第九話『警戒する皇帝』
お待たせしました
ありのまま起こった事を話すぜ!
半年間【薬草採取】クエストしかやっていなかった俺は、いつの間にか街の住人や冒険者達から、戦えない奴だと思われてしまっていた!
Fランクの冒険者は、討伐関係のクエストが受けられない。なんて思っていた俺が馬鹿だったぜ!
……本当だな!クエスト用紙を見れば、【ゴブリンの討伐】はFランク推奨って書いてあるじゃないか!
誰だよ!勝手に変な解釈しちゃった奴は!
……俺だよ。畜生。
仕方ない、忘れよう。
間違える事は誰だってある。うん。惨めになってくるな。
手に持ったクエスト用紙を投げ捨て、馬車の外に視線を移す。
ガタガタとまるで人など乗っていないかのような荒い運転の馬車は、さすが最低賃金の馬車であると、最早感心すら覚える。
「なぁ、フクロウ。お前の能力を知りたい。……構わないか?」
「ああ。良かろう。」
揺れ動く景色から目を逸らし、俺を守ってくれるらしい、三人の少年少女を軽く見定める。
まず俺に声を掛けてきた少年、三人のリーダー的存在のマーティ。
彼は年齢に対して、かなり落ち着きがある。人の能力を知り、それを的確に使おうと、努力しているように感じる。
対してザーツと名乗る少年は、年相応という所か、自信に満ちて、恐れと警戒心が全く無い。この手のタイプは、早く現実を知らないと、早死にするタイプである。
それを教えてやる事は、俺はしないがな。
そして、三人の中でひとつ頭抜けた身長を持った、華奢な少女。
男女では、女子の方が成長が早い、典型的なソレだろう。
こちらも年相応のザーツとは違い、落ち着きを保っている。
三人共、刀に近い刀身のサーベルを武器として持っている事から、彼らは剣士で、魔術の方はからっきしの典型的な冒険者である事が伺える。
【三百年戦争】以降、文明が崩壊した今、魔術を扱う人間は本当に少ししかいない。
これは、一種の天才であるアムリタが手助けをしていない事が理由に挙げられる。
魔術は、百年や千年程度では発展しない。それこそ幾星霜にも近い、長い年数を重ね、魔術師達の智識を積み重ねることで、やっとその入り口が見えてくる。
魔術とは『世界の改変』
書き変え、書き変え、そこに無い『無』の存在を、『有』に変える。
神の所業に等しい行為。
それ程、魔術は習得し難いものなのだが……それをいとも容易く、簡潔にさせてしまったのが、アムリタだ_______
《【三百年戦争】以前の人は、楽をし過ぎた。》
_____おっさんはそう言っていた。
その言葉が意味する事は、何となく読み取れても、その意図は全く読めなかった。
閑話休題
三人の剣士に、一人の神官。
神官の負担が非常に重いパーティー構成ではあるが、それを除けば、攻守共に実に堅実なパーティーであると思う。
「フクロウ。お前、一体何の魔術が使えるんだ?」
「回復魔術。」
「……それだけ?」
「そうだ。」
回復魔術。
魔法を封じられた俺は考えた。
魔法がダメなら、魔術を使えば良いじゃないか_______と。
結果はダメだった。
ならば何故、今は回復魔術が使えるのか、それは俺がヨムという冒険者を回復魔術で回復させたとこまで遡る。
その日まで、魔術なども使用が制限された状態の俺が、怪我をしたヨムを見つめていると、何故か回復させる事が出来そうな気がしたのだ。
試しにやってみれば、出来た。
その後、ステータスを確認してみると、称号に『回復術師』と新たに追加されていた。
何故そんな事が起きたのか、理由は全く分からないが、兎に角、回復魔術だけは何の制限も無く使えるようになったのだ。
まぁ一応、魔法も3回までなら使う事が出来るのだが、こいつは奥の手にしておきたい。
それをこの少年少女達に言う必要は無いので、ただの貧弱神官を演じる事にする。
「お前、剣を持ってるが、剣は使えるのか?」
「人並み程度には出来る。だが、信頼はするな。」
「ああ。分かった。だけどいざと言う時は、自分の身くらい守ってくれよ。」
「案ずるな、足は引っ張らんよ。」
マーティ。実にしっかりしている。
もしもの時の保険。
基本的には守るが、出来かねる場合に、文句は言われない様にしている。
まぁ、出来かねない場合は、だいたい文句は言えない状態になるだろうがな。
「そうか、じゃあ。頼む。」
「ああ。」
