ープロローグー 『盛大に破壊しよう』
俺は、家に帰りおっさんに、持ち帰った【ホムンクルス研究施設設計計画書】と【精神魔法研究レポート】を見せていた。
おっさんは精神魔法レポートを少し読み、その場に捨て置くとこう言った。
「こんなもの、200年前に我が、既に研究し終わっておる。……結論を言えば、精神魔法を掛け間者として利用するくらいなら、普通にマトモな間者を使った方が手っ取り早いと、我は片付けた代物じゃ。」
「お前の自慢は良い。この、精神魔法は、記憶を消された奴の記憶は、元に戻す事が出来るのか?」
「その答えは、バンシィの想像する記憶を消された者の状態による。」
「と言うと?」
「例えば、このレポートで言うなれば、この『記憶の破壊を行なった後に刷り込みを行う事で、被験体を操作する精神支配』の場合じゃと、不可能じゃ。」
レポートを指差して、俺にも分かるような解説をしてくれるおっさん。こう言う時だけは役に立つ。本当に。
「何故だ?」
「文字通り、『記憶を破壊』しておるからじゃ。記憶の破壊とは即ち、『過去に経験した事を、覚えている事を喪わせる事』じゃ。例えばリンゴを食べた。と言う記憶を、忘れたのではなく、そもそも食べていないと言うことにする事が、『記憶の破壊』じゃ。」
成る程。何となくわかった気がする。
おっさんの言うことに、何となく相槌を打ちながら話を聞く。
「逆に言えば、『記憶の破壊』さえ、行われていなければ、『記憶の蘇生』は可能じゃ。」
「その、『記憶が破壊』された奴と、『記憶が破壊』されていない奴の見分けはつくのか?」
「うむ。勿論じゃ。……と言っても、このレポート通りに話を進めるならば、『記憶が破壊』されている者の、すぐ側に『記憶を破壊』を行った術者が控えておる筈じゃ。このレポート通りに話を進めるならばな。」
「さっきから、レポート通りに話を進めるならば……と言っているが、おっさんはこれ以上の精神魔法を開発しているのか?」
その問いかけにおっさんは自信満々に、大きく頷く。
「我の場合だと、『記憶の破壊』を行わず、まるでその者を、自身の手足の様に動かす事が可能になる。その者の全てを支配するので、かなりの魔力を消費するが、術者が誰か、悟られる事も無い。完璧な精神魔法じゃ。」
『使い道は皆無じゃがの。』とおっさんは付け加える。うーん、それだと色々問題だな、俺としては……
「じゃが、バンシィよ安心せい。このレポートは割と最近じゃ、普通に考えても、我の様な精神魔法を開発する事など不可能じゃ。」
「そうか、なら良い。」
「……バンシィよ。これは我の予測であるが、あの時バーにやって来た二人は、二人共、精神魔法にかけられておったな?」
相変わらず、おっさんは鋭い。俺が今聞こうと思っていた事を先回りして、聞いて来たな。
「よく分かったな。そうだ。……その二人は、記憶を戻す事は出来そうか?」
「残念じゃが、我の見立てでは片方しか戻らん。」
「………そうか、どっちだ?男か、女か?」
「そうじゃな…………」
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やはりか、と言うべきか、しかし、これはもう、どうしようもない事なんだな………
「バンシィよ……お主は優しいの……」
「…………」
俺は優しいつもりはない。ただ、どうしても無理な奴がいる事に、寂しさと悲しさを感じているだけだ………
「バンシィよ。これは運命だったのじゃ。仕方のない事だと割り切るのじゃ。人生とはそういうものじゃ。」
「そうだな。」
仕方ない。それは割り切ろう。記憶が戻るかもしれないのは居るんだ。二人ともじゃない。ならまだマシだ………
「そうじゃな、話題を変えよう。……この【ホムンクルス研究施設】じゃが、見た限り罠じゃが……」
おっさんに気を使って貰っているのは、何だか癪に触るが、優しさだと受け取っておこう。
「それは、俺も思っていた。だが、何かしらの手掛かりはあるかと、俺は睨んでいる。」
「うむ、しかし、この計画書通りの設計ならば、恐らく数千単位の敵が待ち受けている事は確実じゃぞ?……この、ブゥルムンド大陸『双剣島』。と言うのは、ブゥルムンド大陸とはいえ、『双剣島』までは我の『大陸の呪縛』が阻んで我は行く事が出来ん。」
「場所は分かるのか?」
「勿論じゃ、我が『魔王』になる前の、思い出の地じゃからの。」
その思い出とやらを、懐かしむ様におっさんは呟く。
「一体、どんな思い出だ?」
「『双剣島』と言うのはじゃな、まるで双剣の様な形をした島じゃから、その名がついたのじゃが……実はその双剣の形になったのは理由がある。」
うわ、めんど臭い空気になってきた……おっさんは語り出すと止まらない、いや、めんど臭い。
「一体なんだ?」
「元々は一つの大きな無人島じゃったその島は、我とドラグが闘った事により、島の中心が大きく穴が割れてしまい、双剣の様な形になったのじゃ!」
いやオイ!お前とドラグの所為かよ!なんでそんなとこで闘ってんだよ!?
