log97.銃器
「よっしゃー! 俺に続け嫁! あと他三名」
「なんでワイらは雑多なまとめ方やねん! はっ倒すぞワリャァ!?」
「お、落ち着いてウォルフ君!」
「ダメよ、仲間割れは」
「うう……すまない……!」
遠くで響き渡る戦闘音をBGMに、リュージ率いるマッピング班は中腰でダンジョン内を突進む。
現実であれば腰に響きそうな移動法であるが、ゲーム内でなら全く苦にならず、なおかつモンスターの目の位置より低く体勢を保つことで、視界によるモンスターの補足精度を下げる効果もあるのだ。もっとも、元から視界が低いモンスターには効果はないのだが。
手にサプレッサーを装着したトリガーハッピーを構え、中腰を維持しながらも軽快に進んでゆくリュージは、わははと声を上げて笑いながら進む先に目を光らせる。
「まあ、許してくれ! 万物よりも嫁優先なのは真理なんでな」
「おどれのどたまかち割ったろか。中身が程よく発酵しとるやろ」
己に正直すぎるリュージの物言いに、ウォルフの目の険が鋭くなってゆく。
そもそもリア充に分類される人類を極端に嫌う彼のこと、嫁至上主義のリュージとの相性は推して知るべしだろう。
だが、そんなウォルフも団体行動を乱すようなまねはしない。他のプレイヤーとイベントに挑戦しているときは、集団の輪を乱さない。MMOの基本だ。
ハラハラしながら二人の会話を聞いているキキョウは、恐る恐るといった様子でソフィアへと声をかける。
「あ、あの……すいません、なんだか……」
「いや、謝るのはこっちだろう……すまない、うちの馬鹿が……」
頭痛を押さえるように額に手を当てるソフィア。あけすけなリュージの言葉は、ソフィアにとっても頭痛の種なのだろう。
――と。不意にリュージが手に持っていたトリガーハッピーの銃口を上げ、引き金を引いた。
ぶしゅん、と気の抜ける音共に弾丸が発射され、前方に現れたオーガソルジャーの脳天を撃ち砕いた。
「……よし、撃破。ずんずん先行くぞー」
「……よくわかったわね、今の」
上げかけた腰をまた中腰に戻しつつ、ミツキが感心したように呟く。
オーガソルジャーが現れたのは前方にあるT字路であったが、距離にして20m前後、明かりである蝋燭もないかなり薄暗い場所だった。多少は慣れてきたとはいえさすがに目視で確認するにはつらい距離だったはずだが、リュージはオーガソルジャー発見のみならず小さな頭部に弾丸を叩き込んで見せている。
特に暗視装置も付けていないリュージは、なんてこともなさそうにミツキに返した。
「なんか動いた気がしたんで、とりあえず先制攻撃」
「とりあえずで先制攻撃なんか……?」
「まあ、エンカウントは止むを得んさ。100%陽動の方に引き寄せることは難しいだろう」
胡乱げなウォルフに対し、気付けなかったことが悔しいのか顔をしかめながらもソフィアはリュージの行動に対して小さく頷いて見せる。
彼女の言うとおり、現在セードー達戦闘班がモンスターの陽動を行っているわけだが、ダンジョンの構造のせいで戦闘音が届き切らない箇所がどうしても生まれてしまう。
音が聞こえなければ、モンスターたちは目視によるプレイヤーの索敵を行い続ける。中腰で視認性を薄めているとはいえ、視界のど真ん中に捉えられては意味もない。なら、見られる前に倒すのがベストになるわけだ。
「こういう時のために、リュージのトリガーハッピーにサプレッサーを取り付けておいたんだ。存分に振るってもらおうじゃないか」
「任せとけ。今までの統計から亜人系が多そうだからソフトポイント弾を持ってきてるし、先制攻撃が当たりゃだいたい一発で仕留められるぜ」
ドラムマガジンではなく通常マガジンを交換しつつそう言うリュージに、キキョウが不思議そうに問いかける。
「……前から気になってたのですけれど、まだ弾は残ってますよね? どうして交換しちゃうんですか?」
