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煉獄ノ陽炎―復活編―  作者: 王加王非
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復活編3-1<楽観的な天使の落下>

 楽観的な天使の落下



 十二月二十日、僕が死神となってから、また、珀楼七不思議に『白昼の踊る白髪ブルマ美少女』が上書きされて早一週間が経った。

 怜悧の麗艶なダンスは保健室で永い眠りについていたブルマをトレースしてしまったことも後押しして、校内で一際大きな話題になってしまっていた。

 まあそれはそれとして、妹の零奈が存命しているという情報を糧に僕はこの一週間日々操影師としての勉強に勤しんでいた。

 と言っても大した進展はない。

 以前から何事にも無関心というか親身にならない僕にとって、幾千の魂を狩る死神業務に対してなんら抵抗を感じることは無かったが、人間らしく死神らしい平和な生活は一週間で幕を閉じることになる。

 それは今朝の出来事。朝のH.R.だった。

白峰菊理(しろみねくくり)です。日本に来るのは三年振りなので、皆さんに何かと迷惑を掛けてしまうかも知れませんが、仲良くして頂けたらな嬉しいです。よろしくお願いします」

 転校生が来たのだ。しかも――、

玄川蓮香(くろかわはすか)

 二人も。

 ――ねぇ怜悧、まさかとは思うけど……。

(うむ。あのニコニコヘラヘラしている方は天使(あまつか)の類だろう)

 ハーフだかクォーターだか、将又、美容院で大金を叩いたのかは解らないが、ふんわりとした金髪が赤いヘアピンで止められている。

 セーラー服の上に着込んだカーディガンも大きく歪ませる胸が特徴的だった。

 クラスをゆっくり一望してから、僕の三白眼をその碧い瞳に捉えて軽く微笑んだ。

 ――あの大人しそうな子は?

(ほう、霊智はあの黒髪ロングが好きなのか? それとも貧乳が好きなのか?)

 ――僕は咲夜一筋だよ。それとも何、嫉妬?

(なっ! そんなわけあるかッ!)

 ――で、何者なの? 天使と来たら悪魔だったりするの?

(さてな、まだわからん)

 無愛想な二人目の転校生は白峰のようなブラフを混ぜることなく、大きな翡翠色の瞳で僕を凝視している。

 単刀直入を視線一つで体現していた。

 怜悧の言うように細い闇色の黒髪の前髪は水平に切り揃えられ、その奥に隠れた濃い隈がより一層彼女の瞳を大きく見せる。

 なんかヤバイ、リスカとかしてそう。

 まあ、自殺した僕が他人(ひと)のこと言えないか。

「刈谷レイチ君、でいいのかな? よろしくね」

「――え、あ、うん、よろしく」

 クラスメイトの策略により、オセロで反則でもしたように空席四席の密集地帯である窓際最後方に一人追いやられ、孤立していた僕の隣の空席に白峰が座る。

「……」

 そして白峰の前の空席を玄川が埋めた。

 僕の前の席だけが空白のままだったのを確認して少し安心した。

 その席にはもう、誰にも座って欲しくない――。

 休み時間の度に二人の席には人が集い、頼むから消えてくれという空気に従って居場所を無くした僕は意味も無く廊下を歩いた。

 始業のチャイム間際に教室に戻る度、白峰に集る人の数は増え、その帳尻を合わせるかのように玄川の席に寄りつく人は減っていた。

 こういう光景を見ると気分が悪くなる。人間が嫌いになる。

 その人間の一人である自分に対する嫌悪感に苛まれる。


 人目は憚られるのか結局何事も無いまま、その日の放課後。

「あっ、あの刈谷く――」

「ねえねぇ白峰さん、駅前に美味しいクレープ屋さんがあるんだけど」

「一緒にカラオケ行こうよ白峰さん」

「えっ? あっ」

 隣の喧騒を背に颯爽と教室を後にした。

 訓練されたクラスメイト達がこの疫病神との物理的距離を縮めてでも近づくに値すると判断された白峰は校内屈指の人気者になることだろう。

(霊智、黒いのが付いてくるよ)

 ――うん、わかってる。

 咲夜が死ぬずっと前から陰口に晒されて生きたんだ。

 人の気配くらい余裕でわかる。

 駅のホームで尾行を確信しつつも、いつも通り新宿三丁目で丸ノ内線に乗り換え新中野で下車する。

 ――どこがいいの?

