ー閑話ー 『悪魔界-《暴食》《怠惰》』
お待たせしました。クリスマス?何のことですか?
様々な欲望渦巻くこの世界において、最も耐え難き欲望は『飢え』だと思う。
世界広しと言えども、この欲望を越える『欲』など、僕は在るとは思わない。
故に僕が、悪魔として産まれ、気がつけば『暴食』を得ていたのは、当然の事だと僕は思う。
順調に年月を経て、自分の渇望を満たす事だけを考えていたら、いつの間にか『邪神』へと至っていた。
神の名を冠す事になっても、やる事は変わらなかった。飢えを満たす為に、ただ食べ続ける。僕はそれだけで事足りた。
唯一変化したのは、強者になった故に『食べられる量が多くなった』ことくらいだ。
ただ喰らう。食物連鎖の頂点たる『邪神』は、強者であるが故に喰らう。
その対象は同じ悪魔とて例外ではない。その他の欲を抱える悪魔が言う『食べ物』から無機物まで、この世に在る物は全て喰らう。
いざとなれば地面なり、自らの排泄物すら喰らう。
暴食と言っても、味覚はある。食べたくない物は食べたくない。生命の危機に瀕し、どうしようもない場合に、排泄物を喰らうくらいだ。毎日喰らうわけじゃない。
だから、暴食を勘違いしないでほしい。出来れば美味しいものが食べたいに決まっている。
長い時間をかけて、世界中の様々なものを喰らった。
中でも悪魔は格別だ。
至高の食べ物と言っても良い。
平凡な悪魔でもその味は素晴らしいが、悪魔が強ければ強いほど、更なる美味しさが悪魔にはあった。
食物連鎖の頂点たる僕は所謂、美食家だ。
美味い食べ物の為ならば躊躇などしない。この世の全ては僕が『喰らう』。
僕の食欲は無限だから。
非常食である僕の配下を連れ、広い悪魔界を渡り歩く。平らげては再び食べ物を求めて歩く。
飢えは満たされる事などない。でも僕は美食家だから、美味しいものを食べる為に歩く。
________そして見つけた。
遥か地平線の先に感じる珍味の香り。
知っている。これは人族と魔族の匂いだ。何十万年以上も昔に一度喰らった事があった。
悪魔とは違ってまた美味。
フフフ………今日は良い食事にありつけそうだ。
「バンシィよ!大変じゃ!今生一番の大発見じゃ!!」
静寂な部屋の中、おっさんの五月蝿い声が響いた。
____何が今生一番だ……そのセリフ今まで何回も聞いたことあるぞ。
今度はなんだ、地動説と天動説の説明でもするのか?
「五月蝿いな。なんだ?」
おっさんがドタドタと興奮した様子で、大量の書類を持ちながら、顔を真っ赤にして現れた。
「うむ!まずはこれを見てくれ!」
そう言って渡された書類の束。
そこには見たことの無い数字と記号の羅列、図形も合わせて描かれているが、殴り書きで書かれた説明を見ても、何が書かれているのか分からない。
「………うん。凄いな。」
「じゃろう!……そしてこの理論を元に計算をするとじゃな。」
そう言っておっさんは新しい紙に、スラスラと訳の分からない数式を書き連ねて行き、なんかよく分からないが答えが導き出される。
「ほれっ!つまりこの世界で、我らは千年生きても、元の我らの世界では一年しか進んでいない計算になるぞ!」
「ほぅ……凄いな。」
うん。全く分からないが、要するにそう言うことらしい。この世界の千年は、元の世界での一年。
うん。つまり、何が言いたいんだ?
「じゃからの!バンシィ!後995年間、ここに住もうぞ!」
「嫌だ。」
「ぬはっ!即答!じゃが残念!最早我らは995年間、この世界で過ごさねばならなくなっておる!」
なんだこのおっさん、テンション高くてキモいな。壊れたか?水濡れ厳禁な脳みそに、水でも掛かったか?
チッ……しかし、995年間ここに居なければならないってのは、どう言うことだ?
「何故だ?」
「うむ!それはな、我の考えが正しければの話じゃが、この世界は……いや、全ての世界に当てはまるとは思うが、回っておるのじゃ。」
「回る?」
「左様。空に浮かぶ星々は我らの頭上を回るじゃろう?しかし、その考えは間違いなのじゃ!星々が我らの頭上を回っているのではない、我々が星々の周りを回っておるのじゃ。」
およ……?それって……天動説と地動説………
「この現象を我は、地動説と名付けるぞ。」
あ、ハイ。ありがとうございます。
「それでじゃな、この世界と元の世界は、お互いに一定の速度で動いておる。お互いの世界の距離が近くなった時、我らはその世界を行き来出来る筈じゃ、そしてその距離が近くなる時期が……」
「約995年後……つまり此方の世界では千年に一度、元の世界では一年に一度だけ、世界の行き来が可能になるって事か。」
「正確には一度ではなく、一定期間じゃがの。」
……何というか、アレだな。悪魔界と元の世界は、次元的なものの話だと思っていたが、星から星への移動みたいな話だったな。
悪魔の住む星があって、人間が住む星に時々、宇宙を無視してワープし侵略して来る………みたいな?