「んえ? なんでって、一発撃ったから……って、ああそういうことね」
マガジンの交換を終えたリュージはキキョウの質問の意味が解らず一瞬呆けるが、すぐに彼女が言わんとすることを理解して頷いた。
「これはあれだよ。常に弾薬をMAXに保っておきたいんだよ。いつものドラムマガジンと違って、今は30発しか入ってないからな。トリガーハッピーじゃ一瞬で撃ちつくしちまう」
「それじゃあ、ソフトポイント弾ってなんですか?」
ここぞとばかりに質問を重ねるキキョウに、リュージは快く応じてやる。
「平たく言うと、対人用の弾丸。まあ、リアルじゃ知らんけどな。装甲に対しちゃマイナス補正がかかるけど、人間の皮膚とかに撃ちこめればダメージに倍率補正がかかるんよ。わかりやすく言えば、常時クリティカル発生弾?」
「それはすごい装備です……!」
「そこまで都合よくなかろう。まあ、急所に当てられれば即死させられるが」
リュージの説明に若干不満そうに眉をしかめながらもソフィアは前を見つめる。
T字路から再びオーガソルジャーが現れる気配はない。
「……リュージ、もういいだろう。進んでくれ」
「サーイエッサー!」
ソフィアの言葉にリュージは敬礼を返し、先ほどまでのように行進を始めた。ソフィアに命令されたためか、心なし足取りが激しい。
現金というかなんというかなリュージにため息をつきつつ着いてゆくソフィア。
そんな彼女に続きながら、キキョウは不思議そうに呟いた。
「……でも、リュージさん普通に戦っても強いのに、どうして銃なんか持ってるんでしょう?」
「自分、さすがにこの狭い中で、バカでかい剣振り回されたらたまらんやろが」
人間が二人横に並べばいっぱいになってしまいそうな通路の中をリュージ達に続きながら、ウォルフはそう呟く。
実際、リュージが今も背負っている緋色の大剣なぞ、この通路の中では役に立たないだろう。振り回そうとしても壁に引っかかるだろう。ぶち壊して振り回してもよいだろうが、リュージの今のステータスではパフォーマンスにもなるまい。
そう言う観点から見れば、今のリュージの装備は正しいと言えるが、キキョウの言いたいことはそう言うことではないようだ。
「いえ、リュージさんはいつもトリガーハッピーを持ってらっしゃいますから……。普段は、持っていても邪魔にならないんですか?」
「いや、邪魔て」
「まあ、使わなければインベントリの肥やしよね」
キキョウの言わんとすることを理解したミツキは小さく頷く。
そして回答を求めるように、先を進むリュージの背中へと視線を送った。
その視線に気が付いたわけではないだろうが、リュージは振り返らずにキキョウの疑問に答えた。
「単純に、火力が安定するからだなー。遠距離攻撃用ってのもあるけど、引き金を引けば弾が出る銃は簡単に敵を倒せるし、無料でもらえる弾丸使えば最低限の火力は保証されるし」
「面積の大きな敵なら、そっちに銃を向けて引き金を引けばとりあえず当たる。私にも、サブウェポンとして一丁渡されてるからな」
そう言いながら、ソフィアは一丁のサブマシンガンを取り出してみせる。拳銃のようにも見えるスマートな形状で、ウージーと呼ばれる現実のサブマシンガンによく似ていた。
そんな二人の話を聞きながら、ウォルフも小さく首を傾げた。
「――の割には、普及しとらんなぁ。現実みたいに、こっちでも銃が氾濫しとってもおかしないんちゃうんか? そんな便利やったら」
「いくつか理由はあると思うけど、一番の理由は装備の維持にいろいろ手間がかかるからなぁ。弾薬費で金はかかる、整備に時間がかかる、関係スキルを高めるのにSPがかかる。最高のポテンシャルを発揮したきゃ、ギルドに一人専属のガンスミスが必須になるんだよなー」
「あるいはニダベリルに拠点を構えるか、だな。ニダベリルは拠点にするにはいろいろ不便だからなぁ」