「いやー今では、良い思い出じゃ。その時の闘いを聞きたいか?」
「いや、結果だけでいい。」
「結果は我の負けじゃ。」
なぬ!?
おっさん、負けたの!?大魔王なのに!?あんな糞ドラゴンに!?
「いやー、我もその時は、破滅魔法を開発しておらぬ、ヒヨッコじゃったからの。」
「そうか。」
いや、待てよ。魔法なしだろ?……つまり、魔術しかない訳だ……え?それで島に穴が空くの?
てっきり『ワールドバーン』辺りの魔法ぶっ放して、やったのかと思ってたら……なに?火力もショボい魔術でやったの?
「いやー。あの頃はよくやったの。ドラグが気まぐれで、我を殺さずにおいたお陰で今がある訳じゃ。」
あ、なに、そこまで圧倒的差だったのね。なにそれ、ドラグの気分一つで左右される将来『大魔王』の命って………
「まぁ、負けたのは、それっきりじゃがの!」
ドラグ弱えぇぇぇぇぇぇ!!!!!
「そうか。いや、そんな事は正直、どうでも良いのだが、その『双剣島』の場所。教えろ。」
「む………良いが、一人で行く気か?流石に人数的に不利ではないか?」
「いや、ダルク達全員連れて行く。」
「成る程、それはさぞ、楽しかろうな。」
「ああ。」
盛大に破壊してやる。
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漆黒の巨体に鋭い巨大な牙を持つ犬。
裏世界に存在する、無人大陸。その陸を支配するジャンヌ・ダルクは、退屈していた。
「ふぁぁぁ………暇だなぁ……バンシィ様は僕の事はほったらかしだし……ここの魔物はもう、僕より弱いし………」
「ピュイ……」
「ん?ああ、究極の王スライム君か。君も堕ちたものだね?」
「ピュィ……」
ダルクは独り言ちる。嘗て、陸の食物連鎖の頂天に君臨していた、スライムを従えダルクは大きな欠伸をする。
ダルクは『オーバーヘッド』と言われるSSランクの魔物であったが、バンシィと言う、最強の主に出会った事で、その力は大きく変化した。
先ずは見た目だ。嘗ては8つあった頭は今は一つに統一され、その身体は一回り大きくなり、身体能力も跳ね上がった。
SSSランクと言われたスライムを従わせる程に………
「暇だなぁ……」
「暇そうだな。」
「そうなんだよ。バンシィ様が、表世界ばっかり行っちゃう所為で、何もする事がないんだよ。」
「それは、悪かったな。」
「本当に、悪いですよ。………って、えぇ!?バンシィ様!?」
いつの間にか、真下に現れた黒ローブに仮面を着けた神官姿のバンシィ。
「暇なお前に、楽しいお遊びをしに行こうか。」
「本当ですか!?お遊び!?楽しいのですか!?」
思わず飛び上がり、普段は静かな尻尾がブンブン動く。
「ああ。ちょっとしたお遊びを、表世界でやろうか。」
「分かりました!!」
「ベータとシャン、それにガンマも全員だ。」
そう言うバンシィの口元は笑っている。
それを見るだけでダルクはとても楽しい事だと、思いを馳せる。ああ。なにが始まるんだろう。
「盛大に破壊しような。」
「はい!」
ああ、とてもとても、楽しい事だなと。ダルクはバンシィの一言で察したのだった。