(人気の無いところならどこでも構わぬ)

 ――やっぱり人目は気にするんだね。

 怜悧の配慮に関心しつつ青梅街道を南に二、三入った路地で立ち止まる。

「――君は、何の用かな?」

 暗に怜悧と対比したつもりだったのだが、きっと当人は気づいていない。

 何はともあれ発話が大の苦手な僕だが何とか余裕の有る態度で接触を試みる。

 ズボンのポケットに隠した手の震えは止まらず冷たい汗が滲む。

 死んだはずの感情を身体は捨てきれていないようだった。

「……」

 聞こえてはいるのだろうが、僕の声に対する返答は無く、姿も見せない。

「――気長に待つよ」

 今日の玄川の行動を観察して、取るべき態度は決めていた。

「……取引」

 その掠れそうな声は視界の端の自販機から聞こえた。

 その反応にどこか確信を得たため、できるだけ早く、言葉を返す。

「――聞こうか」

 自販機の裏からゆっくりと顔を出した彼女の黒髪が夕日に照らされ紅く輝く。

 必然、彼女と相対する僕は背に日差しを浴びる。

 彼女には逆光で表情まではわからないはずだ。

「刈谷霊智の霊籠弾倉(マガジン)、は何者かの霊蝶心弾(バレット)に侵蝕されている」

 どうやら玄川は言葉の継ぎ目が苦手のようだった。

 小学生の時吃りのせいで僕自身いじめられていたのを思い出した。

 そういうことに敏感でありながら、しかし、僕はまるで気づかないフリをする。

 それより彼女の口にした単語の意味がさっぱり解らなかったので、返答に困っている。

(だそうだ)

 ――いや、よくわからないけど怜悧のことだと思うよ。

(うむ。霊籠弾倉とは霊智の身体のことで霊蝶心弾は要するに吾の精神のことだな)

 道端の下水溝から紫や緑が着色されて視覚化できそうな異臭が漂う。

「――ああ、それで?」

「それ、を私が貰い受ける」

 ――だってさ。

(断じて断る)

 怜悧は僕の両肩に手を乗せて背に隠れるようにして拒絶した。

 そんなことをしたってどうせ誰にも見えてなどいないだろうに。

「――拒否権は有るのかな?」

「神格操影師、は身を滅ぼす」

 ――よくわからないけど、かなりバレてるみたいなんだけど……。

 異臭が鼻を刺すのを感じつつも、気にせず玄川を直視する。

「――今日あったばかりの転校生の助言を受けて、はい、そうですか。なんて従うと思う?」

「忠告、はした。好き、にしろ」

 玄川はそう言って身を翻し足早に去っていった。

 夕日を浴びて黄金色に輝く長い黒髪をビル風に靡かせながら歩くその後ろ姿を、僕はただただ見送った。

 追うべきかとも思ったがそんなことをするほどの行動力を僕は持っていない。

 頭の中は至って冷静だったが、足が竦んでしまっている。

(臭いな)

 振り向けば、怜悧が排水口の前で身を屈め、鼻を近づけている。

 ――そりゃ下水だからね。

 怜悧は立ち上がってムッとした顔を僕の顔に寄せる。

(奴がここまで、尻尾を見せないとは思わなかった。この異臭もカムフラージュのようなものだ。目には目を歯には歯を。そんなとこだな)

 ――それより怜悧はどうなのさ?

 一々勢い良く動く怜悧も辺りに水仙の香りをばら撒いている。

 これもカモフラージュなのだろうか。

(どう、というと?)

 ――どこまでバラしてるの?

(安心しろ霊智、吾の正体は収穫機を表に出さない限りは絶対に割れない。神格と侵蝕に関しては、霊智が人間で吾が死神である以上仕方のない事だ)

 怜悧は自ら刈谷の姓を名乗った。

 その意味は僕の魂との同調以上に、神たる怜悧を強引に僕の下に置くことで魂の侵蝕を拮抗させることにあるらしい。

 それが講じてか、現状は僕が怜悧の神機である収穫機を携帯しているに過ぎない。

 ――天使の方は?

