第二話 『歩く皇帝』
この自然豊かな大草原を歩いて数時間。
後方に登っていた太陽が、今は俺とフォルテの真上まで移動し、要らない日射しを浴びせてくる。
「バンシィサマ。シニソウデス。」
「安心しろ……俺も死にそうだ。」
まるで不死身の能力が、機能していないようだ。
悠久の時の中で、ほとんど流す事のなかった、汗を拭う。
しばらく感じる事の無かった感覚だ。
暑い。
全身を覆う紫のローブの袖を捲る。稀に吹く優しいそよ風が、本当にありがたい。
終わりの見えないゴールに、挫折してしまいそうになるのを、頰を叩いて気を引き締める。
こんな人間染みた所作をするのも、何千年振りだろうか?
おっさんは死ぬまで、人間という生き物を、本当に愛していたのだと思う。
文明を崩壊させた《三百年戦争》以来、おっさんは増え過ぎた『魔王』を、自らが『大魔王』として君臨する事で、下手な戦争を起こさないように牽制し続けた。
当時の俺も、それに賛同し、ブゥルムンド大陸から近い、パートラス大陸に『大皇国』を築き上げ、その『皇帝』として君臨し、《三百年戦争》以降、1400年近く不可侵不干渉を貫き、大陸の平和を維持してきたが………
それもまた、俺の行動によって崩壊した。
平和が永遠に続く訳ではない。
それは承知の事だったが、おっさんが死ぬのは承知していない。
俺が封印されて、一体何年経ったのかは分からないが、世界はおそらく混沌としているだろう。
《三百年戦争》以来、人が住む事の出来なくなったこのリムサン大陸は、人と言う一種の天敵がいなくなり、魔物や独特の自然が溢れている。
「バンシィサマ、ナニカイマス。」
肩に乗るフォルテに言われ、足を止める。
相変わらず、魔力感知には引っかからない。周囲を見回し、自分の耳を頼りに、その存在を探る。
カサリ……
草を踏む微かな音が聞こえた。
「そこだ。」
「エッ!?バンシィサマ!?」
肩のフォルテを摘み、音の聞こえた方向へと投げつける。
ゴスッと骨が折れるような鈍い音。
それを確認する為に、踏み込んだ瞬間、慌しく立ち上がる群れの音が聞こえた。
野に生きる草と殆ど同色の、人型の魔物が立ち上がる。
その表情は、久々の獲物でも見つけたような笑み。
人に近い形をしているが、その身の丈と身体の色から、明らかに人間ではない事を示している。
この世界では、よっぽどの人間でない限り、見た事のある最弱の魔物。
『ゴブリン』
単体で相手すれば、大人なら誰だって勝てる存在。
「おうおう……お祭りか何かか?」
しかし、その脅威は、群れる事で意味を成す。
例えば____
辺り一面に顔を出したゴブリン『達』を見渡す。
____こんな風に、数十体群がれば、大人の一人や二人、或いは騎士の一人くらい、簡単に屠る事が出来るだろう。
間近に現れたゴブリンの頭をひっ掴み、数体で固まるゴブリン達に投げつける。
抵抗はあるが、やはり大したことはない。
拳を固く握り、軽く息を吐き、吸い込む。
「面倒だが……三秒で終わらせよう。」
地面を蹴り上げ、舞い上がった土の中に潜む、小石を弾き、的確にゴブリン達の額に命中させ撃ち抜く。
背後を襲うゴブリンを、足払いし腕を掴み振り回し、他のゴブリン達を薙ぎ払う。
ボロ雑巾に成り果てた、ゴブリンを投げ捨て、逃げ始めたゴブリンを、倒れ伏したゴブリンを投げる事で討伐した。
「……うん。五秒だったな。」
数えてみたが、流石に数十体を倒すのには三秒ではキツかった。
流石はゴブリン。群れることだけは一流だな。
「バンシィサマ……ヒドイデス。」
「お、そこに居たのか。」
小さ過ぎて見つからなかったフォルテを、ゴブリンの額の上から摘み上げ、肩に乗せる。
肩に乗せると意外と直ぐに投げやすくて、フォルテは非常に良い武器だな。
下らない事を考えつつも、ゴブリンの死体を踏み付け、先を行く。
太陽も沈みかけた頃、景色の変わらない大草原の、遥か先に、小高い丘を見つけた。
「やっと、景色が変わったな。」
「アッ、ヤット、ドラグサマガミエテキマシタネ!」
……何処だ?
