ー第6話ー 『神封じ』
お待たせしました
それは初めから予測された出来事だった。
事のきっかけは『魔王の徒』による『神石』の奪取。警備体制が整わないまま新首都『マギア』に移動させた事が間違いだった。
王家としては、何としてでも『神石』は回収しなければならなかった。それと同時に、『神石』を使用された時の『最悪の場合』を想定していた。
そして現実として起きた事は『最悪の場合』だ。
頭の片隅では分かっていた、『神石』を奪取され一週間、二週間と時間が経つにつれて事態は『最悪の場合』へ近づいていると………
事態が急激に動いたのはある観測団の報告だった。
『エリア1から飛び出した一筋の紅い物体。』
それは王家に伝わる『邪神』降臨の前兆だった。
それが確認されたと同時に、三大王家は被害が最も深刻になるであろう王都ロトムスの市民、商業人、冒険者、全ての無関係者を『最終避難命令』の発令により王都ロトムスより避難を命令した。
突然の『避難命令』に反発した市民や冒険者も少なからず居たが、全て王国騎士団の弾圧により沈黙し、素早く避難の完了を行なった。
王家の説明の無い一方的な『避難命令』に、市民はきっと疑問を抱くだろうが、事態はそれ程に深刻なのだ。
こうして王都ロトムスには王国騎士団、一部王家に英雄タリウスとリーリャの二人が残った。
『勇者』ナガトに『英雄』リンが居ないのは王家の『とある一手』が失敗に終わった場合の最終手段であった。
そして『とある一手』の重要な鍵となるサン王国第二国王バズズは、自らの意識を統一し瞑想に入っていた。
王国騎士団は王家の命令により、王都ロトムスの各地に存在する魔術回路を起動させた。
各地に設置された魔術回路は淡い光を光線の様に放ち、王都全体に魔法陣が形成された。
「なんだ…………これ………」
その超大規模な魔法陣の展開に驚くタリウス。彼はその魔法陣の全貌が眺められる王都ロトムスの城の頂上からそれを見下ろしていた。
「古代魔術……」
タリウスの横でその様子を見ていたリーリャが小さく呟いた。
「リーリャ、知っているの?」
「ええ、噂で聞いた事があったわ、王都ロトムスは古代魔術が仕組まれている都だって………まさか本当だったなんて……」
唖然とした表情でその魔法陣を見つめる。
「だけど、一体何でこんな事を?」
「分からないわ。私達に下された命令はただ一つ、『バズズ・キンダム・サン陛下の死守』たったこれだけ、他は何も伝えられていない。」
「いくら何でも情報を隠しすぎだ。俺たちにも何も知らされないのはおかしい。」
「教えてくれそうな人も、今はあんなんだしね……」
はぁ、と大きく溜め息を吐き部屋の中で一人、瞑想を続けるバズズの姿をリーリャは横目に、再び大きな溜め息を吐いた。
『邪神』を封じる為の儀式は既に準備が完了した。全てが順調に事が進んでいる。後は自身のコンディションを整え、時が来るのを待つのみ。
『第八階位-邪魂封印格式-第八点封鎖-封印術-天』
初代チール・ロトムスより、代々王家に受け継がれた、再び『邪神』を封印する為の大魔術。
これは王都ロトムスが建設される段階から作られた、最高峰の魔術。王都ロトムスはその全体が魔術式となっており、各地点に用意された魔術回路を起動させる事で、術者の精密な魔力操作を必要とせず、迅速にかつ正確に魔術を発動させる事が出来る。
一回の発動で術者の魔力は一瞬で枯渇する。一瞬で体を流れる全ての魔力が消える、その反動は凄まじいものである。良くて気絶、悪ければ死に至る。
別にもう生きようとは思わない。既に70以上は生きた。何の未練もない。
