『烈火』!」
「カカッ!ほれっ!渾身の一撃じゃわい!」
『極炎』ターニックさんの放った業火と『酔狂』ボン・ドレさんのハンマーから振るわれた衝撃波が巨大な脚を弾き返す。
挙動が読めない。本来ならば魔物は、攻撃の瞬間に生じる、気配の揺らぎがある筈だが、この八頭白象はその巨大に反する俊敏さを持って、気配や挙動を感じさせない。果てしなく強い。
だけど、勝ちの目はある。
勝利はある。この創世の剣ならば。圧倒的な体躯であっても、タイミングさえ合えば確実に倒す事ができる。
「____来るっ!!」
「カカッ!任せい!」
白象から放たれる強力な鼻の鞭を躱しながら、考える。
創世の剣によって作り出される樹々は、担い手の魔力によって強度が異なる。つまり、魔力を込めれば込めるほど、より強く強靭な樹を作り出す事ができる。
鉄の様な表皮を持つ八頭白象でも、その皮膚を貫く事はできる筈だ。現に、僅かではあるが冒険者達の攻撃は確実にダメージを与えている。
しかし、どれも致命的なダメージとは程遠い。仕留める為には、少しの溜めの時間が必要だ。
「はぁぁぁ……『愛の筋肉』」
ゴメスさんの筋肉が、魔術によって強化され、一段と逞しさを増す。
踏み出したその一歩で大地が凹み、跳躍したその衝撃波に思わず目を顰める。
砲弾の様な爆発力で、ゴメスさんは白象の顔面まで到達する。
渦巻く様な魔力が空中で、ゴメスさんの右手に収束する。
白象の眼光はゴメスさんに集中し、その拳は放たれた。
「プリチィィィバズーガァァァァ!!」
咆哮と共に放たれた拳の衝撃波は、紅く燃え高速で放たれる。
その威力は絶大、白象の立派に生え出る牙を一つ砕いた。
『ヴォォォオオオオオオオオオオオオ!!』
それは憤怒の雄叫びか、痛みの悲痛な叫びなのか、分からない。
だが、大きく怯んだその瞬間は絶好の隙であった。
全魔力を創世の剣に込める。剣の刃が僕の意思に反応して神々しく光り輝く。それは決して朧げなものではなく、闇すら引き裂く大いなる光だ。
想像は剣に伝わり起動する。
例えどんな巨大な身体を持っていようとも、それすら超える巨大な樹ならばどうだ_____
大きい事は決して強さと比例する訳ではない。大きいと言う事は、それだけこの剣の的になりやすいのだ。
輝く光が収束し、その力が具現化する。
魔物の感なのか、異常に気付いた八頭白象が担い手の僕を狙い、鉄の如く強靭な鼻を奮うが既に遅い。
______そして、創世の力は具現化し、山をも超える巨木が、白象の真下からつき放たれた。