ー第12話ー『おそらく勇者は童貞だ。』
タイトルが卑猥ですみません。
リックとの話を終えた俺は、その後なんの障害も無く教会本部のある階層まで上がった。
廊下を歩いていると、普段と違いかなりの人数の神官達が行き来をしている。皆、実に忙しそうだ。
そんな中、悠然と廊下の真ん中を歩き通行の邪魔をしている俺は、かなり痛い目で見られたが、何故か神官達は避けて通るので俺には全く問題は無かった。
さて、バズズ様と色々打ち合わせしておきたい事もあるので、寄り道はせずに執務室へと向かう。
執務室へと辿り着いた俺は、中にいる人間がバズズ様と、秘書のビービではない誰かがいる事を魔力感知で気づいてしまった。
魔力を見るに、相当な手練れ。もう凄い厄介事な予感しかしないが、入るしか無いのもまた事実。
面倒な事になりそうな気がしたが、思い切って扉を開けた。
「……おっと。」
出迎えたのは雷撃。
それを指で弾いて空気中で消滅させる。
誰だよ、不意打ちとか卑怯だなオイ。
俺はそんなマナーのなっていないふざけた奴の顔を見た。
大きく膨らんだ胸、それと青いローブ。んで、賢者っぽい格好をした女。
凛とした表情で、俺の顔を見つめていた。
「ふむ、ディラではないか。」
初めに声を出したのはバズズ様。今は珍しくお菓子を持ち出してはいない。と言うことは、この女はそれ程の対応の必要がある女という事だな。
「バズズ様。お忙しい様でしたらまた後ほど伺いますが……」
バズズ様がお菓子を食べずに対応する客だ。相当な階級の持ち主に違いない。
「いや、良い。ディラよ。丁度良いところに来た。お主も一つ案を出してはくれんか?」
「はぁ……一体なんでしょうか?」
クソ、やっぱり時間を潰してからここへ来るべきだった。もう、面倒事に巻き込まれたな。最悪だ。
待てよ、なんか話を流されている気がするが、そこの女、俺に雷撃はなって来たよね?
「うむ、実は勇者についてなのじゃが、『賢者』リン殿が勇者にやる気を出させる為の任務を言い渡されたそうなのじゃが、お主も知っている様に勇者は精神的にやられておる。それをどう宥めるか、たった今二人で考えていたところじゃ。『賢者』リン殿、こちら高位聖神官のディラじゃ。」
「存じ上げております。お久しぶりです。何年振りでしょうか。高位聖神官様。」
え?会ったことあるっけ?え?初対面ちゃうの?……え?俺『賢者』の知り合いなんて居ないと思うのですが、と言うか俺貴方みたいな方と話した覚えもありませんけど?
「数年振りでしょうかな?お久しぶりです。『賢者』リン様。」
『賢者』リンって言えばあのヒキニート勇者の『賢者』だよな。うん、間違いなく話した覚えは無いぞ俺は。
それよりも俺に雷撃飛ばしたことを先ず謝れよ。
「なんじゃ、知り合いじゃったか。ディラよ。流石に顔が広いの。」
「バズズ様ほどではありませんよ。」
だが、その話はさっきリックとしたからな……
しかしこの場でその話をすると言うことは、リックが言っていた事はまだバズズ様に伝わっていないのか?
「それで、勇者にやる気を出させる案でしたね。」
……まぁいい、考えるのも面倒なので取り敢えずリックの言っていた事を丸パクリさせてもらおう。
「そうじゃ。何か効果的な方法は無いかの?」
「そうですね………」
少し考えたフリをして、少ししてから俺は話し始める。
「あくまで私の一案ですが……」
「良い遠慮なく申せ。」
「はい。しかしまずこれは、『賢者』リン様の助力が必要なのですが……」
そう言って俺は『賢者』様をチラ見して顔色を伺う。
別に何も考えてない様にただ俺を見ていただけなので、問題なさそうだ。
「まず初めに、リン様が『勇者』ナガト様の元へ出向き、『勇者』ナガト様を励ます……と言うのはどうでしょうか?」
正直『賢者』リンの胸なら『勇者』を落す事も出来そうだからな。リックは『勇者』を色仕掛けで落とすと言ってはいたが、俺はやはり色仕掛けとやらをするのならば、『勇者』の身近な人間を使って色仕掛け……いや違うな。
恐らくだが勇者は童貞だ。
つまり、童貞とは大体の奴がきっとイチャラブした感じで行為に及びたいと思っている筈だ。
うん。なんだ、だんだん悲しくなってきたぞ。
うるせぇ!誰が不死身の童貞だゴラッ!?
