ー第31話ー 『だろうな。』
「うぉぉぉぉぉぉぉん!!!よがッダァァァァァ………本当に………本当に………!!」
「わかったから、もう泣くのをやめろ。」
かれこれ五分くらい、ジャックは床に顔をつけ泣き続けている。
いい大人が、ずっとだ。全員が呆れて、最早興味を失っている。
ジャックの相方のクラントですら、既に席に着き、ビールに冷奴を摘んで食べている。
「だが……どうして生きていたんだ?」
「どうしてもなにも、そもそも俺は死ぬ様な事態に陥ってすらいない。ただ、存在を消されただけだ。」
そう。あのバズズ様が、何をトチ狂ったのかわからんが、俺の『ディラデイル』の名を、書類上から全て抹消してしまっていたのだ。
つまり、今の俺は、戸籍上では死んでいる。つまり戸籍がない存在だ。だから、例えば今、商業ギルドを通して商売をしようと思うと、出来ない。
だって居ないんだからな。
その代わりと言うのか、イリアル・ルイデ・ライデの戸籍は存在する。まぁ、無いと最高聖神官は何者なのだってなるからな。あって当然か。
「神官って……色々あるんだな………」
「そんな所だ。」
やっと泣き止んだジャックは、立ち上がり、やっと席に着いた。
「ああ、終わったのか。長い茶番だったな。」
「すまねぇ……バイトの兄ちゃん。見苦しいところを見せちまったな。」
ドラグがビールとおつまみを、ジャックに差し出し、『別に構わん』と一言残して、俺に向き直る。
「どうした?バイト。」
「クッ……バンシィまでバイトと呼ぶか……」
実際バイトじゃん。ほぼ無給の。
「で、なんか用か?」
「用もなにも、クリームパスタなど、俺は作れんぞ。」
「あ、忘れていた。」
そうだったな、イグザがクリームパスタを頼んでいたのだった。ったく……しジャックの一件で完全に忘れていた………
「仕方ない。特別に俺が入ってやろう。」
気が変わった。俺も今日は、手伝ってやろう。
「まて、バンシィ。それは色々まずいじゃろう?」
席を立とうとすると、おっさんに止められる。
「何がだ?」
「何がって……お主が此処に入っては、先ほどのシロンとの約束を、勘付かれてしまうじゃろ?……それに、お主の弟子の二人にどう言い訳するのじゃ?」
ああ、そんな事か。
「別に、ただ俺が、ディラのままで店員をやれば問題あるまい。」
要するに仮面を外さず、このままやればいいだけだ。
「なんと、理由づけするのじゃ?」
「この店のバイヤーって事で良いだろう?」
「む?しかし、弟子の二人には誤魔化せんじゃろ?」
おっさんは一体何を心配しているのだろうか、俺にはそれが理解出来ない。
「大丈夫だ。あの二人はアホだからな。」
「む……確かにそれは否定できんの……」
よし、おっさんは論破ー。さてさて、着替えますか。
俺は、店の奥に入り、いつも来ているカッターシャツと、黒いベストに赤のネクタイを締め、カウンターに入り、他の奴らに気づかれない様に厨房に入った。
厨房は、まるで新品の調理用具ばかりで、汚れの一つもない、ピカピカで清潔な状態だ。
冷蔵庫はデカイのが4つ、コンロが六つ、縦長の調理台が二つ、まぁ、あとは色々、取り敢えず広い。一応ここは魔王城の厨房だからな、兵とかにも食べさせる為の料理を、大量に作る為の厨房だから、広い。全く使われていないが……
さて、クリームパスタだったな……
取り敢えず、冷蔵庫に食材が何があるか見てから決めよう。
そう思い、冷蔵庫を開ける。
中には、肉の塊が大量に積まれていた。
あれ?肉の冷蔵庫だったか?これ……
間違えたのか、別の冷蔵庫を開けた。
「また肉?」
おかしい、こんなに肉入れた記憶ないぞ?
いや、もう、こんな事する奴は一人しかいないが………
念の為、また別の冷蔵庫を開けてみると、そこにはしっかり、お野菜がたくさん入っていたので、ドラグを殴ることはやめておこう。
さて、創造魔法で手っ取り早く、作っても良いのだが、食べるのはイグザだ。少しはちゃんとして出してやろう。よし、となれば、創造魔法は使わない方針で行こう!
……まずは麺だな。
これは、創造魔法で創造っと。
はい。あとは茹でるだけだな。あ!?文句あんのか!?
さて、ほうれん草と後は…………
面倒くさいから、ほうれん草だけでいっか!
