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第02話 篭手

 そんなに広くない鍛冶工房の店舗。そこには二束三文の安物から、豪邸が建つかもしれない名品までが無造作に並べられている。通常は見本を数点置いて、後は聞き取りをしてから持って来るのが普通だ。


 しかし、強面の親方はそんな面倒なことはしない。『てめえが選べ』と言わんばかりに、できた商品を並べている。ならば盗み放題かといえばそうではなく、店舗全体に盗難防止の結界が張られているのだ。故に、世にも珍しい品が鎮座していても大丈夫なのである。


『ああ……良い……』


『ふふっ、ありがとうございます』


「……良いなぁ」


 カウンターに肘をついた見習いの視線の先には淡く輝く鎧が鎮座していて、その周囲を篭手が布を持って飛び回りながら、かいがいしく磨き上げている。親方から夫婦だと聞いている見習いは、その仲良い様子に羨ましそうにため息をついていた。


 声が聞こえていなくても、恋する乙女には分かるのだ。ちなみに見た目は変わっていないが、鈍い親方は気付いていない。年を取らなくなって久しいので、年月に対する意識が薄くなっているのだ。だからまだ見習いなのだが、見習いは気にしていない。


 傷心だった鎧は献身的な篭手のおかげですっかり回復し、次の買い手をおとなしく待っている。おかげで邪魔されない親方の機嫌も上々であった。


 そんな、普通ではない者が集う静かな鍛冶店。その扉が突然開かれ、新たなる客を招き入れた。






「……以上だ。それと、鎧と篭手は一組だ。絶対に分けて置いたり、別人に装備させたりするな。装備するのはあんただけ。分かったか?」


「ええ、大丈夫です」


『ふっ、美しい女性が、そんな不誠実なことをするわけがない!』


『さすがです鎧様!』


 鎧と篭手の戯言を親方は無視する。今回、鎧と篭手を買いに来たのはふわふわな髪の貴族令嬢である。傍仕えらしい娘と護衛が居るが、親方は存在を無視していた。


 百年前・・・の大遠征で活躍し、騎士と結婚した聖女が着ていたとされる聖なる鎧。あるはずのない路地に忽然と出現する不思議な鍛冶店で購入し、約束を守って返却されたと物語は締めくくられる。


 それを貴族令嬢は金を使って調べあげ、出現条件を予想させ、見事入店に成功したのである。貴族令嬢は契約書を読みサインを行うと、契約書は輝きを放って二つになり、鎧と貴族令嬢に吸い込まれていった。


「伝承では篭手はありませんでした。新たに追加したのですか?」


「知るか。元からそれはそれで一組だ。さあ、これであれはあんたの物だ。さっさと持って帰りな」


 可愛らしく微笑まれても、親方には通じない。普通の男なら少し開いた豊かな胸元に視線が吸い寄せられるが、親方が貴族令嬢を見る視線は完全にそこいらにある物と同じである。


 契約がきちんと交わされたことを確認した親方は、貴族令嬢を放置して奥に戻った。その態度に貴族令嬢は僅かに眉を寄せたものの、すぐに消して微笑みながら鎧に近づいた。


「私を守ってくださいね?」


『お任せください!』


『頼もしいです鎧様!』


 鎧と篭手は光の粒子となって貴族令嬢を包み込み、やがて光が収まると鎧と篭手がちょうど良い大きさとなって装着された。それを確認した貴族令嬢は小さく口の端を上げ、無言で扉に向かった。


『おっと、意外とせっかちさん。だがそれも良い! 行って参ります!』


「ありがとうございましたぁー」


 見習いは鎧と篭手を装備した貴族令嬢とその連れを見送ると、台帳に売り上げを記入していく。


「……最後まで騙せると思っているのかなぁ。鎧さんはともかく、篭手さんは見抜くよね。ま、良いけど」


 自滅するのは勝手である。見習いは書き終ると二度と会わないであろう貴族令嬢のことを忘れ、業務に戻ったのだった。






 王家の跡継ぎに双子の王子が生まれたことで継承争いが起き、どちらが相応しいかを決めるために、百年ぶりに大遠征が行われることになった。貴族令嬢も派閥の一員として片方に肩入れしており、鎧を探したのも勝利するためである。