ため息に近い返事と同時に、荒々しい運転の馬車が止まった。
「_______おい、着いたぞ。」
「ありがとうございます!」
「…………」
荒々しい馬車の運転手は、これまた荒々しい顔をしていた____________
【眼の洞窟】
そこは、流石にDランクダンジョン。とでも言うべきか、洞窟の至るところには松明で明かりが灯されており、至れり尽くせりと言った所か………
だが、明るいからと言って油断して良いわけではない。
マーティらが、気づいているかは分からないが、既に俺たちは何かの魔物から様子を窺われている。
有名どころならば、『ゴブリン』だろうが、ここは【眼の洞窟】。
眼に由来する、『眼蜘蛛』と呼ばれる魔物に目を付けられていると見て良いだろう。
「行こう。」
「ええ」
「おう」
マーティを先頭に、俺が続き、俺を挟む形で、エリンとザーツが剣を抜いたまま進む。
典型的な冒険者の隊列だな。
別に俺は何でも良い、足でまといにならない様、適当にやり過ごすだけだ。
数分歩くと、正面から四体の『ゴブリン』が現れる。
「エリン。フクロウを頼む。ザーツ。潰すぞ!」
「おう!」
『ギギャ!』
ゴブリンの振り下ろした木の棒を、流れる様に半身で躱し、腰に納めたサーベルを、居合いの様に引き抜き、向かってきたゴブリンを両断する。
ザーツが鑪を踏み込み、両手で構えたサーベルで、ゴブリンの頭を撥ね飛ばす。
血飛沫の上がるゴブリンの身体を蹴飛ばし、動揺するゴブリンにぶつけ、その死体ごと生けるゴブリンの心臓を一突き。
「はっ!」
タンッと、跳ねる様な踏み込みと共に、マーティが最後のゴブリンの首を刎ね仕留める。
成る程。ギルド長が俺を守ってやれと、言うだけの実力はあるか。
マーティにザーツ、共に良い動きだ。
「すごいな。『月下流』か?」
何気なく聞いてみた。剣の流派。
現在剣の流派としては、大きく分けて三つ存在する。
剣を下段に構えた、カウンター重視の『月下流』。
剣を中段に構え、攻守共に移行しやすい『陽向流』。
剣を上段に構え、非常に攻撃的な剣を振るう『後光流』だ。
「正確には、『月下影流』だが、間違ってはいない。しかし……詳しいな、フクロウ。お前も何か流派を学んでいるのか?」
「いや、これでも俺は神官でね、生憎剣は我流さ。」
本当は、それら流派の大元だったりするのだが、そんな事を言っても、彼らが理解できるわけも無いし、信じる筈も無い。言う必要もないので、それとなく誤魔化す。
「そうなのか、神官も大変なんだな。」
「冒険者程ではないさ。」
休憩感覚の会話を終わらせ、再びダンジョンの奥へと進む。
非常に安定したペースで攻略は進む。
元より攻略されたダンジョンではあるが、それでもこの三人の攻略ペースは速いとも言える。
接敵の際、一人を俺に付け安全を確保し、直ぐさま二人で迎撃に当たり、消耗の少ないまま撃退する。
ただ、斥候が居ないのが惜しい。
斥候が居るか居ないかではまた、攻略ペースが変わってくる。
先で待ち構える敵に気付かずそのまま接敵するか、気付いて接敵するとでは、心の構え方が変わってくる。
気付かないまま奇襲感覚で魔物から攻撃を受け続ければ、どんなに強い戦士だろうと、いずれ心に余裕が持てなくなる。
このダンジョンは完全に攻略されたダンジョンではあるから、その様な心配は必要無いが、いずれは必要になる時が来るだろうな。
俺には関係のない事だが。
「階段だ。」
「やっと次の階層に進めるのか……長かったな。」
そんな事はない、ほんの一時間程度で一階層は攻略出来ている。これは他の冒険者と比べ、早い方に分類されるはずだ。
しかし……妙だな。
辺りを警戒しながらも、思考に集中する。
始めからずっと眼を付けられている筈なんだが、全く動きがない。
確かな視線を感じるのに、その視線はパーティーが油断をしていても、攻撃してくる事はない。
何を見ている?
何が目的だ?
この相手をじっくり観察する眼は、僅かではあるが、俺にストレスを与えてくる。
来るなら来いよ、面倒くせぇ……
『!!』
視線を浴びせるその魔物を睨みつける。
その眼は硬直し、だが直ぐに観察を続けるように動きだす。
成る程、監視だな。
となるとこの眼は本命ではない、この眼を操る大元が、確実に俺たちを狙っている。
油断と慢心は敵だ。
いつ来るかもわからない奇襲に、俺はより一層の警戒をしたのだった。