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煉獄ノ陽炎―復活編―  作者: 王加王非
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復活編1-2<朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり>

 ◆□◆


「レイくんはさ、神様っていると思う?」

 六月六日、表向きは葬儀屋を営む僕の家の近くの公園で、いつものように僕と幼馴染の咲夜は柔らかい月光に照らされながら夜中まで駄弁っていた。

「――」

「そう。でもね、アタシは信じてるんだ、神様」

 咲夜は僕のつんのめるような声も気にせず、いつも他愛無い会話を続けてくれた。

 未だに半信半疑だが、僕の家系は操影師(そうえいし)と呼ばれる言わば霊媒師やシャーマンと呼ばれるような体質の家系らしく、近所に住まう一般人たる咲夜の護衛に、と妹の零奈(れいな)も一緒に公園で遊んでいた。

「信じるもなにも、架空事象としての存在は確立しているわけなんだけど」

 こんなに刺々しいお年頃の零奈を両親が進んで夜の街に放つのだから、余程その操影師とやらはもの凄いのだろう。

 若しくは、余程僕が頼りなかったに違いない。

 それもそのはず、通例幼少期にはその兆しを見せていたはずの操影師としての力が、僕だけはいつまでも発現しなかったのだ。

 ここ数年は両親も僕の目の前で零奈をベタ褒めする始末だった。

 それでも、鬼才の麒麟児超本人であるところの零奈と、少し霊感がある程度の一般人だった咲夜だけは、僕こと刈谷霊智(かりやれいち)を欠陥操影師としてではなく、一個人の人間として見てくれた。

 それが、それだけが僕の幸せで、生きる理由だった。

「だってさ……」

 だけど、幸せはいずれ失い奪われるものである。

 奪われて初めて幸せだったと気づくのだから――。

「偶然と必然。どっちに転んでも、それは『神様の云う通り』なんだよ」

 いつも通り三人で公園のブランコに揺られながらそんな与太話をしていた時、アイツは唐突に現れた。

「怨敵退散、羅刹徴兵!」

 何かいる。そう感じた時には既に零奈の甲高い叫び声が耳を劈いていた。

「イチにぃ、サクちゃんを連れて逃げて――早くッ!」

 零奈の腰まである緋色の髪は天を衝くように逆立ち淡い光を放つ。

 同じく緋色に輝く指輪をアイツに向けて翳しつつ、零奈の叫声に呼び出された鬼神は八体。

 零奈の十八番である八大夜叉大将その全てである。

 鎧で全身を包み、表情は兜の影となって窺い知れない。

 それでも、冬の寒空の元に漏れる彼らの白い吐息一つで思わず脚が竦む。

 こういう霊災的襲撃は別段珍しくもなく、今までも月一で起こる程度の少しだけ刺激的な日常風景だった。

 しかし、今まで零奈は僕と咲夜の前でこれだけの鬼神を並べることは勿論のこと、況してこの公園の外に退避させることはなかった。

 暑くもないのに汗が額に滲むのを感じつつ、かじかむ手を咲夜に伸ばした。

「――」

 その手が咲夜に届くことはなかった。

 全身を返り血で赤く染めたアイツは、強靭な夜叉達の大刀をいとも容易くすり抜け、僕と咲夜の間を遮るように立っていた。

 そのまま、天高く振りかざした鮮血滴る大鎌でこの首を狙った。

 僕は身構える間もなく、その刃をただ見つめていた。

 その時、僕は横から何かに押し飛ばされてアイツの振るった凶刃から逃れた。

 代わりに――。

 その代わりに、大鎌は咄嗟に僕を押し飛ばした咲夜の背を穿った。

 背中から鮮血が飛散すると同時に咲夜の眼は段々と虚ろになっていく。

 それでも咲夜の口角は僅かに上がっていた。

 何故か、笑っていた。

「――」

 咄嗟に飛びつき抱えた咲夜の表情は満足気で、また、どこか物憂げだった。

 夜叉の内の一人に襟首を掴まれて引き摺られながら、子供のように泣き叫ぶ僕の声を聞きつけたのか、両親が慌てて駆けつけたが、その時にはもうアイツの姿は無かった。

 全身全霊で現実を拒絶した。

 咲夜は死に、無理をした零奈も意識を失って、そのまま病院に搬送された。

 ただ一人、たった一人、僕だけが無傷だった。

 翌日、クラスメイトに埋もれ、涙を涸らし、声も嗄らして葬儀に参列していた僕はまるで心無き人形だった。

 いや、今思えばその頃はまだ人らしかった。

 そんな無様な僕を見て同情をくれる輩や、内心で嘲笑う輩、操影師の話を除いた中途半端な説明のせいで僕に不信感を抱く輩までいたことだろう。

 日頃から神がいるかどうかなんて本気で考えているような咲夜は、どう見積もっても今どきの女子高生とは言えず、その蠱惑的なまでに人目を惹きつけてしまう容姿も相まって、クラスの中ではかなり浮いていた。