(さあな。奴らは幸せ者だからな。他人にも自分にも甘いし、時間的に束縛されることは無いし、んー、まあ、直ぐには接触してこないだろう)

 ――へー。その甘えに似た慢心の塊みたいな神様を僕は知ってるよ。

 それが悪いことだとは思わないけどね。

(はて?)

 呆ける怜悧は本当に可愛らしく、実体を捨てたのは勿体なかったんじゃないか、とお節介にもそんなことを思った。

 怜悧に首を傾げられて撓垂れる白銀の長髪も夕日を浴びて黄金色に輝いていた。

 

 翌朝、何を言おうと聴く耳を持たないのでもう怜悧のシャーッにも慣れた。

 小学生の月曜朝礼みたいな感じだ。嫌でも慣れる。

 学習と習慣の違いは意識の有無、つまりサブリミナルでやらされている感じだ。

 でも、慣れていること自体を知っていれば、問題ない。

 嫌なことをどうせやるなら気づかない内にやってしまっている方がいい。

 そんな感じ。

 実際、朝の強烈な日差しよりもテンションの高い死神様の笑顔の方が鬱陶しいし眩しい。

 死神は魔物とは違うので日光に怯えたりなんかしない。

 だからと言って好んでいるようにも見えないのだが……。

 一人で校門を潜る姿を誰にも見られたくない僕は口にパンを加えて、いつも通り七時半には学校に着くように家を出た。

「……」

「――や、やあ、玄川」

「神格蝶、を差し出す気になったか?」

 家の前で待ち伏せとは良い度胸だね。こんな真冬の朝七時にご苦労様です。

「――君の素性次第かな?」

 僕は平静を装って返す。昨日とはわけが違う、何も準備していない。

 特に心の準備。まあ中身は空っぽなんだけどね。

「そうか……」

 玄川の言葉からは覇気を感じられなかった。

 目的は明確化されており、行動力も申し分無いのだが、どこか他人事のような執着の無さ、無気力。

 そこに僕は親近感のようなものを感じていた。

「――良ければ一緒に行かない?」

(ついに呆けたか、霊智)

 また嫉妬か。

(なっ、ななな、んなわけ有るか。もういい、勝手にしろ!)

 確かにこの時、僕は呆けていたのかもしれない。

 感情そのものが希薄なはずの僕が玄川に、興味を、好奇心を抱いていたのだから。

「ダメ、かな?」

「……良い」

 ほんの少しだけ俯くようにして返された返事を見逃さなかった。

「――よし。じゃあ行こう」

 玄川は終始半歩分、僕の斜め後ろをちょこちょこ着いて歩いた。

「玄川さんはどこに住んでいるの?」

 駅のホームで電車を待つついでに、俯いたままの玄川さんに話しかけてみる。

「……」

「――最寄駅でいいよ」

「……高円寺」

「――一駅じゃん……」

 近いよ。通りで玄関先でスタンバってられたのか。


 僕はお互いの素性に関わらない範囲で会話をなんとか続けた。

 つっかえたり、噛んだり、声が小さかったり、裏返っていたり、学校に着くまでギクシャクしっぱなしだった。

 それでも何故か、校門を潜る頃にはとても気分が晴れていた。

 七時半、朝日が机と椅子の足を横から照らし格子のような影が差す、まるで牢屋と化した教室の端、僕と玄川、二人きりの囚人は何をするでもなく、時間だけが過ぎていく。

 だからといって先ほどのように会話を続けるわけには行かなかった。

 もしもベラベラと会話を続け、万が一他の生徒に見られたりしたら瞬く間に噂が尾を引いて校内を駆けずり回る。

 玄川にとっても、僕にとっても良いことは無い。

(密会は終わりか?)

 ――うん。

 不貞腐れた怜悧の冷やかしはもっともだ。

 未だにこんな些細な問題に対処しようとする自分が歯痒かった。

 臨死体験をしようが、死神に取り憑かれようが、日常に劇的な変化が見込めないのでは、何の意味もないだ。

 一人のクラスメイトと堂々と話すこともままならないなんて。

(やけに楽しそうにしていたが、何かわかったのか?)