「ほう、これが例の聖なる鎧か」


「はい。伝承通り、天の鍛冶師の店で間違いありませんでした」


「ならば力も……」


「もちろんです」


「素晴らしい」


 貴族令嬢は城に行くと鎧と篭手を脱ぎ、用意されていた立派な台に置いた。そしてそこに今回の主役を務める王子を連れて来ていた。


『ふっふっふ。そう、俺は素晴らしい。もっと褒めて。褒めると伸びる子なんです!』


『……』


 鎧は単純に喜んでいるが、篭手は無言で王子と貴族令嬢を観察していた。そして言葉の端々から感じる親しさや、視線の交わりから悟った。『この二人はできている。しかも深い関係だ』と。


 つまり、最初から契約は守られていなかったということだ。魔法契約は結ばれる前なら嘘をつける。そして今回の契約は鎧が知らなければ違反にならず、違反しても鎧が契約違反を申し立てなければ制裁は発動しない。そして貴族令嬢が調べた結果、明らかに違反したと思われる者でも、制裁が発動したという伝承はなかった。


 そのため貴族令嬢は違反しても制裁はないと予測し、実際に契約内容を確認して嘘を吐けることを確認して契約していた。駄目なら連れていった娘と契約を結ばせるつもりであり、最初から用意周到に計画して店を訪れたのである。


 しかし、篭手は騒がない。ここで騒ぐといたずらに鎧の心を傷つけてしまうためだ。鎧のことを第一と考えているので、隠し通せるならそれが最良と判断した。


『……無理、でしょうけれど、ね』


『ん? 篭手さん何か言った?』


『いいえ。頑張りましょうね鎧様!』


 篭手は未来を予測しながら、あくまで善意によるものであり隠し通したならば見逃しましょうと、王子と語らう貴族令嬢を一瞥したのだった。





『うーん。やっぱり貴族になると違うね。きちんと湯浴みをしてから装備してくれるなんて。ああ、湯上がりの匂い……。ほんのりと香る香水も素晴らしい。あっ、首に虫刺されの痕が! ずっと装備してくれれば守れたのに!』


『身だしなみは大切ですから。殿方に見せるわけには行かないのです。……はぁ、少しは自重すると思ったのですが』


 もちろんわざわざ朝風呂に入ったのは、痕跡を消すためである。こうなると善意とは思えず、篭手はさあどうしようと考える。この様子なら絶対に発覚するので、鎧が一番傷つかない方法を模索していく。


 最悪は、鎧が自分で早々に気付くことである。時間が経過してからならまだ良いが、今すぐ発覚すれば契約時点から平気な顔で嘘を吐いていたことがばれる。当然、その衝撃は計り知れないものになる。


 そのため篭手は自ら泥を被ることに決め、時期を見計らって教えることにした。


『おー、大勢並ぶと壮観だね』


『はい。見応えがあります』


 今現在、貴族令嬢は大勢の者が集まった広場にて、出兵式に臨んでいる。当然鎧と篭手は注目の的であり、小さな声で『あれは聖なる鎧ではないか?』という声が聞こえていた。


『ふっふっふ。その通り、我こそは伝説の鎧なり! 讃えよ! 崇めよ!』


『凛々しいです鎧様!』


 ちなみに篭手は本気でそう思っているので、決して太鼓持ちをしているわけではない。故に、鎧の機嫌は上限を知らずに上がっていく。


 そうして式が順調に進み、王子と貴族令嬢が並ぶ場面がやってきた。これで片方の勢力が聖なる鎧に認められていることを喧伝し、正当性を訴える目論見なのだ。


『ほほう。さすがに王子ともなるときちんと……ん?』


 鎧は王子から香る匂いを嗅ぎ、それが貴族令嬢がつけている香水と同じものであることに気が付いた。そして王子は別の香水もつけていた。そのため鎧の中で過去に同様のことがあったことが思い出され、少しだけ輝きが鈍った。


『鎧様?』


『……』


 問いかけに答えず、鎧は僅かに輝きを揺らめかせながら、慎重に貴族令嬢の匂いを嗅ぐ。そして微かに王子と同じ香水の匂いを嗅ぎつけ、首の虫刺されに意識を向けた。


『……あ』


『鎧様!?』


「きゃあ!?」


 鎧はその虫刺されが、虫刺されではないことに気が付いた。そのため過去に裏切られた出来事と結びつき、心が絶望に覆われた。そして意識が暗転し、鎧は一気に輝きを失う。同時に今まで羽より軽かった鎧に重みが戻り、貴族令嬢は盛大に転ぶことになった。


