ー第10話ー 『幸せにな』
お待たせしました。
空を駆ける。
魔力を全開で使用し、ひと蹴りで二つの山を越える。
六歩だ______
たった六歩でそれは視界に映った。
不愉快さ、独特な力を持つ強力な魔力を含んだ暗黒の雲。渦巻くその雲の中心には根源であろう男と、それに隠れ姿を隠す女を見つけた。
邪神は手負い。
いつの日だったか忘れたが、ドラグがそんな事を言っていた。
だが、回復は可能な時間は十分あった筈だ。この力が奴の全力か?
否、相手は邪神……神を名乗る相手だ。
どれ、一つ試してやろう。
身体強化をかけ、今までよりも疾く、感知されるよりも先に速く、瞬間移動と言っても頷ける程の速さを持って、邪神の男の頭を蹴り飛ばした。
なんだ……大した事ないな。
大地に伏した邪神を見下ろし思った。
しかし、まだ奴の魔力は十分に残っている事から、流石に仕留め切れてはいないことを察し、足場にしていた魔防壁を解除し、重力に任せ落下した。
着地した場所が、タッくんとアイナちゃんの背後だったのは偶然、これはもう神がカッコつけて現れろ、と言っているに違いない。
「おいおい……世界を支配するんじゃなかったのか?………そんなんじゃ、世界を取るなんて出来ないぞ。悪魔。」
うん。我ながら良い登場の仕方だ。これはかなりの強者感があるな。
「ディラ兄!」
「フッ………」
タッくんから送られる憧れのような眼差しを受け、気が抜けた。まだまだ、青いなタッくんも。
アイナちゃんも此方を見ているようだが反応が薄い、NNの方か?………区別が付かんな。
「貴様か………この私を蹴り落としたのは……」
やっと立ち上がった邪神が俺に何か、金縛り的なものを掛けてくるが、全く効かない。しかし、聞いていたよりもかなり……弱いな。
「すまんな。少しばかり、『邪神』とはどれ程のものなのかと試してみたのだが……成る程手負いか………間違ってはいないな。」
喧嘩を売るのは忘れない。あんなのでも邪神は、他の奴が相手をすれば手強すぎる相手だ。だから、奴の怒りを俺に向けさせ、他の奴が狙われない様にする。そう頭の片隅で考えつつ、状況を確認する。
………バズズ様が見当たらない。
それらしき所を眼で探し、邪神の背後の崩れ去った城の瓦礫の中にそれを見つけた。
本当に小さな魔力だが、まだ一人生きている。……しかし、この魔力はバズズ様のものではない。となると……やはり、バズズ様は………
「……やはり………か、予想はしていたが………抵抗したのだな……封印を……」
邪神に対して少しカマをかけてみた。が、案の定。
「あの程度の魔力で、私を封じられる筈がないのだよ。」
「そうか。」
魔力を身体中に回す。身体能力を底上げした俺の身体は、音すら置き去りにして邪神の正面に移動した。
「……だったらお前は、俺の敵だ。」
邪神にしか聞こえないくらいの小さな呟きと同時に、魔力をフルに乗せた右脚が、邪神の顎を蹴り上げた。
邪神が空中で体勢を整え、よく分からんが魔力の波動を放った。
しょうもない悪足掻きだ。しかし、避ければ背後のタッくんやアイナちゃんに当たってしまう。……それは、駄目だ。
魔力は十分。俺の不死身は伊達では無い。
地面をしっかり踏み締め、その魔力の波動を身体全体で受け止めた。
……流石に、邪神と呼ばれるだけはあるか、バランスを崩しかけた身体を、二、三歩足を下げる事で整え、波動を自らの魔力を身体から放つ事で相殺した。
「……下らん。これが邪神か?」
息を吐き、空中で舞ったままの邪神の上に転移し、即座に叩き落とした。
地面に叩きつけても、未だ立ち上がる事のできる邪神に、再び転移で移動し、その頭をボールでも蹴るかのように蹴り飛ばした。
その瞬間。やっと、女は現れた。
隠れていたつもりだろう、だが、俺の魔力感知には初めっから感知していた。邪神の影に隠れ、上手いこと隠れていたつもりだろうが……
蹴った後の姿勢は悪い。迎撃には不向きと判断し、即座に身体の向きを変える為に転移を行使し、右手に光の魔法。『天使の槍』をその女の悪魔の心臓に突き刺した。
「邪魔だな。消えろよ。」
「なっ……アッ、アンコス様ぁぁぁ!!!」
叫びと共に消えた女の悪魔を確認し、踵を返し即座に邪神を捕らえた。
邪神を組み伏せ魔力を完全に拘束する。さて、どう料理してやろうか?
「……くっ、俺を捕らえても何も出ないぞ。」
「………別に構わん。元よりお前には何も期待していない。」
バズズ様の仇……なんて事は言わない。バズズ様は望んで死を受け入れた。だが、その『死』が報われないのは、あまりにも酷いのではないか?
邪神はバズズ様によって封印された………いや、邪神はバズズ様によって倒された、しかし、バズズ様もその激しい戦闘により命を落とされた。
随分と良いシナリオじゃないか……そうだな、そう言うシナリオが良い。
「俺を倒しても………まだ『邪神』の名を持つ悪魔は五体居る。この世界はいつまでも我々悪魔の脅威から逃れる事は出来んぞ。」
捨てゼリフか、面倒な。だったら、その残りの『邪神』も倒してやろうじゃないか。
「だったら、お前、俺をそこへ連れて行ってくれよ。」
「………馬鹿か貴様……人間ごときが悪魔大陸に踏み込んだ所で、周りは全て悪魔。敵しか居ないぞ……」
「関係ない。お前の様な弱い奴が五体いた所で、俺が負けるはずが無い。」
「………良かろう。ならば精々足掻くが良い。この枷を解け、連れて行ってやろう。」
「ああ。」
魔力の拘束を解き、チラリとタッ君とアイナちゃんの方に顔を向ける。
「フッ……幸せにな。」
同時に、邪神が俺を引っ張り空へ飛んだ。
雲よりも高く飛び上がり、目の前の空間が裂けた。
その裂け目の先は赤い世界だった。
「ここから先が悪魔大陸だ。」
「ああ。ご苦労だった。……では、死んでくれ。」
邪神を蹴落とし、片手で『エタニティー・バスター』を照射。邪神が爆発し、消え去った事を確認して俺は、その先の空間の裂け目に飛び込んだ。
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赤い大地に足を踏み、空に浮かぶ紅く染まる二つの三日月を見上げた。
高濃度の魔力が世界全体に広がっていた。
魔力が濃いという事は、魔力の保有量が多い生物ばかりが住んでいる事が分かる。
何故なら生物は空気中の魔力を吸って生きている。魔力が濃ければ濃いほど、魔力は溜まる。成る程、あの邪神が強気になるのも頷ける。
こちらの世界と、人間の住む世界では魔力の量が違い過ぎるな。
空に浮かぶ二つの紅い三日月を見上げながら、少し歩くと何か固いものを踏んだ。
「おっと……」
見下ろすとそれは、間違いなく人の形をした悪魔だった。悪気は無かった、と言うか存在に気付かなかったので、素直に謝っておく。
「すまん。」
「…………」
その悪魔は黒髪の細身の男で、死んでいるように、地面に寝転がっていた。
ゆっくりと開いた眼は死んだ魚の様な眼をしていて、怠そうな感じで俺を見上げた。
「………すまない、気付かずに踏んでしまった。」
「そ」
……………
え?………なんだって?
次でエピローグです。