ほうれん草をざく切りにして、皿に寄せておく。
パスタを茹でる鍋を沸かし、沸騰するまで放置。
その間に、暇だからちょっと本腰入れて、ルーでも作るかな。
冷蔵庫から、俺が厳選した、そこそこ美味しかった牛乳を取り出し、鍋にコップ一杯くらい入れて、温める。
その間、別の鍋でバターを溶かして、同量の小麦粉を加えてひたすら沸騰させながら混ぜる。
良い感じにドロドロになったら火を止め、温めた牛乳を打ち込み、混ぜ合わせる。
んで、混ざったら火にかけて弱火で沸騰させひたすら混ぜる。
すると、あら不思議、粘土の様な何かに変化したではありませんかー!はい。これでルーは完成。
んで、ルーに生クリームを合わせて溶かす。
では、仕上げにかかる。
パスタを茹で、茹で上がったらフライパンにオリーブオイルを、引いてパスタをぶち込む、火にかけ、ほうれん草を加えてたらさっきの生クリームにルーを溶かしたものを加えてあえる。
適当にホワイトペッパーと塩で味付けして、俺好みの味になったら皿に盛る。はい完成。クリームパスタ(笑)
料理を持って、厨房から店内に入り、しれっとイグザの前にクリームパスタを置いた。
「え?ディラデイル様?」
「クリームパスタだ。」
「え?なんで……」
「実は俺はこの店のバイヤーだ。」
「えっ?」
俺の発言にイグザは、ドラグに本当かどうか無言の視線を送る。まぁ、ドラグは普通に頷くがな。
「ディラ先生、りんごジュースお代わり。」
「ん?………ほらよ。」
「…………」
ドラグの肉丼を、まだ半分程しか食べきれていないNNは、無言でりんごジュースを飲み、肉を食べ、りんごジュースを飲み……と。肉丼をりんごジュースで飲み込みながら食べている。
さっきから静かだと思ったら……………無理して食べなくても良いのにな。
「うわぁ!美味しい!美味しいです!ディラデイル様!!こんなに美味しいの、食べた事ありません!」
「そうか、それは良かった。」
少し照れるぞ。
「へー、美味しそうね、私もクリームパスタ食べようかしら?」
と、BBAが呟く。
「貴様には作らんぞ。」
「なんでよ!良いじゃない別に!呪うわよ!?」
「フッ……」
適当に鼻で笑って無視。俺は、ジャックとクラントの前に移動する。
「ディラデイル様って、この店のバイヤーだったんだな。」
「なんだ、聞いていたのか。」
「聞こえてるっての……」
「そうか、それよりも、お前達に良いものをプレゼントしよう。」
俺はアイテムボックスから、液体の入った小瓶を取り出す。
「ん?なんだそりゃ?」
「オーバーフィトクスの唾液だ。」
「なにっ!?あの、オーバーフィトクス!?」
「そうだ。探していたのだろう?」
そう、もうあっさりと小瓶を手渡す。
「あ、ああ……だが、一体何処に……」
「俺も出所は知らん。たまたま知り合いの商人が手に入れたのでな、俺が買い取っておいた。」
「ありがてぇ………」
「すまないな、こんな事、頼んじまって……」
「良い。どの道オーバーフィトクスなんざ、一生に見れるか、わからん生き物だ。」
俺は毎日見れるけどな。
「この恩は忘れねぇ、しかし、一体幾らで買い取ったんだ?……俺たちが払えると良いんだが……」
「フッ……金はいい。また、この店に来てくれるのだろう?」
「ああ、勿論だ!この店の酒とつまみは美味いからな!」
「当たり前だ。誰が仕入れていると思っている。」
そう言ったら、おっさんにジト目で見られた。はい、無視。
「だがしかし、此処も賑やかになったものだ。」
改めて思うと、本当に賑やかだ。
「本当じゃ。開店当時は一週間も誰も来なかったからの。」
「そうだったな。」
そう言えばそうだ。『呪王』シロンがこの店にやって来るまで、一切誰も入っては来なかった。まぁ、営業時間が深夜だから、この街の人間は全く入って来なかった訳だが。今となっては良い思い出だ。
暇すぎてどんだけおっさんに水を注いでやったことか………
「ところでバンシィ。我にもクリームパスタを作ってくれ。」
「………良いだろう。」
そう言って俺は蛇口から水を出し、コップに注ぐ。生クリームを垂らしてかき混ぜ、パスタを一本、放り込む。
「ほらよ、クリームパスタだ。」
「うむ………って違うっ!なんじゃこれはっ!?」
「クリームパスタだ。」
「いやいや、なぜじゃ!?そもそもコップに入っている時点でおかしいじゃろ!?」
「何故だ?クリームとパスタはしっかり入っている、それの何処がクリームパスタではないのだ?」
そう、今回は理にかなっている。パスタとクリームは入ってんだからな!正真正銘クリームパスタだ!
「なにっ!?…………本当じゃ……確かに、クリームとパスタじゃ……」
うわ……食べた。まじかよ、水と生クリームだぞ?なんも美味しくねぇだろ……
「…………美味しくないの……」
「だろうな。」
俺はそれしか言えなかった。
そんなこんなで、俺たちの夜は過ぎていった………
これで、取り敢えずカオスは終わりです。まぁ、最後はバンシィとおっさんのネタで締めました。うん、彼らの夜はまだ続きますが、あとはもう、ネタしかないので、それはまた別の時に……