銃のような複雑な機構を持つ機械は、イノセント・ワールドの世界においては過去の技術とされている。いわゆるオーパーツの類だ。それでも北にすむドワーフたちのおかげである程度認知される程度には広まってはいるが、完全に銃を整備できるNPCは北のニダベリル以外には存在しないのだ。
プレイヤーがその手のスキルを習得すればニダベリルに行く必要もなくなるが、その分のSPを他のスキルに回せなくなるのが問題となる。銃器をメインウェポンに据えるのであれば問題にもならないが、他にメインウェポンを決めているのであれば使用できるSP量は無視できない。後半になればあまり始めるSPも、そこに到達するまでは有限なのだ。
「なんでまあ、専門のガンナー以外だとサブウェポンにするので精いっぱいなんだろうな。俺たちみたいに、サブで持ってる奴は多いと思うぜ?」
「マコのように拳銃であれば、携行性も整備性も高いからな。見た目もおしゃれだということで、とりあえず腰に吊っている者もいると聞いたことがある」
「はー、そういうことなんですねぇ」
T字路をリーン索敵するリュージの言葉に納得したように頷き――。
「っ! リュージさん! 反対側です!」
キキョウは何かに気が付いたようにハッとなり、素早くリュージが見ているのとは反対側の過度に背中をくっつけた。
「え? どうしたんだ、キキョウ?」
突然のことに驚くソフィアを置いて、ウォルフとミツキも油断なくキキョウの側へと着いた。
「おぉう、おるなぁ。感じからすると……3、か?」
「いえ、4じゃないかしら? あまり動かない足音が聞こえるわ……」
「あし……おと……? え? え?」
三人についていけないソフィアに代わり、リュージは油断なく振り返りながらT字路の奥へと目を向ける。
彼の目は、T字路の奥にたむろするオーガソルジャーの群れを確認することができた。
「……数は4……だな。奥の方に魔導師っぽいのも見える。こっちには気づいてないっぽいが」
「……よく気付いたな、あれに……」
リュージの背中にくっつくようにしてT字路の奥を覗き込むソフィア。
呆れの混じった彼女の言葉に、キキョウは小さく笑って答えた。
「えへへ。修練の賜物です!」
「いや、ないと思う。……思いたい、うん」
小さく頷き、それからソフィアはサブマシンガンを取り出した。
「……で、どうする? 私が一体、残りをリュージが片づけるか?」
「いやぁ、無理っしょさすがに。嫁との共同作業は望むところだけど、魔導師がオーガソルジャーの影になってるからなぁ。一発は喰らっちまいそうだ」
トリガーハッピーを構えながらリュージは首を振る。さすがにモンスターを貫通し、後ろのモンスターにあてられるほどの殺傷力はサブマシンガンにはない。
だが、悠長にしていられるほどの時間的余裕もない。
「……となったら、ワイらがツッコんだろか」
「魔導師さえ押さえてくれれば、何とかなりそうね」
「はい。お二人は奥の魔導師をお願いします!」
「オーケー。それで行こうかね」
「……私の射線に注意してくれ。銃、苦手なんだ」
「せやったら構えんなやぁ!!」
ソフィアの情けない言葉に反射的にツッコミを入れるウォルフ。
場の空気を読まない、その怒声を聞きモンスターたちが臨戦態勢に突入し――。
「「「っ!」」」
リュージは素早く引き金を引き、それに合わせてキキョウとミツキが飛んだ。
一発の弾丸が魔導師の頭を吹き飛ばす。それにオーガソルジャーたちが気付いた時には、首と胴体が泣き別れになってしまっていた。
「「……」」
思わず黙り込むソフィアとウォルフ。
そんな二人に向けて、リュージは爽やかな笑顔で親指を立てた。
「――囮ご苦労様!」
「じゃかぁしぃわぁぁぁぁぁぁ!!」
余計な一言だと言わんばかりに、ウォルフの怒声が辺りに響き渡った。
なお、ソフィアは恥ずかしさのあまり両手で顔を覆っている模様。




