ー第9話ー 『何も、無い。』
おまたせしました。
上空に現れた、気分の悪くなる様な重い魔力。それは空一面に広がり、青く透き通った空は、薄暗い暗雲に包まれた。
その悪魔の魔力は、今までの悪魔とは比べ物にならない程に膨大で、強大な魔力だ。
重々しいプレッシャーに、思わず足が竦む。
脚に突き刺さった杭は、術者であった悪魔が死んだ事によって消え去り、傷は回復魔法で完治させた。
あの悪魔では比べ物にならない程の魔力。それを見上げ俺は考えた。
これ程の魔力だ。あのリンだったら気付く筈だ。ナガトを連れ、必ず応援にやってきてくれる筈だ。それまで持ち堪える事が出来るか?
今俺が持つ武器は、真なる剣ただ一つ。そして残り僅かな魔力だけだ。あと一発『雷龍』を撃てば尽きてしまう、涙程の魔力だ。
そしてアイナ。元獣人の人が良く使っていたサーベルと言う類の武器と、強力な『二重詠唱』の技。
それに上にはリーリャが居る。
持ち堪えるなら十分な戦力だと判断する。
だがしかし、その判断は一瞬で崩壊した。
両腕を大きく広げ、まるで背筋でも伸ばすかの様な簡単な動作。
その動作が空気中の魔力を動かし暴れさせた。渦巻く魔力が、半壊した城をいとも容易く吹き飛ばして見せたのだ。
「リーリャ!?」
思わず叫んだが、崩れた瓦礫からリーリャを探し出す事なんてやってはいられない。
格が……違いすぎる。
古今東西どこを探せば、手を動かすだけで城を破壊する魔物と出会おうか?
いや、相手は悪魔だ。魔物では無いか……
真なる剣を構える。
魔力を練るが、失った魔力は多い。体力にはまだまだ余裕はあるが、あの魔力量の悪魔を前にはそうも言ってはいられないな。
「アイナ……」
「……なに?タッくん。」
「君は逃げて。」なんて口には出来なかった。
守りたかった人が隣にいる。守るべき人が隣にいる。君は俺の背後に下がってなんて、俺はあの悪魔の前では口にする事が出来なかった。
「……声を、聞きたかっただけ。」
「……へ、へぇ。そ、そうなんだー。」
アイナはフードで顔を隠してしまい、なんとも言えない気持ちになった。
「……タッくん。それよりもアレをどうするの?」
「決まってるさ……倒す……よ。」
再び空を見上げた。
天空を覆う黒い雲が渦巻き、その中心に悪魔は浮遊する。
身の丈二メートル弱。黒い雲よりも遥かに暗い黒の髪の大男。肌は薄っすら焼けた様な薄いオレンジ色。身に纏うのは黒曜石でもあしらった様な黒の鎧。その姿は極めて人に酷似している。
武器を持っている様には見えないが、相手は悪魔……『厄災』だ。武器が有ろうが無かろうが、強敵である事には変わりはない。
「……っ!」
身体全体に重々しくのし掛かる様なプレッシャー。
悪魔の紅い瞳がまるで値踏みでもするように此方を見下ろしている。
思わず膝をついてしまいそうなこの威圧。
たったこれだけであの空に佇む悪魔が、今までとは比べ物にならないほどの強さだと肌で感じ取る。
真なる剣を持つ両手が震えている事に気がつく。
恐怖?……それとも武者震い?
………そんなもん、どうだっていい。
震える手足に力を込め、深く深呼吸する。震える手足が徐々に落ち着きを始める。
「貴様ら、ガルダを倒したのか……」
まるですぐ隣から話しかけられた様に男の声が耳に響く。思わず辺りを見回すが、アイナ以外は見当たらない。
瞬時にこの声の主が悪魔のものだと気づく。
「……答えぬか。それもまた良かろう。『沈め』。」
悪魔が振り下ろした腕と同時に、身体全体に押しつぶされる様な『重さ』に掛かる。
全身を地面に押し付けられ、かろうじて上げられた顔で、悪魔の位置だけは捉えられた。
「こ……れ……はっ……」
「くっ………」
「動けぬか、それは弱者の証明だ。大人しくそこで潰れていろ。」
悠然と佇む悪魔。まるで何かを見据える様に、ジッと遥か彼方を見つめている。
「私が眠っている間に、この世界は随分と弱くなってしまったようだな。………残念だ。」
悪魔は視線を落とし、俺を見下ろした。
「貴様、ゴミではあるが、ゴミの中ではまだ、磨き甲斐のあるゴミだ。………どうだ。貴様世界を取る気は無いか?」
……世界を取る?
世界を取って一体なんの意味がある?