「……おっさんがそう言うなら、そうなんだろう。……わかったよ。あと995年、仕方ない……お前の遊びに付き合ってやろう。」
「おぉ!流石はバンシィ!話が分かる!」
「五月蝿い。研究したいのならとっととやれ、お前は熱中すると永遠に終わらんだろ。」
「うむ!ありがとうバンシィ!では!995年後に!」
「ああ。」
え?マジで995年も研究するつもりなの?冗談だと思ったんだが………
意気揚々と地下の研究室へと戻って行った。
「バ」《バンシィ。何か来たぞ。》
「……起きていたんだな。フクロウ。」
「い」《いま、起きた。》
「そうか。」
起きてはいても、とても眠そうにベットの上で足を抱えながら、窓の外を眺めるフクロウ。
俺の魔力感知には全く反応はしていないのだが、窓の外を覗けば何やら黒い大群が此方に向かって迫って来ていた。
「おいおい、大層な軍団じゃないか。」
それはまるでオーク。二足歩行の猪の様な群が、視界一杯に埋め尽くされ、その中心には、全く場違いな存在感を示す、女の悪魔。
ペロリと唇を舐める仕草が、捕食者の様な風格を纏っていた。
明らかに、色欲の悪魔ではないが、嫉妬でも強欲でも、傲慢でもなさそう。怠惰?……絶対ないだろ。
奴らは俺の射程範囲ギリギリで止まり、グルル……と獣じみた威嚇で此方を睨む。
「へぇ……キミ。美味しそうな身体をしているね。」
「………」
なんだそれ!?美味しそうな身体!?それは性的にか!?やはりこいつも『色欲』の悪魔か!えぇい!厄介な!素っ裸じゃないだけマシだがな!やっぱり変なのが多過ぎだろ、悪魔!
「……何の用だ。」
「もちろん。『喰らう』為さ。(物理的に)」
………こいつやはり『色欲』だな!糞ったれが!目に毒なんだよ!それに俺は、性欲無いんだよ!
「残念だが、俺を食べる事は出来ないぞ。(性的に)」
「良いや、喰らうさ(物理的に)」
「不可能だぞ。(性的に)」
「な」《なんか、違うな。》
微妙に話が噛み合わない二人のやり取りは、直ぐに終わった。
我慢の出来なくなった悪魔の一体が、バンシィに襲い掛かり、それを皮切りに、猪の悪魔が死に物狂いで倒れこむ様に襲いかかった。
「多いな。フクロウ。残ったザコはお前に任せて良いか?」
「よ……す」《よかろう。すきにするがいい。》
「ありがとう。助かる。破滅魔法。『永久の終わり』」
瞬間的に展開された魔法陣が、発光し死の光線を発射する。
それが猪の悪魔に触れた瞬間、大爆発を起こしその衝撃は、悪魔の軍団のほぼ全てを焼き払った。
「うーん!美味い!良いね、キミ。本当に美味しいよ。きっとキミはもっと美味しい味がするんだろうね。」
平然と佇む悪魔。その顔はご満悦と言った所か………
あわよくば纏めて消し飛ばされはしないかなとは、思っていたが……そんなに都合よくは行かないか。
「お前……一体なんの悪魔だ?」
「ふふふ………見ての通り『暴食』さ。」
そう言って両腕を広げ、しなやかな肉体を見せつけられた。
服装はどっからどう見ても、『色欲』の悪魔にしか見えないのだがな………
なんで緑の水着を着てるのに、上に暖かそうなコートを羽織っているんだよ………季節感もクソも無いな。
「そうか。クラスは……『邪神』か?」
「そうだね。……僕は『邪神』であり、捕食者で、キミを………喰らう者さ。」
「だから……喰らえないぞ。」
自称捕食者が動いた。
間合いなど無いとでも言うかの様な速度で接近し、細い腕が振るわれた。
それを片手で受け止め、辞めた。
咄嗟に後ろに下がり、距離を取る。
……喰われた。
手が触れた瞬間、俺の魔力がごっそり持って行かれた。
「うぅぅぅぅ………美味い!実に美味しいよ!キミッ!僕の大好物に加えても良いよ!」
「それは真っ平ごめんだな。」
触れられれば、魔力が取られる。ならば、触れられない速度で攻撃するまで。
魔力眼を開放し、身体中に魔力を大量循環させ、身体強化をブーストする。
大地を踏み抜き一瞬で接近。
同時に魔力樹を袖から抜き出し、剣に変え悪魔の左胸に目掛け突き刺した。だが辞めた。
魔力樹を離し、再び距離を置く。
「これも……また美味しいね!もっとおくれよ!僕の飢餓を満たしてくれ!」
糞ったれが。魔力樹食いやがった。なんだよコイツ……一定範囲内なら魔力を食えるのかよ……近接戦最強かよ……だったら遠距離は?……いやいや、『永久の終わり』効かないならもうねーよ。俺の魔法のレパートリー少ないし、そもそも『永久の終わり』が一番最強の魔法だし、それ防がれたらもう手が無いわ。
どうするかな……癪だがおっさん呼ぶか………
