ー第5話ー 『先生』
ヒロインが出るのが王道ならこの作品は邪道です。
気が付けば寝ていて、また私は夢を見ていた。とても良い夢、記憶かもしれない……私の記憶……
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「先生!お久しぶりです!」
今の私よりも、少し縮んだ真っ黒の私。その口は笑っていた。ケタケタ嗤うのではなく、ニコニコと笑顔な笑いだ。
「おう、良く覚えていたな。」
黒ローブの人はニタリと笑っていた。
「恩師を忘れるわけないですよ。」
でも、私は忘れている。何もかも。自分の事も。
「所で、◯◯君が居ないが何処へ行ったんだ?」
「一年前に冒険者になると言ってそれきりです。」
「そうか。」
私の大事な人。大事な筈の人。私はどうして大事な人を忘れたの?
分からない。
「それよりも、大きくなったな。」
「先生はお変わりない様でなによりです。」
私が先生と呼ぶ黒ローブの人。その表情は分からない。
「そうだ、◯◯◯ちゃん。◯◯君に会ったら何か伝えておこうか?」
黒いもう一人の私はモジモジと……
「◯◯◯◯が死んじゃいそうな時は、助けてあげて下さい。」
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「寝ておるのかの?」
夢は扉の向こうから聞こえたイリアル最高聖神官の声によって終わった。
起き上がり、ドアを開ける。
「ふむ、生きていたのか。」
「……なに?」
「うむ、夕飯の時間じゃよ。行くじゃろ?」
「行く。」
甲板に上がると、まるでパーティーの様な形で様々な料理が並んでいた。
それらの料理を、一枚の皿に好きなだけのせて食べるものらしい。
イリアル最高聖神官の背後に付いて歩き、皿を取り、魚や野菜を取る。
イリアル最高聖神官は、料理を一口分ずつ全て取っている。
私は、このトマトは嫌いなので取らない。流石に船の上なので、肉が無い事は大目にみよう。
船の先端の方のテーブルに座り、先程の料理を食べる。
風はなく、船は穏やかにゆったりと海を進む。
夜の海に月が反射し、まるで二つ月が出た様に綺麗だ。
無言で料理を口にしていた、イリアル最高聖神官が口を開いた。
「言い忘れておったが、儂は世界を旅する。途中で、何があるかも分からん。それでも付いてくるか?」
「行く。」
イリアル最高聖神官の言葉に私は即答した。イリアル最高聖神官はその言葉に、一つの驚きもせず、アイテムボックスから一枚の黒いローブを取り出した。
「………」
「今、お前が着ておる神官ローブは、神官でない者が着てはいかん。色々と、めんどくさくなるからの。後で、このローブに着替えておくのじゃ。」
「………わかった。」
ローブを受け取り、少し広げてみる。
そっくりだ………先生と呼ぶ大切な人のローブにそっくりだ………
あの夢が本当なら、あの夢が……私の過去なら……この人はもしかして………
「しかし、その魔力眼。制御出来んのか?」
その言葉に、まだ魔力眼が発動していた事に気付かされた。どうりで、寝てしまうわけだ。
魔眼は強力だが、直ぐに疲労が溜まる。自由に制御は効かない。だから私は、それを抑える為に眼帯をしていた。今は『英雄』リンと戦い何処かに無くしたが。
でも、眼帯が無いのは問題。これからの事に支障をきたす。
「のう、魔力眼の強弱は出来るか?」
イリアル最高聖神官の言葉に私は首を振る。
「……出来ない。」
「そうか。ならばその眼に送られる魔力を、少なくしてみよ。」
「………?」
言っている意味が分からない。イリアル最高聖神官の言葉だ、何か無いはずがない。
眼に送られる魔力を少なくする?
…………分からない。
「ふむ、分からぬか。お前は魔法を使う時、何をする?」
この人は一体何を言っているのだ?魔法を使う時、何をする?
そんなもの決まっている。バカにするな。
少し口調を強め答えた。
「詠唱をすれば、魔法は使える。」
世界共通。魔法は詠唱をしなければ発動しない。『英雄』リンでもこの概念を覆すことなど出来ない。と言ってもアレは詠唱を極限まで短くして、ほぼ詠唱無しで魔法を使っているが。
しかし、その常識的な回答を、イリアル最高聖神官は鼻で笑った。
「その答えでは、魔眼を制御する事など出来ぬな。」
イリアル最高聖神官は嗤う。ふざけるな。魔眼を持っていない癖に、知った様な口を!
「なら、イリアル最高聖神官。お前がやってみろ!!」
「儂には出来ぬよ。」
プツンと私の何かが切れた。
バキッ!と椅子を蹴り、机をひっくり返しイリアル最高聖神官を倒し、殴りつけた。
「私が!私が!どんなに苦労しているか!!知らないだろ!お前なんかに!!」
この眼で歩くたび、周りからは奇怪の目で見られ、誰も近寄らない。
「この苦しみが!!お前に分かるのか!!」
何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
何度も、その憎たらしい顔を殴りつけた。
気づけば、イリアル最高聖神官の顔は元の顔を留めず。純白だったその白いローブは、自らの血で真っ赤に染まっていた。
…………こんな事をして……何になるのだろう……残ったのは虚しさだけ………
…………ここにいてはいけない。
逃げ出す為に、その一歩を踏み出した瞬間______
世界が大きく歪んだ。
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「……え?」
「お前の心は、スッキリしたかの?」
平然と椅子に座り、料理を食べるイリアル最高聖神官。
………私は確かに殴った筈……
思えば机は元どおり、それどころか私自身も椅子に腰掛けていた。
何?さっきのは?訳が分からない。
「先程の出来事は事実であり、事実でない。」
「なっ……その眼は……」
イリアル最高聖神官の右眼に灯る紫色の炎。それは何度も見たことがあり、つい先日も見たものと一緒。
「……幻術眼。」
しかも、あのQの持つ幻術眼とは違う。圧倒的に魔力がこっちの方が上だ。この魔力量はQや私の様な、複製の魔眼ではない……
これは……本物?
「お前が見ていた、いや、考え行動したものは全てが幻。自らの思う通りにいく世界はどうじゃった?」
「…………」
何も答えられない。答えられる筈がない。私の行動全てがこの人に掌握されていた。
何で?いつから?もしかすると、幻術眼を持っていないように、見せていたのも幻術?これが現実なの?
分からない。
「これは現実であり、そして儂は幻術眼を制御出来る。これも現実じゃ。」
そう言って幻術眼の眼を閉じ、再び開く。
そこにはもう片目と同じ、黒眼に変わっていた。その眼に、幻術眼の様な魔力は感じない。
「良いか?魔眼は制御が出来る。魔眼を魔法だと思え。魔法を使う時に、己の身体に何が起きているのか、それを感じよ。答えはそこにある。」
「イリアル最高聖神官……お前は一体……」
私は思わず笑いそうな質問を、口にしていた。
「儂はただの神官じゃよ。」
知っている。ただの神官じゃない事を。何故だろう、この人なら安心出来る……この暖かさは何なのだろう?
まるで黒いローブの大切な人の様だ。
この人からなら何でも教われる気がする……
「イリアル最高聖神官……」
「待て。」
その名を呼ぶと手を翳し遮られた。
「その名はあまり呼ばれると困るのじゃ。何か別の呼び方にせぬか?」
どこか、もどかしそうなその人を見て私はふと閃いた。
「……なら、『先生』と呼ばせてもらいます。」
小首を傾げた先生は「まぁいいか」と呟いて、料理を食べる事に没頭した。