 聖なる鎧が突然輝きを失ったことで騒然となった会場で、鎧と篭手は光の粒子となって貴族令嬢から離れる。そして皆が呆然と見つめる中で、一気に天空へと昇っていった。






「なんなのよもう! もう少しだったのに!」


 貴族令嬢は憎たらしげに文句を言いながら親指の爪を噛み、蜀台の明かりに照らされた自室をうろつく。眉間には皺が寄り、昼間に見せていた優しい微笑みはどこにも無かった。


 あの後、式典はうやむやのうちに終わった。しかし、大勢の前で鎧と篭手が消えたため『聖なる鎧に拒絶された』という烙印を押されることになった。


 そのため現在は自宅に軟禁状態となっていた。王子からも冷たくあしらわれ、関係が終わったことだけは分かった。


「何のために金をかけて、あんな気持ち悪い鎧を探したと思っているのよ。せっかく王妃になれると思ったのに。ほんと気持ち悪い……」


 天蓋付の大きな寝台に飛び込み、仰向けに寝転ぶ。打算を持って近づいたのだから、打算で切り捨てられるのは当然だ。だが、自分が切り捨てられる側になることは思い描かない。そのため貴族令嬢にとって、悪いのは切り捨てた王子であり、勝手に消えた鎧なのだ。


 そのとき、風もないのに蜀台の炎が消え、部屋に暗闇が訪れた。


「え? ……あ、あれ? 手が……」


 起きようとしたのだが、肘から下が重石を乗せられたように重くなっていて、身動きが取れなくなっていた。そのため首を巡らせて横を見たとき、目を見開いて固まった。


「だ、誰!?」


『酷いとは思っていましたが、どうやら情状酌量を考える必要はなさそうですね』


 視線の先には、白い衣装を身に纏い、長い黒髪を背中に流した華奢な少女が立っていた。少女は質問に答えずに冷ややかな光を放つ青い瞳を貴族令嬢に向け、手に持つ薙刀を振るうと白銀色の刃を貴族令嬢の額すれすれで止めた。


「な、なにを……。誰か、誰か!」


 貴族令嬢は大声を上げるが、誰かがやってくる音は聞こえない。そして少女を良く見れば、暗闇のはずなのにはっきりと細部まで認識できていた。その異常性にようやく気付いた貴族令嬢は、歯の根が合わないくらいに震え出す。


 貴族令嬢には少女の声は聞こえない。しかし、ゆっくりと頭上から持ち上げられていく刃と少女の冷ややかな瞳を見て、これから何が起きるのかは理解できた。そのため声を詰まらせながら泣き出し、下半身からは小水の臭いが立ち込める。


 その恐怖に震える姿を見ても、少女の表情は変わらない。そして紡がれる声は、感情が乗っていない平坦なものだった。


『心優しい背の君を、嘘と欲にまみれた思惑で愚弄した大罪人。約定に従い、その命で贖え』


「だ、誰か、誰か助け……」


 振り上げられた刃は寝台の天蓋を壊すことなくすり抜けて起立し、最後まで言わせず白銀の弧を描いて振り下ろされた。





『……』


『鎧様、今日は良い天気ですよ』


 金槌が振り下ろされ金属とぶつかる音が響き渡る鍛冶場に、輝きを失った鎧は安置されていた。その周囲を篭手が布を持って飛び回り、隅々まで磨き上げている。


 しかし、鎧は反応しない。まるで普通の鎧になったかのように沈黙している。見えない絆で繋がっている篭手には、無視しているのではなく声が届いていないことが分かる。そのため元に戻るのを待ちながら、ずっと話しかけ続けていた。


 それでも先の見えないことは気力を費やす。そのため篭手は本日分を磨き終えてから、親方のところへ移動した。


『親方様。鎧様はいつくらいに元通りになるでしょうか?』


「ここまで酷いのも久しぶりだからな」


 親方は髭を撫でながら昔を思い出す。今は篭手が居るので内に篭り黙っているだけだが、昔は意思が消え失せたと思うくらい反応が無く、単なる置物になっていた。それを考えれば、今の状態はかなり良いと言える。


 鎧も最初からここまで好みが限定されていたわけではない。最初は女性なら誰でも良いという程度だった。しかし、何度も嘘をつかれ裏切られていくうちに少しずつ変わっていき、今のようになった。そのため、言葉で慰めても駄目なのである。