いやいや、俺の事はどうでも良いんだ。
「ふむ、一体どの様に励ますのじゃ?」
えー。それ俺考えないけないの?面倒だな、まぁいい。
「まず初めに、勇者がまともに話を出来るように、何かプレゼントします。そしてリン様の話術で勇者様を邪神討伐に参加させる様に仕向けるのです。」
プレゼントして後は丸投げ、それで俺は良いと思います。
「高位聖神官ディラ様、もし仮に勇者様がプレゼントを渡せる様な状態では無い場合はどうするのでしょうか?」
あ?知るかよ『賢者』だろ、自分で考えろよ。
「そうですね、これはリン様が良ければ、と言う話になりますが……」
「お話を聞いてから考えます。」
「分かりました。では先ずリン様が勇者様を背後から抱き締めます。」
「はい?」
先ほどの冷静な顔は何処へやら、今の『賢者』リンは随分と間抜けな顔をしていた。
「欲を言えば抱きしめた後、満面の笑みを勇者様に魅せて欲しいです。」
何度も言うが恐らく勇者は童貞だ。童貞と言う生き物は例えどんなに強力な魅了耐性を持っていたとしても、美人や可愛い女の上目遣いやおねだりを抗う事はできない。
これをするだけで、童貞は……勇者は賢者リンにイチコロだろう。
「えぇと、私が勇者様に抱きつけば良いのですか?」
「そうです。更にトドメとして『私がそう望んだから』と言う言葉も言いましょう。そうすれば必ずやどう……勇者様もやる気を出される筈です。」
うん。これさえやって勇者を落とす事が出来なければ、奴はホモ確定だ。
俺だってこんな事されれば落ち………いや、殴ってるな。鬱陶しいわボケがっ!とか言っちゃいそう。
「ディラよ、お主がその様な案を出すとは思いもよらなかったぞ。」
バズズ様がまるで化け物でも見るかの様な目で俺を見てそう仰った。
「私の中で一番成功率の高い案を出したまでです。」
「流石じゃなディラよ。」
なぜか褒められた。
「私が……勇者様に抱き付く……」
「無理にとは言いません、ただの一案に過ぎませんので。」
別に『賢者』リンが断っても一向に俺は構わない。時間を掛ければそのうち、見兼ねたバラリアードの連中が何かをする筈だ。きっと……多分………うん。
『賢者』リンは少し悩む様な仕草をすると、何も考えていない様なあっさりとした顔で答えた。
「……分かりました。やってみましょう。」
あれ?マジで?断るかと思っていたんだが、やるの?マジで?それだと俺、シナリオ考えないとダメじゃないか?
言い出しっぺが考えろ的なアレだろ、このパターン絶対そうだろ……
「本当に良いのですか?尊厳も何も捨てなければやれないと思いますが……」
好きでも無い相手に抱きつくとか屈辱の極みだと思うのだが、その辺は『賢者』のイメージ的に大丈夫なのだろうか?
いや、別に良いけど。
「構いません。元より私にはその様なものはないので……」
うわっ、この手の話は突っ込まない様にしよう、絶対面倒ごとの予感しかしない。此処はスルーでさっさと話を進めよう。
「そうですか。でしたら良いですね、バズズ様、よろしいでしょうか?」
「うむ。問題ない。」
バズズ様も了承してくれた、ならば此処は絶対に俺に飛び火しない様、俺の天才的なシナリオで勇者にやる気を出させてやることにしよう!
「ではリン様、早速ですが打ち合わせとしましょう。どうぞ、お座りください。」
立ち話もなんなので、俺の権限で椅子を召喚し、『賢者』リンに座らせる。取り敢えず『賢者』リンに、紅茶かコーヒーを進めようと、何が良いか聞くと「結構です」と断られたので仕方なく、緑茶を出して置いておいた。
そして俺は蠅帳に保存されていた乾菓子を『賢者』リンの前に差し出し、デスクに腰掛けるバズズ様にはコーヒー(砂糖多め)に苺のショートケーキとチーズケーキ、モンブランにシュークリームを皿に乗せて置いた。
するとバズズ様は実に嬉しそうな顔で
「うむ!流石はディラ、気がきくのぅ……」
そりゃ、心読んでますから、食べたいものくらいは読み取れますよ。
そんな事絶対言わないが。
さて、準備は出来た。俺は、腕を組んで『賢者』リンを見下す様な立ち位置に立った。
「さて、では勇者様にやる気を出させる為に、先ず『賢者』リン様にはやって貰いたい事がいくつかあります。」
コクリ、真剣な目で頷いた『賢者』リンを確認して、俺は真面目に語る。
「先ずは、そうですね。勇者様に話を聞いてもらえる様、服を脱がせましょう。」
「え……?」
「と言っても真っ裸にしろとは言いません。勇者様の胸元のボタンをゆっくり外してそこで『身体浄化』の魔法をかけて下さい。」
淡々と語る俺に『賢者』リンは手を上げて止める。
「質問です。」
「はい。どうぞ。」
「その行動には一体どうして、『勇者様に話を聞いてもらえる』様にする要素があるのでしょうか?」
マジで?そこ聞いちゃう?面倒だな。
「簡単です。それは勇者様が『童貞』だからです。」
「……はい?」