 そのため、怪談レベルの根も葉もない噂が飛び交っていたが、多趣味無特技の学内カースト最低辺の僕にはどうすることもできなかった。

 咲夜が死んで二週間が経ち、咲夜の両親に合わせる顔が無いという趣旨の、まるで懺悔のような遺書を残して両親が姿を消した。

『霊智殿、私の最後の仕事に参りました――』

 それから更に一週間後のこと、両親の式神――弥生(やよい)から悲報が届いた。

 内容から察して、仇討ちのような真似を試みたらしい。それも失敗に終わったようだった。

 しかし、この行動自体、真偽の程は定かでない。僕の両親は昔から嘘吐きで不誠実なのだ。

 自分を慕う式神にさえ平気で嘘を吐くような、僕の一番嫌いな人種だ。

その翌日には零奈が『イチにぃへ、探さないでください』と丸っこい字で書かれた書き置きを残して病院から疾走した。

 壁に血で書いてあったので間違いない。

 僕はただ一人、何もわからないまま置き去りにされた。僕を取り巻くパラノーマルに僕の現実は為す術もなく崩壊していった。

 やがて人間としての倫理や道徳は欠如し、空っぽになった僕は操影師の禁忌に手を出した。

 操影師としての力を発現させられなかった僕にとっては禁忌ではないだろう。

 そんな屁理屈からだった。

 人としても禁忌だというのなら、世界に辞表を出す覚悟だった。

 咲夜と家族を全て失った僕はアイツへの復讐心に駆られて、影を持たないままに操影術を学ぼうとした。

 昔から両親や零奈が式事の際に何かと多用していた庭の倉庫を漁った。

 中には埃被った書物や幾重にも封をされたダンボール、ガムテープにぐるぐる巻きにされた不気味な棒など、用途不明のフルコースだった。

 そしてその中の書物を片端から捲るうち、知った。

 

 ひとつ、特徴からしてアイツが赤羽(アカバネ)と言う名の死神であること。

 

 ひとつ、操影術の中には死者を蘇生する禁忌――還元術式(リヴァイヴ)が存在すること。

 

 後者を知った途端、前者のことなどどうでも良くなった。

 僕はアイツに復讐するよりとにかく咲夜を取り戻したかった。

 僕は何かに取り憑かれたように台所の床下の儀式部屋で準備を進めた。

 巻物から見様見真似で陣を書き、学校の理科室から薬品を盗み出し、街灯の無い田舎まで足を伸ばして小動物や雑草を集めて、操影師として足りない分の知識と技術は、両親と古くから付き合いがあった操影師に補填してもらった。

 仕上げに生身の身体も一つ用意した。

 全ての下準備を終え、術式に要する遺骨を盗りに咲夜の墓を掘り起こした。

 結果だけ言うと還元術式は失敗した。

 僕が作り出したのは咲夜でなく気色悪い灰の塊だった。

 別にホムンクルスみたいな異形の生物というわけでもない、唯の灰の塊。

 僕のような無能がまともな何かを生み出すことはやはり不可能だった。

 それからだろうか、僕があの時の咲夜の言葉を――忌むべき神の存在を信じ始めたのは。

 

 絶望に打ちひしがれながら淡々と作業化された日々を過ごす内、僕の喜怒哀楽の単純な感情までも段々と希薄になっていった。

 端的に言えば薄情になった僕は、気付けばクラスメイトから疫病神という仇名を頂戴していた。

 刈谷の通った廊下は魔道。

 刈谷のノートはデスノート。

 刈谷の机は断頭台。

 刈谷の言葉は呪文。

 僕の鬱屈とした生活態度は彼らにとってとても息苦しく感じさせるものだったようだ。

 確かに初めは僕を気の毒に思う者も中には居たのだろう。それでも僕が不幸に陥れば陥るほどに彼らの僕に対する同情は募り、やがては形を変えて歪んだ感情が僕を端へ端へと指弾していった。

 中学からの腐れ縁で連るんでいた成瀬と百間は何の事情も知らないまま、それでも僕の側に居ようとしてくれた。

 でも、またアイツが襲ってくるかもしれない。

 そう思うと、執るべき行動は自ずと決まった。

 真実を何も知らない二人にはどう思われても仕方がない。

 そう割り切って、自らの心と友達を捨てた。

 とはいえ、それからの日常において何か実害があったわけじゃない。

 机に落書きされていた訳でも、椅子に糊が塗られていた訳でも、机の裏に画鋲が貼られていた訳でも、上履きにミミズが入れられていた訳でも、殴られた訳でもない。

 いじめの定義なんか知らないし知りたくもないけど、少なくとも僕自身に直接危害を加える者はいなかった。

 皆、心の底から刈谷霊智という厄災から逃避し、僕とのクラスメイトという関係性を断ち切ろうと必死だったのだ。

 

 可哀想だ。

 

 そう思ってしまった。

 だから、学校に行くのも止めた。

 寧ろ骨身に沁みるいじめに遭っていた方がマシだったのかもしれない。

 咲夜のいない日々の中で、肌で感じられる明確な障害が何一つ無いということに悔しさを覚えてしまう。

 何の変化も無い日常も、変化を求める僕も、何もかにもが虚しかった。

 でも、学校をサボり出してすぐに気づいた。

 僕が彼らを可愛そうだと思ってしまった。

 その理由こそが全てを踏み躙られて尚、微かに臨む事ができる咲夜の死んだ(生きた)証なのだと。

 僕の存在が周りを大きく動かす。例えそれがどういう過程であろうとも、それを自覚した瞬間から学内カースト最低辺はいつしか頂点になっていた。

 クラスメイトの行いはある意味でいじめを超越していたのだ。

 自らを正当化する為の快楽的憎悪が底辺をぶち壊したと言っていい。

 僕のノートは五冊セットで定価三四○円の至って普通のノートだし、机にギロチンがついていたりもしない。

 それでも、僕が口を開けば忽ち彼ら彼女らの顔色は悪くなり、僕が歩けば道が開く。

 菅原道真然り、平将門然り、排他の先にある畏怖や恐怖は逆転の神格化に至る。

 操影師としての将来性が見込めない僕は、同業者たる親戚について何も知らされずに育ってきた。

 何の当ても無いまま両親の遺産でダラダラと一人暮らしを続ける内、完全に孤立し、社会から、世界から、そして自分から隔絶された存在になっていった。

 咲夜の両親が僕を引き取ろうとしてくれたが、僕はそれを、それだけは頑なに拒んだ。


 ◆□◆



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