千里眼でおっさんの今の姿を観察すると、なんか一人で満面の笑みを浮かべながら、研究しているおっさんの姿を捉え、ちょっと声をかけたくない。と言うかアレは、完全にヤバい人だ。多分邪魔されたら、ぶちギレるやつだわ。
ん………いや待てよ。
よく考えてみよう。俺は千里眼を今使っているな。………俺は千里眼の様な魔眼を何個使えた?8個か?………近接、遠距離戦において、完全に封殺されたほぼ詰みに近い状態の俺。
そう言えば、まだ手はあるじゃん。流石に戦闘とは呼べない、かも知れないがな………いやもう手が他に無いし、これ防がれたら流石に逃げよう。うん。
右眼に眠る使えねえ魔眼を開放させる。
この眼に映せば、例外なく、それを支配下に置くことが出来る魔眼。
『支配眼』
鮮やかな赤に、俺の右眼が変化する。何もかもを支配下に置き、その反動によって使用者自らも、それなりのダメージを負う、使えねぇ魔眼。
だがここは元の世界とは違い魔力の濃度が違う。もしかすると、そこまで辛くは無いかも知れない。そんな希望も胸に、魔眼を発動する。
「バンシィ・F・ディラデイルが命ずる。貴様は死ね!!」
「何を言って………グフッ!」
暴食の悪魔から鮮血が飛び散る。
自らの腕で魂核を貫き、驚愕の表情で自らの血濡れた手を見つめていた。
「馬鹿な………なんて………ずる……」
魂核を失った事で消滅した悪魔を見届け、俺は魔力を完全に消失し、視界が暗くなり、そこからの記憶は途絶えた。
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この世の全ては無意味だ。
力を求めて己の肉体を研鑽し、『欲』を満たそうとするもの。
他者を見下し優越に浸り、『欲』を満たそうとするもの。
ただ食べ続け空腹を満たす事で、『欲』を満たそうとするもの。
何故、悪魔は己の『欲』に忠実なのか、俺には分からなかった。
傲慢
強欲
色欲
嫉妬
憤怒
暴食
そんなものなど俺にはどうでも良かった。
必要なのは時間と命。
それだけだ。
俺が『怠惰』を得てしまったのは、別に望んだ訳ではない。
他に興味がなくて、考えるのが面倒だったから、眠っていたらいつの間にか、『怠惰』を得ていて、眠りの邪魔をする奴らを追っ払っていたら、気が付けば『将軍』クラスまでに至っていた。ただの悪魔だ。
しかし、最近になって二人の男に興味が湧いた。
一人は俺に名を付け、もう一人はその相棒だと言う。
バンシィに、アムリタ。
この二人を観察する事。俺は割と観察をする事が好きなのかもしれない。
こいつらのやる事には、睡眠を削ってでも見る価値は………ある。とは言えないが、こいつらは見ていて飽きない。
面白い。ただ、ただ面白い。
俺の『眠る』だけだった生命に、また別の何かを見出した様な存在だ。
だから俺は、面倒だが……残党だけは処理しようと思い至り、決心し立ち上がり、戦う姿勢を見せたが、途中で面倒になって今は転がっている。
悪魔にはクラスが存在し、その上下関係は、絶対的な差を生み出す。
例えば、『邪神』と『魔王』のクラスでは、力に致命的な程の差が生まれる。
それは『将軍』と『騎士』クラスでも、その上下関係は適応される。
………なんで、俺はこんな面倒な説明をしているんだ?
まぁ、良いか。
【不可視の手】
怠惰の持つ中で限られた、攻撃用スキルを発動する。
全ての行動は、無意味である。
手を横に払えば、残党達は横に大きく吹き飛ばされる。
打ち上げる様に手を動かせば、残党達は空中に投げ出される。
自らの足で距離を取り、自らの手で敵を屠る。
そんなものなど必要ない。
動かずして敵を屠る。全ては怠惰に過ごすために……
これこそ『怠惰』の真骨頂。
バンシィとアムリタが居る、残り995年間だけは、俺は怠惰を怠り、観察に専念しようかと、思ったりもしたのだった。
_________そして995年後、全ての邪神を討伐した、バンシィとアムリタは元の世界へ戻り……
俺は『邪神』へと至っていた。
続く。(続かない)
ども、怠惰に目覚めたほねつきです。
悪魔界編はこれで終わりです。
995年後、ディラとおっさんは元の世界に戻り、エピローグに至る訳であります。
どうでも良いですが、今までのディラの中で、995年後ディラが一番最強です。
次はナガトが登場する話です。
何故ナガトばかりを登場させるのか、、タリウス出せやとか思う人いると思いますが………この閑話は後々の布石として書いているので……ご了承下さい。
え?なら本編にしろと……?
もう遅いです。
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では、また。