見渡しても、ドラグらしい姿は何処にもない。
「アノデッパリガ、アルトコロデスヨ!アレガ、ドラグサマデス!」
「あの丘が?」
ここからでは、ただの小高い丘にしか見えないのだが……どうやらフォルテは、あの丘がドラグらしい。
……埋められたのか?
まさか死んでる?
……だから俺の封印が解けたのか?
それは、完全に詰みだ。
謎の焦りを感じ、足に力を込めて、その距離を俺は一瞬で移動した。
目の前には、草が生い茂った丘だった。
だがその丘は、僅かに呼吸をしているように、上下に揺れていた。
「………来たか、バンシィ……」
緑の丘が、眠りから覚めたように、動き出した。
幾千の時を共に過ごした、その巨躯を忘れることは無い。
かつて見る者を飲み込むような漆黒の鱗から、草が生い茂る。
しかしその眼光、そのフォルム。忘れることは無い____
「……ドラグ。」
「久しぶり……だな。……まずは謝ろう……バンシィ。すまなかった。お前を止めるには、ああするしか無かったのだ。」
苦虫でも潰したような顔。
俺はそれをみて、文句を言うつもりは無くなった。
「俺こそ、すまん……かなりお前を……その………」
「ギャハハハッ!そんなに凹むなバンシィ!……見ての通り、お前にやられた傷は、元どおりだ!」
「……そうか。なら良かった。」
「その様子だと、頭は冷えたようだな!……よし!そんなバンシィに朗報だ!」
「待て、その前に聞きたい事がある。」
陽気に話を進めそうだったドラグを止める。
「なんだ?」
「ドラグ。ここへ来て、何度も試したのだが、魔法が使えんのだ。何か、知っている事はあるか?」
それを聞いたドラグは、口を閉じて、ムムム……と唸った。
「……それは、俺が使った『魂よ眠れ、安息を貴方に』の効果だ……ステータスを確認してみろ、影響が出ている筈だ。」
「なに……ステータス。」
言われて、久しく見ていなかったステータスを確認する。
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name……バンシィ・F・ディラデイル
status……『不死身』『魔皇帝』『相棒』『創造神』『英雄』『大教皇』『大魔法神』『沈黙の皇帝』
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なんだこれ!?どうなっていやがる!?
ステータスに表示されている称号が、『不死身』を除いて全てが赤色で表示されている。
通常、ステータスは黒文字で表示されるのだが、赤く表示されているという事は、何か別の意味を示している。
それに加え、『不死身』の称号も、黒色に表示されていない。限りなく白に近い、グレーの様な色をしている。
まともな表示ではない。それだけは、一目見てわかる事だった。
「ステータスが、赤く表示されている……」
「そうだ。そしてその赤表示の称号は、全く機能していない事になる。……いや正確には、使えなくなっている……だな。」
「つまり、魔法が使えないのもこれが影響していると?」
「その通りだ。」
なん……だと……それじゃあ俺はこれから、魔法無しで生きていかなければならないのか……
「心配するなバンシィ。赤く表示される称号は、時間が経てば解放される。もっとも、早く戻したいのであれば、その称号を習得したように、同じ手順を踏めば良いのだ。」
「それは無理だ。」
称号を獲得した時のことなんて、覚えている訳がない。
一体何千年前だと思っているんだ。
……しかし、時間が経てば戻るなら、別に良いじゃないか。
ここに座って、その時をずっと待っていれば良い。
「バンシィ。聞きたい事はそれだけか?」
「そうだな。それくらいだ。」
そう言うと、ドラグはニマリと、気色の悪いくらい笑顔に変わった。
「よし!ではバンシィに朗報だ!」
なんだなんだ……このテンションのドラグにはついて行けんな……
沈みかけた太陽がドラグの背後を照らし、まるでお釈迦様か何かのようにドラグが見える。
「アムリタを……ティー・ターン・アムリタを蘇らせる事が出来るぞ。」
俺は、その言葉の意味を、しばらく理解ができなかった。
ども、ほねつきです。
書き溜め尽きました。
毎日投稿が、完全に三日坊主になる可能性があります。
申し訳ありません。ご了承ください。
ではまた!