まだまだ資金管理がおぼつかない、ディラが教会を破産させないか心配ではあるが、マギアには優秀な人材が多数おる、きっと支えてくれる事じゃろう。
……いかんな、気が抜けてしまう。
兄上も我が『邪神』を封印すれば、直ぐに後を追って来てくれる。あの世は良い、きっとお菓子も沢山あるじゃろうからの。
お菓子、兄上と一緒に食べたいの。
ふむ……どうやら、我も未練はある様じゃ、この期に及んでまだ気が紛れてしまう。願望ばかりが頭を過ってしまう。
頭を振って意識を体内の魔力に統一する。
全て我の一撃にかかっておる。外れる事など以ての外、我に課せられた使命はただ一つ、『邪神』を封じる事にある。
抜け目無く。迷い無く。確実に。
命を懸けて。
その時、全身を震わせる程の魔力の波動を感じた。
「来たか。」
瞑想を辞め英雄二人が居る、窓の外を覗いた。
空間が捻じ曲がり、そこからいくつもの黒い物体が四方に飛び散って行く。
まだだ。
これはまだ『邪神』復活の前座でしかない。『将軍』と呼ばれるクラスを持つ人の形をした悪魔が現れた後、『邪神』は姿を見せるという。未だ、人型の悪魔は姿を見せてはいない。
我はまだ力を温存しなければならない。
「ケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ」
無数に空間から飛び出す黒い粘着物の様な悪魔達。その姿は『異形』だが、その『異形』の姿は間違いなく、一体でも街を焼き尽くせる程の強力な悪魔。『厄災』と呼ばれる『異形の悪魔』であった。
恐ろしい。一体で『厄災』だが、この空を覆う程の数は最早『地獄』。だが、その『異形の悪魔』達は一向に行動する気配を見せない。
なにかを待っている様な異様な光景。
空一面に広がる悪魔の大群を目にしても、『雷剣』のタリウスは己の剣を引き抜き、既に戦闘態勢に入っていた。
流石はディラの教え子、しかし、この様な地獄に連れてきてしまった事、ディラには本当に申し訳ない。教え子が死ぬくらいならば、ディラは自らを犠牲にするだろうと思ったから、我はディラに本当の事は伝えず去った。
マギアとロトムスでは馬で飛ばしても一週間はかかる。いくらディラであっても、その距離を覆す事は不可能。確かに『転移魔法』ならば、可能かもしれない。だが、『転移魔法』には大量の魔力消費と、距離と物量の制約が存在する。
マギアからロトムスなど、転移を何度行使しなくてはならないか、分かったものでは無い。
こればかりは我の戦い。ディラよ。お主はマギアを守ってくれ。あれは、未来への希望の都市じゃ……
「むっ、強い魔力……」
我の願いはきっとディラに届くだろう。
空間の歪みから三体の人型の悪魔が現れた。
それぞれが『異形の悪魔』とは比べ物にならぬ程の強力な魔力を持った悪魔。
恐らくあれが『将軍』の悪魔なのだろう。二体が消え、一体が此処に残った。
空一面を覆っていた『異形の悪魔』達が、一斉に世界全体へと飛び散って行く。
だがそれは全て想定の範囲内。
世界各地には強力な力を持つ者達を配置してある。悪魔は特性上、人が多く集まる場所から集中的に攻撃する。つまりは、都市を堅牢に固めれば良い。
それは既に出来ている。王都サンに王都シューラには、気配を遮断する最高位の魔術が設置されており、既に別の王家の者が発動しそれを維持している。
簡単には見つからぬ、筈じゃ……
『蹂躙だ。』
男の口元が僅かに動いたのを皮切りに、『異形の悪魔』達が一斉に降下を始めた。
我らの方に近づいた四体程の悪魔を、『雷剣』はその代名詞である雷を纏った剣で、真っ二つに斬り裂いた。
が、しかし。
「ケケケケケ!」