「決まっている。……支配だ。支配で我が強欲を満たすのだ。」
心を読まれていた。頭で考えた事が、あの悪魔には読まれている。
心を読む相手、倒す事ができるのか?
「ほぅ、この期に及んでまだ、闘う意思があるか……面白い。だが心より身体が動かなくてはな……」
「くっ……」
振り上げられた悪魔の右手。その手から放たれる魔力の渦を感じ取った瞬間、紛れも無い死を覚悟した。
刹那。
身体に掛かった圧力が消えた。身体に力が戻る。
震えながらも両手で身体を持ち上げ立ち上がった。全身で息を吐き、真なる剣を構え体勢を整えた俺の目に、奇妙な光景が映った。
「ごぁっ………馬鹿なッ……あり得ん!」
空中で浮遊していた筈の悪魔が、地に叩き付けられた様に仰向けに倒れていた。
驚愕と言った表情と、口からは鮮血が垂れていた。
一体今のは?
魔力感知にも、引っかからない。何が起こったのか、何も分からない。悪魔を地面に落とした不可解な現象。
「おいおい……世界を支配するんじゃなかったのか?………そんなんじゃ、世界を取るなんて出来ないぞ。悪魔。」
突然背後から聞こえる。男の声。その相手を見下したかの様な口調。これは……
「ディラ兄!」
「フッ………」
漆黒のローブに身を包み、使い込まれた銀の仮面を身に付け、両腕を組んで現れたディラ兄。その姿に魔力は感じ取れず。先程の現象はこのディラ兄が起こしたものだと、直感で悟る。
「貴様か………この私を蹴り落としたのは……」
ゆらりと立ち上がり、腰が引ける程の威圧を放った悪魔が、ディラ兄を睨む。
「すまんな。少しばかり、『邪神』とはどれ程のものかと試してみたのだが……成る程手負いか………間違ってはいないな。」
ふと、ディラ兄が崩壊した城を見て、何かに気付いた。
「……やはり………か、予想はしていたが………抵抗したのだな……封印を……」
何か悲しいものを見た様に、ディラ兄は小さく震えた。
「あの程度の魔力で、私を封じられる筈がないのだよ。」
「そうか。」
その瞬間、ディラ兄が『消えた』。
前触れもなく。音も無く。まるでそこに居たことすら無かったかのように、ディラ兄は悪魔の目の前に現れた。
そして、悪魔の身体が大きく『飛んだ』。ディラ兄によって顎を蹴られ、空中に大きく舞うように……空中で体勢を整え、ディラ兄に向かって魔力の波動をぶつけた。
ディラ兄の身体はくの字に曲がり、その衝撃を全身で受け止める。俺なら一撃で死んでしまいそうな衝撃波をディラ兄は、僅か数歩退がるだけで、受け止めた。
「……下らん。これが邪神か?」
そしてディラ兄が消え、悪魔が地面に叩き付けられた。
倒れる悪魔にディラ兄は更に蹴りを加え、弾くように飛ばす。
刹那、ディラ兄の背後に別の気配が現れた。
「ディラ兄!」
女の悪魔。禍々しい魔力を纏った短剣が、ディラ兄の首に振り下ろされた。
気づかなかった。
そう言えば、あの悪魔の他にもう一体居た。女の悪魔。あの悪魔の膨大な魔力に隠れ、気付かなかった。もう避けられない。必死にディラ兄と叫ぶ。振り下ろされ、その短剣が突き刺さる瞬間。再びディラ兄は消えた。
「邪魔だな。消えろよ。」
「なっ……アッ、アンコス様ぁぁぁ!!!」
女の悪魔を貫通した光の槍。一瞬にして悪魔は消え去り、ディラ兄は残る悪魔を追いかけ、捕らえた。
_________________________________________________________________________________________________________________
その後の出来事は、語るに語れない不思議な事だった。
ディラ兄が悪魔を捕らえ、二人で何かを話していた。
何を言っているのかは聞こえなかった、だけど、ディラ兄が何かを決意した事は確かだった。
不意に此方を見て、笑ったディラ兄は、悪魔に引き上げられる様に空へと飛んだ。
空高くに飛んだディラ兄と悪魔は、その瞬間。暗雲を消し去る様に大爆発を起こして消えた。
そう……伝えるにも伝えづらい。後味の悪い終わり。
悪魔との戦いは、その大爆発と共に全てが終わったのだった___________
………ども、ほねつきです。
考えれば考えるほど、話が纏まらなくなり、投稿が遅れました。
この話も後数話で完結します……次はディラ視点で話を書きます。それと同時にエピローグも書いていくつもりです。なるべく早く年内には書き上げたいと思っています。頑張ります。
………え?まだ回収してないフラグが残ってるって?……知らないなぁ……