「では続けましょう。」
『賢者』リンはかなり不満そうな顔をしたが、ここは俺のスルースキルで無視して話を進める。
「勇者様に話を聞いてもらえる様になった時、そこで更に邪神討伐を快く了承してもらう為、もう一つアクションを起こします。」
少し休憩。クッキーをパクリ。
「勇者様の食べたい物を食べさせましょう。」
食べ物で釣るのは基本だ。面倒だが、此処は俺が一肌脱ぐとする。
自惚れじゃないが、俺の創造魔法で作る料理は未だこの世界に存在するどの料理よりも遥かに美味しい。そんな自信がある。
この創造魔法を使い勇者を食べ物で釣ることにしよう。その為には………
「バズズ様、あの魔導書を使っても良いでしょうか?」
バズズ様にそう、重要なものでもある様な聞き方をする。
するとバズズ様は俺の思惑を察して下さったのか、コーヒーを少し飲むと
「勇者様の為、何より世界の為じゃ。許可しよう。」
なんかマジで凄い物でもある様な返しをしてくれた。
「ありがとうございます。では少しだけお待ち下さい。」
そう言って俺は隣の図書室に移動する。
図書室にある一番古い本を手に取り、埃を払う。あまりにも古すぎて表紙の文字はボロボロで読めず、開こうと思ってもボロボロに紙が崩れてしまう。
まあ良いかこれで。
俺はちょとだけその本に回復魔法を施し、綺麗な感じに戻す。
そしてちょっとした魔術式、いや、えーとただ光を放つだけの魔法陣を描いた。
この魔法陣は、少量の魔力を流すだけで光を放つ、誰でも教えてもらえれば出来る超簡単魔術だ。
何故こんな事をしたのか、実に面倒だがこの魔法陣が光ったら、俺がこの魔法陣の中心に創造魔法で作った食べ物を転移させるつもりだ。
何故こんなに面倒な事をするのか、そう言われるとただ、俺が転移系の魔法陣描けないからとか、そう言う残念な理由しかない。
面倒だが千里眼でこの魔法陣が光るまで観察し、光ったら食べ物を転移させる。そうするつもりだ。
はぁ……さて、行くか。
「お待たせしました。」
ボロい本を手に持った俺は再び執務室に戻った。
そして開口一番に、『賢者』リンが凄い興味津々な目で俺の手に持った本を見てこう言った。
「一体それは?」
む、考えていなかった……
「我ら教会に代々受け継がれた『古代の魔術書』じゃ。」
バズズ様がそう答え俺に目を合わせめ頷く。
ありがとうございます。古代の魔術書とか、かなりセンスがあると思います。ハイ。
「ふぉぉ……………一体どの様な力を秘めているのでしょうか?」
一瞬『賢者』リンの酷いキャラ崩壊を見た気がしたが、多分俺の気の所為だ。うん。魔術書みてヨダレ垂らしていた『賢者』なんて誰もみてない!居るわけがない!
「触れた相手が想像する物を何でも召喚する魔術書です。」
「成る程、創造系の魔術書ですか……面白いですね。」
興味無さげに聞こえるが、『賢者』の眼はキラッキラッに光って魔術書から目が離れていない。
「これを『賢者』リン様、貴方に託しましょう。」
「本当に!?……………いえ、何でもありません。私でよろしいのでしょうか?」
「勿論です。この魔術書は貴方なら使いこなせる筈です。」
本当はただの本だけど。
それでも『賢者』の眼は光って止まない。
もう面倒なのでさっさと手渡す。
「ありがとうございます。必ず成功してみせます。」
と口で言うものの、視線はと手は魔術書を触ってばかりだ。
………『賢者』ってヤバいな。
何がとは言わないが。
「さて、あとは『賢者』リン様の話術にお任せします。」
「分かりました。精一杯やらせていただきます。」
おっと、待てよ勇者に会うなら今までの仕返しを少ししてやろう。
「『賢者』リン様、最後に勇者様へこの『神々の聖なる飲み物』を飲ませて下さい。」
そう言って俺は瓶に入った濃い緑色の液体を手渡す。
「これは一体?」
「まじないの様なものです。イリアル様からの贈り物だと差し上げて下さい。」
「分かりました。」
そう言って『賢者』リンは『神々の聖なる飲み物(笑)』をアイテムボックスにしまった。
よし、超苦い青汁も手渡せた事だ。後はもう『賢者』リンに頑張ってもらうしかないな。
「では、ご武運を。」
「はい。ありがとうございます。失礼します。」
さっさと出て行ったリンを見送り、俺はバズズ様へと向き直る。
「バズズ様、ありがとうございます。」
「何を言うか、礼を言いたいのはこちらの方じゃよディラ。」
「はい?」
「『賢者』リンを使った勇者籠絡計画。知っておったのじゃろ?ディラよ。」
勇者籠絡計画?何だそれ。
「本来儂が彼女に伝えるべきだった事、お主が導いてくれて大変ありがたく思っている。ありがとう。」
畏まって礼を言われると何だか照れる。それもバズズ様からだと尚更。
俺は何も言わずただバズズ様に頭を下げた。
バズズ「所で先ほどの緑色の液体はなんじゃ?」
ディラ「申し訳ありません。」
ディラは深く頭を下げたのだった。