一体の『異形の悪魔』が放った黒い炎。『雷剣』が結界らしき物を剣から発現させ、その炎を防ぐが、衝撃で窓が割れた。
「バズズ陛下!お下がりください!」
そう言うのは『英雄』リーリャ。勇者召喚を取り仕切った公爵アルマータ家の一人娘。実力は十分ある様じゃが、なに分、他が目立つ程戦果を挙げる為、『英雄』の中で最も影が薄くなっておる。
そんな事を思い浮かべてしまったが、魔力の温存の為、素直に従っておく。
「タリウス!援護するわ!」
「ああ!頼む!こいつら、一体一体が強い!」
『雷剣』の刃は確実に通り、『異形の悪魔』を斬り裂いているが、どうも直ぐに再生し再び攻撃を仕掛けられ、かなり苦戦している様子だ。
「なんだこいつら!斬っても死なない!?」
「『ホーリーライト』!!」
アルマータ家の一人娘が放った光の高位魔法が、『異形の悪魔』の一体に当たり、それは浄化される様に消え去った。
それを見てアルマータ家の一人娘はどうやれ直ぐに気付いたらしい。
「タリウス!こいつら悪魔よ!!悪魔には、魔力の根源である魂核を破壊するか、光属性の魔法をぶつけるしか効果はないわ!!」
「魂核……………そこかっ!!」
『雷剣』の放った突きが『異形の悪魔』の脳天に突き刺さり、『異形の悪魔』は消滅した。
素晴らしい才能だ。一発で魂核を当てそれを撃ち抜くとは……ディラには人を見る目がある様じゃ………
その調子で残る二体も魂核を破壊し消滅させた。
その時、莫大な魔力が城を襲った。
「ほう、その力。どうやら伊達では無いらしい。」
危なかった。『雷剣』が咄嗟に結界を展開しなければ我らは城と共に吹き飛ばされていただろう。
『将軍』クラスの悪魔の力。凄まじい威力じゃ……『雷剣』の展開した結果は、城までは守る事が出来なかった。
贅沢は言えない、しかし、500年の歴史を持つロトムス王城が、こうも容易く半壊されるとは思ってもいなかった。
周りにあった壁や天井は消え去り、結界に守られたこの部屋の床を残して周りには何も無くなった。
ある意味で下界が見下ろし易くなった。
「お前、一体何者だ!」
「フン。どうやらお前が一番強い様だ。良いだろう。相手をしてやる。」
「だから、お前は一体何者だ!」
「地へ降りろ、この様な場所では貴様が全力を出せんだろう?」
なんじゃこれ、まるで話が噛み合っておらんの。
「……リーリャ、バズズ陛下を頼む。」
「ええ、分かったわ。」
『雷剣』が飛び降り、人の形をした悪魔もそれを見て地に降りた。
あの悪魔は恐らく『将軍』。となれば間も無く『邪神』も現れるじゃろう。
王都ロトムスの各地から爆発や火の手が上がった。
各騎士団も『異形の悪魔』との戦闘を始めた様だ。
我の背後から現れた『異形の悪魔』を、アルマータ家の一人娘がホーリーライトで迎撃する。
うむ。流石に『英雄』は伊達ではないの。
数十分が経っただろうか、再び空間に歪みが生じた。
そこから溢れ出る強力な魔力を感じ取り、すぐに準備に取り掛かった。
「リーリャよ。暫しの辛抱じゃ、我はただいまより、魔術の発動を行う。死守してくれ。」
「はい!アルマータの名にかけてお守りいたします!!」
アルマータ家の一人娘が、より一層警戒を強めてくれ、我は安心して集中する事が出来た。
狙いはあの強大な力を持った『邪神』。
我の全てをこの一撃に!!
「『神封じ』」
我の放った最初で最期の封印の波動は、見事に『邪神』に命中した。
「ゴ、ガハァ………」
血か……抜け落ちた魔力の反動で、どうやら内臓が破裂したらしい………
しかし……魔術は成功した。
あとは………任せたぞ…………
「バズズ陛下!?」
ああ………兄上………ディラデイル………世界は……まかせ………た…………