 ――いいや、さっぱり。

(たわけ。単なるおしゃべりなら吾がいくらでも相手になってやるというのに……)

 ――ごめん。でもね怜悧、一つだけ、なんとなくだけど解ったことがあるんだ。

(なんだ?)

 ――玄川はきっと、敵じゃない。

(は?)

 ――僕から怜悧を剥がしに来たのだとしても、それは僕に対する敵意ではないってこと。

(吾に対しての敵意だろう)

 ――そうでもない。そんな気がするよ。


 白峰の人気は他クラスにまで轟くほどであったが、昨日の今日で玄川の席に近づく者はいなくなった。

「起立、礼」

 クラス委員長こと日寺玻璃瑳(ひでらはりさ)の威勢の良い号令を合図に教室に放課後の喧騒が広がる。

 百間と成瀬に吹聴して余計な世話を焼いてくれた日寺だが、彼女が咲夜の一件を知っているのは日寺の家系がうちと似たような職種だからだ。

 別にろくに話したこともないのに――。

 僕はスクールバックの外側の紐を肩に掛け、そのまま誰よりも早く下駄箱に向かったはずだった。

「……」

 校門を潜った際、不意に視線を感じた。

 それは常日頃から浴びてる蔑みや哀れみではなく、ただ単純に僕に注がれていた。

 教室の窓からは死角になる白楼高校と隣のマンションを隔てる曲がり角。

 そこからこちらをじっと見つめていた彼女の元に自然な足取りで近づく。

 できる限り気づいていないふりをして歩いたが、三歩でバレたのだろう、直ぐに彼女は俯いてしまった。

 赤いマフラーから溢れたサラサラの黒髪を風に揺らすその姿はどこか大人びていて、長い前髪の隙間から覗く大きく鮮やかな瞳はどこか幼げで、その矛盾するような容姿が幻想的かつ魅力的だった。

「――て、てっきり僕が一番だと思っていたんだけど……、帰宅部エースの座は玄川に奪われちゃったみたいだね」

 相変わらずどうでもいい話題振ってるな、僕。

 そんな自嘲混じりの意識的な笑みで顔面を覆い、少し戯けてみせた僕の言葉は玄川には届かなかった。

「神格蝶を……」

 少し丈の余ったセーラー服の裾から伸びてきた小さな手の平。

「――悪いけど、今朝の僕と同意見だよ」

 そう返すと玄川はあっさりと手を引っ込めてしまう。

「そう」

 玄川が立っていたのは白楼高校校舎のちょうど裏側、通学路として使われることは無いであろうが、日当たりが悪く、立ち話には少々冷える。

「――帰ろうか」

「……ん」

 今日の玄川のクラス内での立ち位置を見ていて漸く踏ん切りが着いた。吹っ切れた。

 一匹狼同士が肩を並べてしまえば、周りの意見なんか度外視でそれは紛れもなく群れであり、無視されようとも迫害されようとも、一人で居るよりはずっとマシだ。

 そう判断した。

 自分勝手な誘いに対して玄川が既に俯けた頭をもう少しだけ前に傾げたのを僕はしかと確認すると、いつもより足取りを軽くいつもより歩幅を狭くして帰路についた。

 地下鉄に乗り込んだ後、同一車両内に白楼生が居ないことを確認してみたものの、僕のその姿に不思議そうな視線を送る玄川に気づき、自己嫌悪に陥る。

 僕は再度口を開いた。

「――玄川はどうして僕から神格蝶とやらを取り除こうとするんだい」

 僅かに逡巡してから玄川は口を開いた。

「刈谷霊智、あなたを救うため」

「――えっと」

「建前、ではない」

「――でも」

「花原咲夜」

「――ッ!」

 その一単語で僕の心臓は高鳴り強制的に思考が加速する。

「紅い死神、からあなたを救いたい」

「なんで……それを……?」

 完全に不意を突かれた。半年前から連続して周囲に降り罹った災厄――赤羽の話題になるとは思わなかった。

 そもそもあの事件は奇叡塾とかいう国家暗部組織にS級秘匿案件で片付けられたはずだ。詳しいことは解らないが、Sって言うからには最高機密だろう。

「……」

 しかし、その日、それ以上玄川の口が開かれることは無かった。もどかしさに奥歯を噛み締めたまま新中野のホームに降りた。

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