「確か以前は……、店に放置していたら好みの客が来て復活したと思ったが」


『なるほど。さすが鎧様です』


「さすがなのか……」


 本気で感心しているような篭手の声に、親方は笑うしかない。


『殿方はそのくらいでなければ頼りがいがありません。……親方様。ものは相談なのですが、私の妹を作ることは可能でしょうか?』


「……まあ、材料はあるから作れなくはない。だが、意図して作ったわけではないから、お前のようになるとは限らない。それに、良いのか?」


 親方は金槌を降ろすと、篭手に向き直る。篭手は優しく明滅すると、朗らかな声で答えた。


『もちろんです。親方様、例えばひとり増えたとして、鎧様の愛情が私に向けられなくなると思いますか?』


「……それはねえな。むしろ、愛でる時間が足りないとか騒ぎそうだ」


『はい。私もそう思います。鎧様の心がどこかに行くことは絶対に無いと断言できます。そして私の心は変わりません』


 確信を持った声を聞き、親方は沈黙している鎧に目を向けた。


「まったく、あの馬鹿にはもったいないな。良いだろう。うまくいくかは知らんが、お前の妹を作ろうじゃないか」


『ありがとうございます』


 しとやかな声を背中で受け、親方は炉へと向かった。






「ほれ。二人目の嫁だ」


『…………二人目の嫁?』


 己の中に引きこもっていた鎧は、嫁という言葉に思わず反応してしまった。


 鎧の前には、銀色に輝く一対の脚部を守る具足が置かれていた。篭手と同様に全体を覆う形の、そのままであれば武骨さを感じてしまうものだ。しかし、翼を模した細やかな装飾と足首の上部に填めこまれた碧の宝石によって、女性らしい柔らかさと優しさを生み出していた。


 それを確認した鎧は、不思議そうに明滅する。


『嫁? でも、篭手さんがいるし、そんな不誠実なこと……』


「馬鹿だなおめえは。何人だろうが俺に任せろと背負うのが本物の男だろうが。それに、姉妹を離れ離れにしたほうが良いって言うのか?」


『鎧様、どうか妹にもお情けを頂きとうございます。どうか一緒に居させてくださいませ』


 ここぞとばかりに篭手はすり寄り、指で鎧を優しく撫でる。その感触に鎧は嬉しそうに明滅し、一気に輝きを取り戻した。


『そ、それなら仕方ないよね。離れ離れなんて可哀想だし。……ぬへへ』


『はい。よろしくお願いいたします』


「何が仕方がないだ……。まったく」


 親方はころりと説得?された鎧に呆れながら、背を向けて椅子に座った。


『だ、だだだ大丈夫だよ。優しくするからね。これからよろしく……』


 最早聞いていない鎧は具足を優しく力場で包み、篭手に見守られながら静かに見えない絆を繋ぐ。瞬間、眩い白光が部屋に満ち、しばらくしてから消えていった。


 そして鎧の目の前には、淡く光を放つ具足がかかとを揃えて起立していた。


『……』


『おおおおお……お?』


『具足、どうかしたの?』


「ん?」


 時間が経過しても微動だにしない具足に、鎧と篭手は不思議そうに明滅する。繋がりができ意思が生まれたのは分かるので、一言も発しないことを不思議に思ったのだ。そして親方も奇妙な沈黙に振り向き、具足を見た。


 室内の注目を一身に浴びた具足は焦るように明滅し、かかとを鳴らしてから遂に第一声を解き放った。


『お、お初に御目にかかりましゅ!』


(噛んだ……)

(噛みましたね……)

(噛んじまったな……)


 鎧、篭手、親方は、とても温かい視線を具足に送る。記念すべき第一声を噛んだ具足は恥ずかしそうに明滅し身をよじった。


『ふ、ふ……』


『ふ?』


『ふぇえええぇぇーん!!』


『のわっ!』


 具足はぐねぐねと動きながら、大声で泣き続ける。そして皆があっけに取られているうちにぴたりと泣き止み、動きも止める。


『……もう、駄目です。こんなどじな子は要らないと思われました。不出来に生まれたのは私の責。こうなったら死んでお詫びを!』


『待った待った待ったぁ!?』


『はぁ、慌て者ですねぇ』


 鎧は慌てて具足の周囲を飛び回り、篭手は仕方がない子と言いたげに呟いた。


「……寝るか」


 そして離れたところから観察していた親方は頭痛の種が増えたような気がしたため、こめかみを押さえながら部屋を出ていったのだった。


※厳密に言えば具足は脚部防具の名称とは違いますが、気にしないでください。

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[一言] >厳密に言えば具足は脚部防具の名称とは違いますが、気にしないでください。  厳密にとかいう話ではなく世界観が違い「具足」は日本の時代劇に出てくる甲冑のことですから、脚部防具ならドラクエなど…
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