復活編1-1<朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり>
朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり
咲夜が死んで半年が過ぎた――。
「か、刈谷くん」
塗装の剥がれ落ちた下駄箱に手を伸ばしかけたその時だった。
「――え?」
声の出し方もわからなくなっていたが、掠れる喉でなんとか音を鳴らした。
肩で切り揃えられた後ろ髪が揺れる。
僕の放つ言葉に何かしらの反応があること事態、不思議に感じられた。
「お、おはよう!」
僕は目を丸くしていたに違いない。
その言葉の意味は知っている。
だが、こちらを向いて軽く手を挙げるクラスメイトの成瀬の意図はわからない。
「よぉ、刈谷」
「――」
戦慄く背に新手が更に追い打ちを仕掛けてくる。
「俺達、昨日いーんちょにこっ酷く叱られちまってよー。そんで決心が着いたわ。ほら、あっち、階段の下」
追撃者百間の腕が肩に回され拘束される。
横目で言われた方向を見ると、俯いて身を捩る成瀬の向こう側、階段の下でセーラー服のポケットに手を突っ込むクラス委員長ーー日寺の姿が見て取れた。
「都合が良すぎるかもしんねーけど、いい加減けじめをつけねーとなって」
――何のだよ。一体何に対してお前らはけじめをつけようとしてるんだ。
声を張り上げて、そう問い質したかった。
「こんだけ一緒に居たのに俺達なんも気付いてやれなかった。一番辛いはずのお前から逃げるような真似して」
だが八つ当たりだけはしたくない。だから代わりにこう呟く。
「――理解ってるよ」
唇を強く噛んでやり場のない怒りを必至に堪えるので精一杯だった。
「う、うちら、日寺さんに全部聞いてからずっと迷ってたの。まず信じられなくて、それでももしそのことが本当なら本当で、そのことが怖くて」
「お前は俺らのこと許せねーかもしれねー。だけど、俺らはやっぱりお前の友達でいたいんだ」
その言葉を聞いて僕は確信した。二人はもう忘れてしまったんだな、と。
人を呪わば穴二つとかなんとか言うけれど、呪う側の人間は可哀想だ、と僕は思う。
勿論、八つ当たりのような呪いはその範囲ではないけれど、大抵の場合、呪われる側にも呪われるに値する理由が有るんじゃないかと、そう疑問に思うのだ。
呪いというのは基本的には仕返しであり報復だ。
報復する側の人間に、どうして天罰が下るのか。
そんな不平等とか不公平とか不条理とか、並べてみたところで本質的な違いさえわからないけど、そんなの、僕は認めない。
東の空が明るくなりかけた頃、擦りむいた肌に冷たい風が沁みるのを感じながら、僕は錆びかけたフェンスに手を伸ばした。
十二階建ての空寂な校舎の屋上。
それは、昨日までの僕には高く、今の僕には低く感じられる高さだった。
フェンスを跨ぎながら見渡す下界はとても煌びやかで、それでいてどこか醜くかった。
下界と言っても、新宿区のど真ん中に構えるこの学校からでは全てを見下げることも叶わず、眼に映るのは摩天楼の谷間だけなのだが。
フェンスの天辺に腰掛け、鈍った感情が漸く僕の行動を制限する。
やはり低く感じられるというのは思い上がりだったようだ。
無意識というのは実に恐ろしい。
自分の覚悟の無さを、絶妙なタイミングで思い知らせてくる。
今日もいつもと代わり映えしない制服を着てきた時点で、それに気づいても良かったのかもしれない。
しかし、既に僕の頭から時間という概念は暇を出されていたので、震え強張る身体に憤りを感じながらも焦燥に駆られることは無かった。
どうして僕がこんな場所でこんなことをしているのか、それは半年前に遡る。
走馬灯というやつだろうか、自然とあの頃の記憶が鮮明に思い出される。